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ヴァルハラ編
9 帰ってきた日常
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side ヴォルガ
クロードらを人界に送り出してからまだ数分。じゃというのに不安が募るばかりじゃのう。やはりじっとして手をこまねいているのはわしの性分に合わん。
「はやく帰ってこんか、馬鹿たれども」
「ヴォルガ様、馬鹿はよくないっす」
「あちしもそう思うわ」
空から舞い降りたのは漆黒の烏が二羽。ムニンとフギンじゃな。
「ふん。わしを置いて行きおったあやつらにはちょうどいい言葉じゃろうて」
「仕方ないっすよ。ヴォルガ様とクロード様、どちらもこのヴァルハラからいなくなるのはまずいっすから」
「そうよ。クロード様の方が人界によく出入りしてるから詳しいだろうし」
正論を浴びせられわしの心が泣いておるわ。
「ぐぬぅ」
そんなこんなでムニン、フギンと雑談をしながら待っていること数十分。世界樹の根元に大穴が開いた。
ついに帰ってきたのじゃな!
「おおー!無事じゃったか。ノア!シン!」
わしは感動のあまり二人に抱きつこうとする。じゃが……。
「爺さん。二人ははしゃぎすぎてヘトヘトなんだ。負担をかけるようなことをしねぇでくれよ」
「….…そ、そうか」
ハグはしたいが仕方ないのう。二人の身体を労らねばな。
「じゃあ俺らは先に上行くから」
そう告げた秀たちはゲートを使ってさっさと家へ戻ってしまった。そしてわしは一人取り残された。
「……わし、泣いてもいいかのう」
「ドンマイっす、ヴォルガ様」
「あ、あちしたちも上にいきましょう、ね、ヴォルガ様」
「……うむ」
side 八神秀
神無月の間に二人を寝かせた俺たちは長月の間に集合し、話し合いの場を設けることにした。
「二人が人界に行ったのは、たぶん『アルマーの冒険』の影響が一番でかいんだろうな」
俺の見解を聞いた三人は皆同様に頷いた。
「そうですね。あの本が擦り切れてしまうくらいに暇さえあれば何度も二人で読んでいましたからね。それに秀君も二人のために読み聞かせていたようですから」
「じゃがなぜ二人はカギのことを知っていたのか……。それがどうもわからんのじゃよ。うむ」
「……これは推測だが、たまたま爺さんが話しているのを聞いたんじゃないか?」
たしかに。その線が一番濃厚だろうな。
「ちょちょ、ちょっと待つのじゃ。な、なぜわしから漏れたと断言する!クロードの可能性もあるじゃろうて!」
「クロードさんがそんな迂闊なミスをするわけねぇだろ。ならもう爺さんしかいねぇじゃねぇか」
「そうだな。これはもう日頃の行いだろう」
俺の意見に湊も同意する。
「なっ。わ、わしはクロードの主なのに……。なぜじゃ……なぜなんじゃー!!」
「ヴォルガ、うるさいですよ。静かにしてください」
突如大声を張り上げた爺さんをクロードさんが冷めた声で諌めた。
「……すまぬ」
こういうところが爺さんのカブが落ちる原因だよな。自分でわかってねぇのは逆にすげぇわ。
「では、会議を再開しましょう。カギに関しての情報漏洩ですが、これは湊君の指摘したようにヴォルガの話をたまたま聞いてしまったのが発端でしょう。理由は簡単。私は一度たりともそのことに関する話をしたことはありませんから。誰にもね」
それが本当ならもう爺さんで確定だな。俺も湊も爺さんから聞いた時以外で話した覚えはねぇしな。
「なるほど。なあ爺さん……あんた俺らに隠し事あるよな?」
