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ヴァルハラ編
10 無限大の世界へ
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side ノア=オーガスト
根源界で育って十六年の月日が経った。里が不運にも災害にあってしまい、秀と湊が生まれたばかりのオレとシンを命をかけてこの安全な世界まで連れてきてくれた。
当然オレたちにはそんな記憶はない。だから割と悠々自適にこの世界で暮らしていたと思う。
確か幼い頃に、オレとシンの両親もその災害でおそらく亡くなった、よくて行方不明だろうという話を聞いたことがあったけど、正直、両親?という存在にあまりピンときてないし、それはたぶんシンも同じだ。
この世に産んでくれたことには感謝してるけど、ほぼ赤の他人状態だから、死んだかもと言われても、あんま心に響かない。シンはもちろん、秀や湊、ヴォル爺やクロードが死んだってなったらめっちゃ泣く自信はあるんだけどなー。
「なあ、シン」
「ん。どうした、兄さん」
オレたちは特訓終わりの休憩で木陰に腰をかけていた。そして隣の木陰に寄りかかるシンに、オレは前々から思っていたとあることを聞いてみたくなった。
「シンはさ、オレがもしこの世界を旅立つってなったら、どうする?」
「一緒に行く」
シンは即座にオレの問いに答えた。考える気なんてはなからないって感じだ。
「即答かよ。ははは」
オレはなんの躊躇いもないシンの返答に思わず笑いをこぼした。
オレ的には結構深刻なことだと思って話したのに、あっさりしすぎだろ。
「……?兄さんがいない世界など生きる価値がないからな。当然の判断だ」
何がおかしいんだ?と言いたげなシン。これが冗談じゃないのは側から見てもすぐわかる。
「はははっ。そっかそっか。シンの行動理念はオレってことかー」
オレはなんだか馬鹿らしくなり、吹っ切れたように笑ってしまった。
「兄さんはやりたいようにすればいい。俺はそれに付いて行くだけだ」
オレと同じ金色の目が、オレの悩みがちっぽけであったかのように諭してきた。
「うん……嬉しい。ありがとな、シン」
「ああ」
「オレもシンと離れ離れってのはまあまあキツかったから、その言葉はほんと助かる。ただ次なる問題は、秀と湊なんだよなー」
「あの二人、過保護すぎるからな」
「そうそう。何をしようにも式神がついてくるか二人が見張ってるかで、超不自由だったもんなー。まあ今はオレたちしかここにはいないけど」
オレが以前、懇願に懇願を重ねた結果、なんとか監視役を剥がすことに成功したのだ。それまでの苦労といったら、一晩では語り尽くせないほどである。
「まあそれは置いといて、だ。なんだかんだ言っても、二人はオレたちを大事に育ててくれた家族であり恩人なわけじゃん?二桁にもいかない歳の頃から親の代わりに面倒見てくれたわけだし」
「秀は今でも頭を触ってくるからイラつくが」
「ははは。たぶんあれ癖になってるよなー。それか今でもオレたちをガキ扱いしてるか……なんか後者な気がしてきた」
「俺もそう思う」
「……いずれにせよ、二人が懸命にオレたちを守り育ててくれたことは間違いないわけで。なのにオレたちが、ここを出て旅に出るぜ!なーんて言ったら、なんつーか……恩を仇で返すようなことにならないかなーって思ってさ」
そう、シンが了承してくれた今、障害となるのは秀と湊だ。
別に二人が嫌いでここを去るとか、そんな酷い動機ではない。ただ単に、退屈な日常から非日常的な冒険をしてみたかっただけなのだ。アルマーみたいにさ。
それにオレたちはこの世界のこと以外、何も知らない。だから自分の目と耳と足で、いろんな世界を回って、いろんなやつと話してみたいと思うのは、致し方ないと思わないか?
子どもの頃から好奇心旺盛だと自負するオレには、この世界は生きづらいというか、なんだか窮屈なのだ。
「そんなものは兄さんが気にする必要すらない。拒否されたなら屈服させて勝手に外の世界に出ればいい」
「うぇ?!」
シンの過激な思想にオレは変な声を出してしまった。我が弟ながら、恐ろしいやつだ。
「そ、それは流石に乱暴すぎだろ……」
「なら、昔のように見つからずに出るしかない」
「あー……」
もっと小さい頃……たしかオレたちがまだ九つの歳だったかな。オレの発案で二人で外の世界へと飛び出したことがあった。
いやー、あれは我ながら好奇心だけで突っ走ったなーという思い出だ。おかげでこっぴどく叱られた記憶が鮮明に残ってる。
「兄さんが、二人に否定されることを恐れるのならだが」
「……っ!」
シンの的確な言葉に、オレは目を丸くした。
オレはシンに気付かされてしまった。育てられた恩がどうとか、二人に申し訳ないとか、そういう思いも確かにあるけど……それ以上にオレは、大好きな二人にオレの気持ちを否定されるのが怖かったんじゃないか、と。
だから今の今まで言い出せずにいたんじゃないか?
「オレ、実は怖かったのかもな。今まで二人はオレが何しても、困った顔はしてたけど結局は許してくれた。でも今回は笑って許されるような、そんな小さな話じゃない。もし拒絶されたら……ちょっと、いや、かなり凹みそうだ」
幸せに満ちた箱庭に閉じ込められてはいたけど、オレはその中で自由気ままに、まるで王様みたいに生きてきた。十分すぎるほどの幸せを享受したのだ。
そして秀や湊、それにヴォル爺やクロード、神獣たちがくれた安穏をかなぐり捨てて危険に飛び込もうとするオレを、誰が快く送り出してくれるというのだろう。
意識すればするほどたまらなく怖くなってくる。オレはどうすればいいのだろう。
「そんなに苦しむような顔をしないでくれ、兄さん。悩むくらいなら……俺があの二人をボコしてくるから」
「ん?!いやいや、そんな物騒なこと言うなよ、シン!」
突然ぶっ込まれたヤバすぎ発言に、オレは思わず声を上げた。
「そうか……」
え?なんで残念そうなんだ?
「なら、話し合うしかないな」
「……だよな…………」
その案が最適解だとオレも思っていた。思ってはいたが、いざ実行に移そうとするとなかなか手が出せなくなる。
いつもなら自慢の行動力で動くはずなのに、なぜか今回だけはオレの言うことを聞かない。たぶん、好奇心という熱々な燃料がないからだろうけど。
「反対されるか快く受け入れるかはその話し合い次第。もし反対したら、俺が叩き切ればいい話だ」
「ははは。さっきから過激すぎだって、色々とさ」
シンの過激発言に、オレは思わず笑い声を漏らした。
だけどそれは面白おかしいというより、なんだかほっとしてしまうような、安堵してしまうような、そんな感じの笑みだ。
「……うん。なんか、元気出たかも。戻ったら話してみる」
「ああ。それがいい」
シンはほんの少し口角を上げ、優しげな眼差しでオレを見つめていた。
「みんな集まってくれてありがとな。その……話、なんだけど…………オレ、人界に行きたいんだ」
オレはシンを含めた五人の家族を急遽長月の間に呼び出し、あの打ち明け話を始めた。
ただ、いざみんなの前で打ち明けるとなると、緊張が前面に出てしまい声が少し震えてしまった。
「唐突でごめん。けど、どうしてもオレは自分の欲を抑えられなかった」
オレは床を見たまま、自分のわがままな願いを口にした。
だってそうだろ?今まで散々迷惑をかけてきたみんなに、その優しさを踏み躙るような発言をしてるんだから。
シンとはさっき色々話はしたけど、やっぱこの恩を仇で返すような行いをするのはいかがなものかと考える自分もいるのだ。
「あのノアが急に俺たちを集めてどうしたんだとは思ったが、そんなことか。てっきり病気になったとかそういう重大な話かと思ったぜ」
「そうだな。その程度のことで安心した」