「ヒュ……ヒュー……ヒュー……」
俺の指摘に爺さんは肩をビクッとさせ、下手な口笛を吹きながら目を逸らした。
「……まさかとは思うが、自分から進んで話した、とかじゃねぇだろうな」
爺さんの顔が汗だくになり表情が強張る。
「おいおい、嘘だろ。何してくれてんだよ、ジジイ……」
怒気を孕んだ俺の声と、皆からの冷酷な視線に観念した爺さんは、ボソボソと語り出した。
「……だってノアとシンが甘えてくれるのが嬉しかったんじゃもん。……キラキラした目で見てきて、それはそれは可愛かったんじゃ。……じゃからついポロッと、のう」
つい、じゃねえだろ。はぁ、つくづくこの爺さんはダメ人間だな。
「「「……」」」
俺たちはさっきの数倍はあるであろう冷たい目で爺さんを見据える。
「……すみません。反省してます」
「はぁ。ヴォルガ、あなたは毎度毎度やらかしてくれますが、今回は今までの所業の中でも最悪な部類です。私に対してだけなら別に構いませんが、秀君や湊君、ノア君にシン君まで巻き込むなど言語道断です。罰として今後一週間自室から出ないように」
「それはーーー」
爺さんの抗議を予測していたのか、すかさずクロードさんの圧がかかった言葉が響く。
「これは決定事項です。いいですね?」
「……はい」
こういうやりとりを見るたびに思ってるんだが、どうも爺さんよりクロードさんの方がしっかりしてるから主従関係が逆なんじゃねぇかって疑いたくなる時があるんだよなぁ。
「ん、話し合いは終わったのか、ミナト」
今まで寝ていたのであろう紫苑は、場が静かになったことに気づき顔を上げた。
「まあ一応」
「そうだな。結局全部爺さんが悪りぃってことでこの話は終わりだろ。……なあ、爺さん。ひとつ聞きたいことがあるんだが……?」
「なんじゃ?この傷心しきった老ぼれになんか用かのう」
はっ。いつもの威勢は完全にどっかいったな。
「俺たちが交代しながら受けてる爺さんの特別訓練があるだろ?あれはやっぱノアとシンもそのうちやるんだよな?」
俺たちが十歳になったある日、突然爺さんは今日からある特訓を行うと言い出したのだ。これには俺も湊も驚いたことだったのだが、その内容は以前オヤジたちが言っていた一族の究極奥義をマスターするためのものとほぼ同じだった。まあ、初の訓練後問いただしたら、その理由とついでに爺さんやクロードさんの正体も分かったんだけどな。
「……そうじゃな。お主らは十の時から始めたが、ノアたちは今から始めた方が良いかもしれぬ。わしの経験上、な」
それは……かなり信頼できるな。爺さんの正体を知った身としてはその話はかなり信憑性が高い。久々に爺さんが頼もしく見えるな。
「なら、そっちをメインでやってくれねぇか。俺たちはある程度は習得できたからよ」
「ふむ……。クロード、わしの代わりに秀と湊に付き合ってやってくれ」
おいおい、ただでさえクロードさんは家事で忙しいってのに俺たちの特訓まで頼むのは申し訳ねぇだろ。
「いや、それは流石にーーー」
「構いませんよ。実は私も久々に身体を動かしたいなと思っていたんです。私でよければぜひ秀君たちの相手になりますよ」
その顔を察するに、マジで苦に感じてねぇっぽいな。今の時点で普通なら身体壊すぐらい働いてるよな。一日も欠かさずにやってるし。もう仕事馬鹿……いや、体力おばけだな。
「こちらこそ、クロードさんが相手してくれるのはありがたい。ぜひお願いしたい」
「そろそろ爺さん以外の強者と戦いたいと思ってたんで、その申し出はこっちとしてもありがたいぜ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですね。よくよく考えてみたら、私は秀君や湊君と一度も対戦したことはありませんでしたから……。ふふ。楽しみですね」
言われてみればそうだな。爺さんとばっか戦っていたが、クロードさんが爺さんに匹敵するぐらいに強いってことはなんとなく察してはいたってだけで、実際は一度だって手合わせしたことはないな。
……てか、最後の不敵な笑みがちょっとこえぇな。……けどまあ、俺もクロードさんとのタイマンは楽しみだ。
現在の時刻は早朝六時。俺と湊は九つの頃からずっとやってきた早朝組手を一時間ほど前から水無月の間で始めている。ちなみにノアたちのところには俺の式神が二体残っているため安全面は問題ない。
「……っ、あっぶねぇー」
俺は湊が繰り出した死角からの一撃をギリギリでかわす。
「……やるな」
「何年やってきたと思ってんだよ。お前の戦い方ぐらい頭に嫌ってほど叩き込まれてるってーの!」
俺は右の拳を大きく振り抜く。
「それは俺も同じだ」
俺の右ストレートを右腕で弾き、百八十度回転した湊は俺の腰に腕を回しガッチリと捕まえる。
「っクソ」
湊は俺をいとも簡単に持ち上げ、後ろに叩きつけた。
「っぐは」
「それまで。勝者ミナト」
紫苑の判定により組手は終了。俺は大の字になって床に寝そべった。
「かぁー。わざと隙がデカい攻撃をしたってのに、湊の反撃が速すぎて避けられなかったわ」
「まあ、そうだろうなとは思った。別に俺は後ろに回避して距離を取ることもできたが、あえてお前の作戦に乗ったんだ。スピード勝負で俺が負けるわけないし、そもそもお前の魂胆はわかっていたからな。簡単だったよ」
クソー。俺が今勝ち越してたからつい甘えちまったな。これで引き分けかー。
「これでミナトとシュウ両者五勝五敗だ。今日も引き分けで終わったな」
そう、なんと俺たちは九つの頃から永遠に引き分けで勝敗が決まっているのだ。こんなことありえるかってぐらいにお互いの力が均衡しすぎているのだろうか。これは今や俺たちの中の不思議ミステリーのひとつだ。
「あれだな、これはもう、一度でも勝ち越した方が優勝だな」
「……だな」
「そういや、早速今日からノアたちも特別特訓開始か」
一週間の謹慎明け、爺さんは特別特訓を早めにやることに越したことはないと言い出した、結果ノアとシンも特別特訓を行うこととなった。
「そうだ。そして俺たちの一週間ぶりの特別訓練の相手はクロードさんということになる」
実は俺たちはこの一週間、特別特訓をお互いを相手にして行っていた。初めからクロードさんにお願いしてもよかったのだが、あの人の多忙さは尋常ではなく、早めに処理しなければならない事が山盛りだったらしく、結局今日までお預けをくらっちまった。
「ああ。どんな戦いになんのか楽しみだなぁ」
side シン=オーガスト
「ノアー、シンー、今日から爺ちゃんと特訓することになったぞー!」
ドタドタと大きな足音をたててヴォル爺が障子を思い切り開けた。
「っ。ヴォル爺朝からうるさい!」
兄さんは耳を塞いだ手を外してヴォル爺を叱った。
「うっ、すまぬ。わしが悪かったから怒らんでくれ」
とことん俺たちに甘いヴォル爺はこう見えてもこの根源界で最強の男らしい(本人は全世界一だと言っていたが)。
「別にいいけどさー。……今日からはクロードじゃなくてヴォル爺が教えてくれるってこと?」
「うむ。戦いに関してだけはわしが教えるんじゃ。勉学の方は……わしの頭が痛くなるから無理じゃな」