秀と湊の返しにオレは戸惑った。まるでそれは、シンに話した時と似たような反応だったからだ。
「え?な、なんで?なんで怒んないんだよ。その程度のレベルじゃなくないか?だって安全安心なこの場所を離れて危険な旅路に出ようとしてるんだぞ?それに、恩を仇で返すようなマネをしたいって宣言してるも同然なのに……」
秀と湊は互いに顔を見合わせる。そして秀は腕を組み、呆れたような顔でオレに告げた。
「……あのなぁ、そもそも俺たちはお前たちの家族だが、それ以前に従者でもあるんだ。余程のことがない限りは、主の指示に従うのが従者の務めってもんだ。それに、ノアのわがままは今に始まったことじゃねぇしな」
「その通りだ。俺たちを気遣うその優しさは嬉しく感じる。だが、俺たちの存在意義である主が、これほど勇気を出して言ったんだ。俺たちがそれに答えなくてどうする」
「あ、ありがとう。秀、湊。すごく嬉しい」
オレにとっては都合のよすぎる二人の話に、オレは心底安堵し感謝した。そしてオレが一番危惧していた『否定』の二文字は、その影すらも現すことはなかったのだ。
それとちょっと恥ずかしいことなんだけど、実はこの話し合いを始めた時から、オレは隣に座るシンの左手をギュッと握って不安を緩和しようとしていた。
だけどこんなにあっさりと承諾してもらえるなんて思わなかったから、すごく驚いてるし、何より本当に感謝してる。
「……ふむ。ノアは特に冒険に対する想いが強かったからのう。こうなることは薄々感じておったが、いざそのような状況に陥ると、とても悲しいのう」
「そうですね。ずっと一緒に過ごしてきましたから」
ヴォル爺とクロード。俺たちの大切な家族。この人たちと別れるのは俺も寂しい。だけど……。
「できることならオレはヴォル爺やクロードとお別れしたくないよ。でも、二人はこの根源界の管理者で守護者だから、離れることはできないんだよね?」
「そうじゃな。できないこともないが長期間は不可能じゃのう」
「ですね」
やっぱりそうだよな。
「……」
オレの残念そうな顔を見かねたのか、ヴォル爺が少し皺のできた大きな手で頭を撫でてくる。
「わしはな、ノアやシンが楽しそうに笑っている姿が何より大好きなんじゃ。だからそんな顔をせんでもよい。ノアのやりたいことをすればええんじゃ。それにのう、ノアたちがどんなに遠くに行ってしまってもわしらは主らのことを忘れたりはせん」
「うん……。ヴォル爺、ありがとう」
オレは恥ずかしげもなくヴォル爺に抱きついた。
「ハッハッハ。まったくかわいいやつじゃなぁ」
この話し合いの数日後、ついにオレたちは人界への扉を開くことになった。
「いよいよ、じゃな。……ノア、シン。主らに餞別として渡したいものがある。クロード」
「はい」
クロードはオレたちの前に立つと三本の剣を差し出した。
「この透き通った氷のように美しい剣の名は『氷葬』。これはノア君に」
「いいの?こんな高価なものもらって」
クロードの説明の通り、その剣は透明感の強い美しさを持っており、うっすらと冷気を放っているように感じた。そしてそれはまるで冷たい息遣いをしていると錯覚してしまうほどの、生命力のようなものを訴えてきている。
この剣、絶対に尋常じゃない。
「ええ。もともとこの剣たちはヨルムンガンドに守護してもらっていたものですが、誰にも扱うことができませんでした。しかしノア君とシン君ならきっと使いこなしてくれると、そう思ったのですよ」
そう言ったクロードは、今度はシンの前に立った。
「この二つの剣はシン君に。名はそれぞれ漆黒に輝く『神代』と地獄の業火を模した『炎帝』。必ずやシン君の力になってくれます」
あの二つの剣も、まるで脈動しているみたいに生命力をヒシヒシと感じる。物に生命力ってなんだって話だけど、そう言い表すのが適切としか思えない。
「……どうも」
言動からはわかりにくいけど、シンも満更でもなさそうだ。