ヴォル爺はそれしか取り柄がないから。兄さんもおんなじこと思ってそうだ。
俺たちは卯月の間のゲートを通り下に移動した。そしてヴォル爺の特訓が始まり数時間が経過した頃、俺たちからみて右手方面から巨大な爆発音がした。
「ほぉ。クロードが本気になっておるわ。久々の戦いで気が昂っておるのかのう」
氣の感じからして戦ってるのは秀とクロードだな。
「ねぇヴォル爺。俺たちもあんぐらい強くなれるかな」
兄さんもこの強大な氣のぶつかり合いを感じたのだろう。目をキラキラさせている。
「そりゃもちろんじゃ。というか、ノアとシンならあやつらよりも強くなるぞ。もしかしたらわしをも超えるやもしれぬのう」
「ほんと?!」
兄さんの輝いた笑顔にヴォル爺はデレデレした姿を見せる。
「……っ。ああ、もちろんじゃとも。じゃから特訓を頑張らないとのう」
「うん!」
side 八神秀
昼食後、クロードさんとのタイマン勝負が始まったのだが、結果は俺の負けだった。まだあの術を完全にものにしていないとはいえ、二対一で負けるのはヤバすぎる。
俺の場合、式神が前衛、俺が後衛の戦い方が基本のため複数陣営にならざるを得ない。この時召喚したのは煌だったのだが、見事に相手にされてなかったな、うん。俺の式神を赤子のようにひねる様は惚れ惚れしたが、やっぱ悔しいな。
まあ結局のところ、煌が突破されて俺の術が間に合わずに決着がついたって感じだったな。
次に湊が挑んだんだが、なぜかあいつはあの術は使わずに戦い、長丁場な勝負を繰り広げたが結果は敗北だ。めちゃくちゃ惜しかったけどな。なんであれを使わなかったのか聞いたところ、最初はあれに頼らずに戦ってみたかったから、とのことだ。まあ、俺も一瞬しか使わなかったけどな。
明日はクロードさんに勝てるようにしっかりと作戦を練らないとな。
夕食を終え神無月の間へと移動した俺、湊、ノア、シン。俺は二人に今日から始まった爺さんとの特訓について聞いてみることにした。
「爺さんとの訓練はどうだった?」
「んー、教え方がクロードより下手だった」
やっぱりか。爺さんの教え方はなんつーかわかりにくすぎるんだよな。指導者には向いてねぇ。ここはバンっとやってシュッと動いてズバババっと倒すんじゃ、とか言われた時はビックリしたのを覚えてるわ。何言ってんだって感じでよ。
まあこんなんでも爺さんはマジでつえぇからな。神は馬鹿と武におけるすば抜けた才能の二物を与えちまったってわけだ。
「ははは。俺たちの時もそうだったからな。まあでも、爺さんから学べることは多いから爺さんの戦闘スキル全て搾り取るくらいに励むんだぞ」
「わかった!頑張ろう、シン」
「ん」
こうして俺たちは充実した日々を過ごし、いつしか七年の歳月が経っていた。
クロードらを人界に送り出してからまだ数分。じゃというのに不安が募るばかりじゃのう。やはりじっとして手をこまねいているのはわしの性分に合わん。
「はやく帰ってこんか、馬鹿たれども」
「ヴォルガ様、馬鹿はよくないっす」
「あちしもそう思うわ」
空から舞い降りたのは漆黒の烏が二羽。ムニンとフギンじゃな。
「ふん。わしを置いて行きおったあやつらにはちょうどいい言葉じゃろうて」
「仕方ないっすよ。ヴォルガ様とクロード様、どちらもこのヴァルハラからいなくなるのはまずいっすから」
「そうよ。クロード様の方が人界によく出入りしてるから詳しいだろうし」
正論を浴びせられわしの心が泣いておるわ。
「ぐぬぅ」
そんなこんなでムニン、フギンと雑談をしながら待っていること数十分。世界樹の根元に大穴が開いた。
ついに帰ってきたのじゃな!
「おおー!無事じゃったか。ノア!シン!」
わしは感動のあまり二人に抱きつこうとする。じゃが……。
「爺さん。二人ははしゃぎすぎてヘトヘトなんだ。負担をかけるようなことをしねぇでくれよ」
「….…そ、そうか」
ハグはしたいが仕方ないのう。二人の身体を労らねばな。
「じゃあ俺らは先に上行くから」
そう告げた秀たちはゲートを使ってさっさと家へ戻ってしまった。そしてわしは一人取り残された。
「……わし、泣いてもいいかのう」
「ドンマイっす、ヴォルガ様」
「あ、あちしたちも上にいきましょう、ね、ヴォルガ様」
「……うむ」
side 八神秀
神無月の間に二人を寝かせた俺たちは長月の間に集合し、話し合いの場を設けることにした。
「二人が人界に行ったのは、たぶん『アルマーの冒険』の影響が一番でかいんだろうな」
俺の見解を聞いた三人は皆同様に頷いた。
「そうですね。あの本が擦り切れてしまうくらいに暇さえあれば何度も二人で読んでいましたからね。それに秀君も二人のために読み聞かせていたようですから」
「じゃがなぜ二人はカギのことを知っていたのか……。それがどうもわからんのじゃよ。うむ」
「……これは推測だが、たまたま爺さんが話しているのを聞いたんじゃないか?」
たしかに。その線が一番濃厚だろうな。
「ちょちょ、ちょっと待つのじゃ。な、なぜわしから漏れたと断言する!クロードの可能性もあるじゃろうて!」
「クロードさんがそんな迂闊なミスをするわけねぇだろ。ならもう爺さんしかいねぇじゃねぇか」
「そうだな。これはもう日頃の行いだろう」
俺の意見に湊も同意する。
「なっ。わ、わしはクロードの主なのに……。なぜじゃ……なぜなんじゃー!!」
「ヴォルガ、うるさいですよ。静かにしてください」
突如大声を張り上げた爺さんをクロードさんが冷めた声で諌めた。
「……すまぬ」
こういうところが爺さんのカブが落ちる原因だよな。自分でわかってねぇのは逆にすげぇわ。
「では、会議を再開しましょう。カギに関しての情報漏洩ですが、これは湊君の指摘したようにヴォルガの話をたまたま聞いてしまったのが発端でしょう。理由は簡単。私は一度たりともそのことに関する話をしたことはありませんから。誰にもね」
それが本当ならもう爺さんで確定だな。俺も湊も爺さんから聞いた時以外で話した覚えはねぇしな。
「なるほど。なあ爺さん……あんた俺らに隠し事あるよな?」
「ヒュ……ヒュー……ヒュー……」
俺の指摘に爺さんは肩をビクッとさせ、下手な口笛を吹きながら目を逸らした。
「……まさかとは思うが、自分から進んで話した、とかじゃねぇだろうな」
爺さんの顔が汗だくになり表情が強張る。
「おいおい、嘘だろ。何してくれてんだよ、ジジイ……」
怒気を孕んだ俺の声と、皆からの冷酷な視線に観念した爺さんは、ボソボソと語り出した。
「……だってノアとシンが甘えてくれるのが嬉しかったんじゃもん。……キラキラした目で見てきて、それはそれは可愛かったんじゃ。……じゃからついポロッと、のう」
つい、じゃねえだろ。はぁ、つくづくこの爺さんはダメ人間だな。
「「「……」」」
俺たちはさっきの数倍はあるであろう冷たい目で爺さんを見据える。
「……すみません。反省してます」
「はぁ。ヴォルガ、あなたは毎度毎度やらかしてくれますが、今回は今までの所業の中でも最悪な部類です。私に対してだけなら別に構いませんが、秀君や湊君、ノア君にシン君まで巻き込むなど言語道断です。罰として今後一週間自室から出ないように」
「それはーーー」
爺さんの抗議を予測していたのか、すかさずクロードさんの圧がかかった言葉が響く。
「これは決定事項です。いいですね?」
「……はい」
こういうやりとりを見るたびに思ってるんだが、どうも爺さんよりクロードさんの方がしっかりしてるから主従関係が逆なんじゃねぇかって疑いたくなる時があるんだよなぁ。
「ん、話し合いは終わったのか、ミナト」
今まで寝ていたのであろう紫苑は、場が静かになったことに気づき顔を上げた。
「まあ一応」
「そうだな。結局全部爺さんが悪りぃってことでこの話は終わりだろ。……なあ、爺さん。ひとつ聞きたいことがあるんだが……?」