「ノア、シン。今主らに渡した剣は並大抵の者では抜くことすら叶わぬ。おそらく今やっても抜けんじゃろう」
その言葉どおり、鞘から剣を抜こうとしたがまったく刀身が見えなかった。
「ほんとだ」
やっぱりこの剣は、存在自体が異質なんだ。
「じゃが案ずることはない。前にも話したが、主らにはある封印が施されているのじゃ。それが解けたときその剣たちは主らの力になってくれるはずじゃ」
封印かー。そのせいで自分の力が制限されてると思うと、ちょっと窮屈な感じはするけど、命に関わるものだって言われちゃ、我慢するしかないよな。
不自由が苦手なオレとしては、厄介極まりないんだけどな。
「じゃからそれまでは他の剣を使うのがよいじゃろうて」
「ですね。きっとすぐに折れると思いますが」
……ん?なんですぐ折れるんだ?
もしやオレの剣の使い方が荒すぎて、か?自慢じゃないけど、オレって結構不器用だし。
「そんなに不思議なことではないぞ、ノア。シンは気づいておるようじゃな」
「まあ。……俺たちの力に耐えられる剣なんて、ほとんどないからだろ」
シンの回答に満足した表情をヴォル爺は浮かべた。
「その通りじゃ。わしが持つ『破邪』のようなネームド武器でなければ、まず間違いなく壊れるじゃろうな。そして先程渡した武器は全てネームド武器であり、そのなかでもさらに最高峰のものじゃ。何を斬ろうとも、刃こぼれすらせんじゃろうな。ハッハッハ」
ハッハッハって……。そんなにすごいのもらっちゃっていいのか?しかも無償で。
「ノア君。気にせずもらってください。使われない剣など存在価値はありませんから」
オレの心境を読んだかのように、発せられた内容とは異なり優しめに言うクロード。
珍しく辛辣だなー。
……あー、ヴォル爺にはいつもそうだったか。
「じゃあ、ありがたく頂戴するよ」
「ええ。それから、ネームド武器とは別にこちらの剣を渡しておきますね。人界の武器屋で適当に拵えた物なのですぐに壊れるとは思いますが、あるに越したことはないですから」
「わりぃ、待たせたな」
ゲートから現れたのは秀と湊だ。ようやく準備が整ったらしい。
「「「「「「ノア!シン!」」」」」」
秀たちに続いてぞろぞろとその姿を見せたのはヨルムンガンド以外の神獣たちだった。
「……ほんとうに行っちまうのか」
フェンのあんなに悲しそうな顔は初めて見た。
「うん。ごめんな」
「ノアが謝ることじゃないよ。ボクらは大人なんだから、我慢しなきゃね」
ニーグのいつもの元気な声とはちがった優しい声に心が痛む。
「そうです。私たちはもう数え切れないぐらい生きているのです。笑って見送りましょう」
スレイが声を震わせながら言う。
「……っ。オレ様は別に寂しくなんかねぇぞ」
ファルはそっぽを向き泣きそうな顔をする。
「正直、おれは寂しいっす。ノアたちがいなくなっちゃうのは……」
いつもの明るいムニンの姿はない。
「あちしも同意見だわ。か、悲しくて、涙が止まらないものォォォ」
滝のように涙を流すフギン。
「みんな……。オレ、みんなと過ごす時間が大好きだったんだ。だから、今まで本当にありがとう。こんなに慕ってくれてたみんなとサヨナラするのはつらいけど……オレ絶対にみんなこと忘れないから!」
ちょっぴり涙で濡らした顔で、オレは精一杯の笑顔を見せた。神獣たちもオレと同じように、笑顔で応えてくれた。
「別れは済んだかのう」
「ああ……!」
「では、開くぞ」
ヴォル爺はあのカギを使って世界樹に大穴を開けた。
「みんな、本当にありがとう!またなーっっ!!!」
オレはみんなの姿が見えなくなるまで腕がもげるくらいに大きく手を振り続けた。
side クロード
ノア君の別れの言葉を最後に、十六年間ともに過ごした家族たちの姿はゲートの向こうへと消えていきました。
「……ノア君たちがいなくなって、ここも寂しくなりますね」
「……っう……ぐすっ……そ、そうじゃのう……っうう」
「いつまで、泣いてるんですか……っ……」
そうヴォルガに指摘する私の声が無意識に震えてしまう。
「お前だって泣いておろうが。馬鹿もん……」
「……っ。き、気のせいですよ」
こぼれ落ちた涙を見せまいと、私は顔を右へ向ける。
あんなに小さかった子たちが立派になったのは嬉しい限りですが、やはり寂しいですね。
あの子たちのこれからの旅路に幸福があらんことを……。
私はふと空を見上げる。そこには雲ひとつない晴々とした碧天が広がっていた。
根源界で育って十六年の月日が経った。里が不運にも災害にあってしまい、秀と湊が生まれたばかりのオレとシンを命をかけてこの安全な世界まで連れてきてくれた。
当然オレたちにはそんな記憶はない。だから割と悠々自適にこの世界で暮らしていたと思う。
確か幼い頃に、オレとシンの両親もその災害でおそらく亡くなった、よくて行方不明だろうという話を聞いたことがあったけど、正直、両親?という存在にあまりピンときてないし、それはたぶんシンも同じだ。
この世に産んでくれたことには感謝してるけど、ほぼ赤の他人状態だから、死んだかもと言われても、あんま心に響かない。シンはもちろん、秀や湊、ヴォル爺やクロードが死んだってなったらめっちゃ泣く自信はあるんだけどなー。
「なあ、シン」
「ん。どうした、兄さん」
オレたちは特訓終わりの休憩で木陰に腰をかけていた。そして隣の木陰に寄りかかるシンに、オレは前々から思っていたとあることを聞いてみたくなった。
「シンはさ、オレがもしこの世界を旅立つってなったら、どうする?」
「一緒に行く」
シンは即座にオレの問いに答えた。考える気なんてはなからないって感じだ。
「即答かよ。ははは」
オレはなんの躊躇いもないシンの返答に思わず笑いをこぼした。
オレ的には結構深刻なことだと思って話したのに、あっさりしすぎだろ。
「……?兄さんがいない世界など生きる価値がないからな。当然の判断だ」
何がおかしいんだ?と言いたげなシン。これが冗談じゃないのは側から見てもすぐわかる。
「はははっ。そっかそっか。シンの行動理念はオレってことかー」
オレはなんだか馬鹿らしくなり、吹っ切れたように笑ってしまった。
「兄さんはやりたいようにすればいい。俺はそれに付いて行くだけだ」
オレと同じ金色の目が、オレの悩みがちっぽけであったかのように諭してきた。
「うん……嬉しい。ありがとな、シン」
「ああ」
「オレもシンと離れ離れってのはまあまあキツかったから、その言葉はほんと助かる。ただ次なる問題は、秀と湊なんだよなー」
「あの二人、過保護すぎるからな」
「そうそう。何をしようにも式神がついてくるか二人が見張ってるかで、超不自由だったもんなー。まあ今はオレたちしかここにはいないけど」
オレが以前、懇願に懇願を重ねた結果、なんとか監視役を剥がすことに成功したのだ。それまでの苦労といったら、一晩では語り尽くせないほどである。
「まあそれは置いといて、だ。なんだかんだ言っても、二人はオレたちを大事に育ててくれた家族であり恩人なわけじゃん?二桁にもいかない歳の頃から親の代わりに面倒見てくれたわけだし」
「秀は今でも頭を触ってくるからイラつくが」
「ははは。たぶんあれ癖になってるよなー。それか今でもオレたちをガキ扱いしてるか……なんか後者な気がしてきた」
「俺もそう思う」
「……いずれにせよ、二人が懸命にオレたちを守り育ててくれたことは間違いないわけで。なのにオレたちが、ここを出て旅に出るぜ!なーんて言ったら、なんつーか……恩を仇で返すようなことにならないかなーって思ってさ」
そう、シンが了承してくれた今、障害となるのは秀と湊だ。
別に二人が嫌いでここを去るとか、そんな酷い動機ではない。ただ単に、退屈な日常から非日常的な冒険をしてみたかっただけなのだ。アルマーみたいにさ。
それにオレたちはこの世界のこと以外、何も知らない。だから自分の目と耳と足で、いろんな世界を回って、いろんなやつと話してみたいと思うのは、致し方ないと思わないか?