「なんじゃ?この傷心しきった老ぼれになんか用かのう」
はっ。いつもの威勢は完全にどっかいったな。
「俺たちが交代しながら受けてる爺さんの特別訓練があるだろ?あれはやっぱノアとシンもそのうちやるんだよな?」
俺たちが十歳になったある日、突然爺さんは今日からある特訓を行うと言い出したのだ。これには俺も湊も驚いたことだったのだが、その内容は以前オヤジたちが言っていた一族の究極奥義をマスターするためのものとほぼ同じだった。まあ、初の訓練後問いただしたら、その理由とついでに爺さんやクロードさんの正体も分かったんだけどな。
「……そうじゃな。お主らは十の時から始めたが、ノアたちは今から始めた方が良いかもしれぬ。わしの経験上、な」
それは……かなり信頼できるな。爺さんの正体を知った身としてはその話はかなり信憑性が高い。久々に爺さんが頼もしく見えるな。
「なら、そっちをメインでやってくれねぇか。俺たちはある程度は習得できたからよ」
「ふむ……。クロード、わしの代わりに秀と湊に付き合ってやってくれ」
おいおい、ただでさえクロードさんは家事で忙しいってのに俺たちの特訓まで頼むのは申し訳ねぇだろ。
「いや、それは流石にーーー」
「構いませんよ。実は私も久々に身体を動かしたいなと思っていたんです。私でよければぜひ秀君たちの相手になりますよ」
その顔を察するに、マジで苦に感じてねぇっぽいな。今の時点で普通なら身体壊すぐらい働いてるよな。一日も欠かさずにやってるし。もう仕事馬鹿……いや、体力おばけだな。
「こちらこそ、クロードさんが相手してくれるのはありがたい。ぜひお願いしたい」
「そろそろ爺さん以外の強者と戦いたいと思ってたんで、その申し出はこっちとしてもありがたいぜ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですね。よくよく考えてみたら、私は秀君や湊君と一度も対戦したことはありませんでしたから……。ふふ。楽しみですね」
言われてみればそうだな。爺さんとばっか戦っていたが、クロードさんが爺さんに匹敵するぐらいに強いってことはなんとなく察してはいたってだけで、実際は一度だって手合わせしたことはないな。
……てか、最後の不敵な笑みがちょっとこえぇな。……けどまあ、俺もクロードさんとのタイマンは楽しみだ。
現在の時刻は早朝六時。俺と湊は九つの頃からずっとやってきた早朝組手を一時間ほど前から水無月の間で始めている。ちなみにノアたちのところには俺の式神が二体残っているため安全面は問題ない。
「……っ、あっぶねぇー」
俺は湊が繰り出した死角からの一撃をギリギリでかわす。
「……やるな」
「何年やってきたと思ってんだよ。お前の戦い方ぐらい頭に嫌ってほど叩き込まれてるってーの!」
俺は右の拳を大きく振り抜く。
「それは俺も同じだ」
俺の右ストレートを右腕で弾き、百八十度回転した湊は俺の腰に腕を回しガッチリと捕まえる。
「っクソ」
湊は俺をいとも簡単に持ち上げ、後ろに叩きつけた。
「っぐは」
「それまで。勝者ミナト」
紫苑の判定により組手は終了。俺は大の字になって床に寝そべった。
「かぁー。わざと隙がデカい攻撃をしたってのに、湊の反撃が速すぎて避けられなかったわ」
「まあ、そうだろうなとは思った。別に俺は後ろに回避して距離を取ることもできたが、あえてお前の作戦に乗ったんだ。スピード勝負で俺が負けるわけないし、そもそもお前の魂胆はわかっていたからな。簡単だったよ」
クソー。俺が今勝ち越してたからつい甘えちまったな。これで引き分けかー。
「これでミナトとシュウ両者五勝五敗だ。今日も引き分けで終わったな」
そう、なんと俺たちは九つの頃から永遠に引き分けで勝敗が決まっているのだ。こんなことありえるかってぐらいにお互いの力が均衡しすぎているのだろうか。これは今や俺たちの中の不思議ミステリーのひとつだ。
「あれだな、これはもう、一度でも勝ち越した方が優勝だな」
「……だな」
「そういや、早速今日からノアたちも特別特訓開始か」