子どもの頃から好奇心旺盛だと自負するオレには、この世界は生きづらいというか、なんだか窮屈なのだ。
「そんなものは兄さんが気にする必要すらない。拒否されたなら屈服させて勝手に外の世界に出ればいい」
「うぇ?!」
シンの過激な思想にオレは変な声を出してしまった。我が弟ながら、恐ろしいやつだ。
「そ、それは流石に乱暴すぎだろ……」
「なら、昔のように見つからずに出るしかない」
「あー……」
もっと小さい頃……たしかオレたちがまだ九つの歳だったかな。オレの発案で二人で外の世界へと飛び出したことがあった。
いやー、あれは我ながら好奇心だけで突っ走ったなーという思い出だ。おかげでこっぴどく叱られた記憶が鮮明に残ってる。
「兄さんが、二人に否定されることを恐れるのならだが」
「……っ!」
シンの的確な言葉に、オレは目を丸くした。
オレはシンに気付かされてしまった。育てられた恩がどうとか、二人に申し訳ないとか、そういう思いも確かにあるけど……それ以上にオレは、大好きな二人にオレの気持ちを否定されるのが怖かったんじゃないか、と。
だから今の今まで言い出せずにいたんじゃないか?
「オレ、実は怖かったのかもな。今まで二人はオレが何しても、困った顔はしてたけど結局は許してくれた。でも今回は笑って許されるような、そんな小さな話じゃない。もし拒絶されたら……ちょっと、いや、かなり凹みそうだ」
幸せに満ちた箱庭に閉じ込められてはいたけど、オレはその中で自由気ままに、まるで王様みたいに生きてきた。十分すぎるほどの幸せを享受したのだ。
そして秀や湊、それにヴォル爺やクロード、神獣たちがくれた安穏をかなぐり捨てて危険に飛び込もうとするオレを、誰が快く送り出してくれるというのだろう。
意識すればするほどたまらなく怖くなってくる。オレはどうすればいいのだろう。
「そんなに苦しむような顔をしないでくれ、兄さん。悩むくらいなら……俺があの二人をボコしてくるから」
「ん?!いやいや、そんな物騒なこと言うなよ、シン!」
突然ぶっ込まれたヤバすぎ発言に、オレは思わず声を上げた。
「そうか……」
え?なんで残念そうなんだ?