一週間の謹慎明け、爺さんは特別特訓を早めにやることに越したことはないと言い出した、結果ノアとシンも特別特訓を行うこととなった。
「そうだ。そして俺たちの一週間ぶりの特別訓練の相手はクロードさんということになる」
実は俺たちはこの一週間、特別特訓をお互いを相手にして行っていた。初めからクロードさんにお願いしてもよかったのだが、あの人の多忙さは尋常ではなく、早めに処理しなければならない事が山盛りだったらしく、結局今日までお預けをくらっちまった。
「ああ。どんな戦いになんのか楽しみだなぁ」
side シン=オーガスト
「ノアー、シンー、今日から爺ちゃんと特訓することになったぞー!」
ドタドタと大きな足音をたててヴォル爺が障子を思い切り開けた。
「っ。ヴォル爺朝からうるさい!」
兄さんは耳を塞いだ手を外してヴォル爺を叱った。
「うっ、すまぬ。わしが悪かったから怒らんでくれ」
とことん俺たちに甘いヴォル爺はこう見えてもこの根源界で最強の男らしい(本人は全世界一だと言っていたが)。
「別にいいけどさー。……今日からはクロードじゃなくてヴォル爺が教えてくれるってこと?」
「うむ。戦いに関してだけはわしが教えるんじゃ。勉学の方は……わしの頭が痛くなるから無理じゃな」
ヴォル爺はそれしか取り柄がないから。兄さんもおんなじこと思ってそうだ。
俺たちは卯月の間のゲートを通り下に移動した。そしてヴォル爺の特訓が始まり数時間が経過した頃、俺たちからみて右手方面から巨大な爆発音がした。
「ほぉ。クロードが本気になっておるわ。久々の戦いで気が昂っておるのかのう」
氣の感じからして戦ってるのは秀とクロードだな。
「ねぇヴォル爺。俺たちもあんぐらい強くなれるかな」
兄さんもこの強大な氣のぶつかり合いを感じたのだろう。目をキラキラさせている。
「そりゃもちろんじゃ。というか、ノアとシンならあやつらよりも強くなるぞ。もしかしたらわしをも超えるやもしれぬのう」
「ほんと?!」
兄さんの輝いた笑顔にヴォル爺はデレデレした姿を見せる。
「……っ。ああ、もちろんじゃとも。じゃから特訓を頑張らないとのう」
「うん!」
side 八神秀
昼食後、クロードさんとのタイマン勝負が始まったのだが、結果は俺の負けだった。まだあの術を完全にものにしていないとはいえ、二対一で負けるのはヤバすぎる。
俺の場合、式神が前衛、俺が後衛の戦い方が基本のため複数陣営にならざるを得ない。この時召喚したのは煌だったのだが、見事に相手にされてなかったな、うん。俺の式神を赤子のようにひねる様は惚れ惚れしたが、やっぱ悔しいな。
まあ結局のところ、煌が突破されて俺の術が間に合わずに決着がついたって感じだったな。
次に湊が挑んだんだが、なぜかあいつはあの術は使わずに戦い、長丁場な勝負を繰り広げたが結果は敗北だ。めちゃくちゃ惜しかったけどな。なんであれを使わなかったのか聞いたところ、最初はあれに頼らずに戦ってみたかったから、とのことだ。まあ、俺も一瞬しか使わなかったけどな。
明日はクロードさんに勝てるようにしっかりと作戦を練らないとな。
夕食を終え神無月の間へと移動した俺、湊、ノア、シン。俺は二人に今日から始まった爺さんとの特訓について聞いてみることにした。
「爺さんとの訓練はどうだった?」
「んー、教え方がクロードより下手だった」
やっぱりか。爺さんの教え方はなんつーかわかりにくすぎるんだよな。指導者には向いてねぇ。ここはバンっとやってシュッと動いてズバババっと倒すんじゃ、とか言われた時はビックリしたのを覚えてるわ。何言ってんだって感じでよ。
まあこんなんでも爺さんはマジでつえぇからな。神は馬鹿と武におけるすば抜けた才能の二物を与えちまったってわけだ。
「ははは。俺たちの時もそうだったからな。まあでも、爺さんから学べることは多いから爺さんの戦闘スキル全て搾り取るくらいに励むんだぞ」
「わかった!頑張ろう、シン」
「ん」
こうして俺たちは充実した日々を過ごし、いつしか七年の歳月が経っていた。
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