「なら、話し合うしかないな」
「……だよな…………」
その案が最適解だとオレも思っていた。思ってはいたが、いざ実行に移そうとするとなかなか手が出せなくなる。
いつもなら自慢の行動力で動くはずなのに、なぜか今回だけはオレの言うことを聞かない。たぶん、好奇心という熱々な燃料がないからだろうけど。
「反対されるか快く受け入れるかはその話し合い次第。もし反対したら、俺が叩き切ればいい話だ」
「ははは。さっきから過激すぎだって、色々とさ」
シンの過激発言に、オレは思わず笑い声を漏らした。
だけどそれは面白おかしいというより、なんだかほっとしてしまうような、安堵してしまうような、そんな感じの笑みだ。
「……うん。なんか、元気出たかも。戻ったら話してみる」
「ああ。それがいい」
シンはほんの少し口角を上げ、優しげな眼差しでオレを見つめていた。
「みんな集まってくれてありがとな。その……話、なんだけど…………オレ、人界に行きたいんだ」
オレはシンを含めた五人の家族を急遽長月の間に呼び出し、あの打ち明け話を始めた。
ただ、いざみんなの前で打ち明けるとなると、緊張が前面に出てしまい声が少し震えてしまった。
「唐突でごめん。けど、どうしてもオレは自分の欲を抑えられなかった」
オレは床を見たまま、自分のわがままな願いを口にした。
だってそうだろ?今まで散々迷惑をかけてきたみんなに、その優しさを踏み躙るような発言をしてるんだから。
シンとはさっき色々話はしたけど、やっぱこの恩を仇で返すような行いをするのはいかがなものかと考える自分もいるのだ。
「あのノアが急に俺たちを集めてどうしたんだとは思ったが、そんなことか。てっきり病気になったとかそういう重大な話かと思ったぜ」
「そうだな。その程度のことで安心した」
秀と湊の返しにオレは戸惑った。まるでそれは、シンに話した時と似たような反応だったからだ。
「え?な、なんで?なんで怒んないんだよ。その程度のレベルじゃなくないか?だって安全安心なこの場所を離れて危険な旅路に出ようとしてるんだぞ?それに、恩を仇で返すようなマネをしたいって宣言してるも同然なのに……」
秀と湊は互いに顔を見合わせる。そして秀は腕を組み、呆れたような顔でオレに告げた。
「……あのなぁ、そもそも俺たちはお前たちの家族だが、それ以前に従者でもあるんだ。余程のことがない限りは、主の指示に従うのが従者の務めってもんだ。それに、ノアのわがままは今に始まったことじゃねぇしな」
「その通りだ。俺たちを気遣うその優しさは嬉しく感じる。だが、俺たちの存在意義である主が、これほど勇気を出して言ったんだ。俺たちがそれに答えなくてどうする」
「あ、ありがとう。秀、湊。すごく嬉しい」
オレにとっては都合のよすぎる二人の話に、オレは心底安堵し感謝した。そしてオレが一番危惧していた『否定』の二文字は、その影すらも現すことはなかったのだ。
それとちょっと恥ずかしいことなんだけど、実はこの話し合いを始めた時から、オレは隣に座るシンの左手をギュッと握って不安を緩和しようとしていた。
だけどこんなにあっさりと承諾してもらえるなんて思わなかったから、すごく驚いてるし、何より本当に感謝してる。
「……ふむ。ノアは特に冒険に対する想いが強かったからのう。こうなることは薄々感じておったが、いざそのような状況に陥ると、とても悲しいのう」
「そうですね。ずっと一緒に過ごしてきましたから」
ヴォル爺とクロード。俺たちの大切な家族。この人たちと別れるのは俺も寂しい。だけど……。
「できることならオレはヴォル爺やクロードとお別れしたくないよ。でも、二人はこの根源界の管理者で守護者だから、離れることはできないんだよね?」
「そうじゃな。できないこともないが長期間は不可能じゃのう」
「ですね」
やっぱりそうだよな。
「……」
オレの残念そうな顔を見かねたのか、ヴォル爺が少し皺のできた大きな手で頭を撫でてくる。
「わしはな、ノアやシンが楽しそうに笑っている姿が何より大好きなんじゃ。だからそんな顔をせんでもよい。ノアのやりたいことをすればええんじゃ。それにのう、ノアたちがどんなに遠くに行ってしまってもわしらは主らのことを忘れたりはせん」
「うん……。ヴォル爺、ありがとう」
オレは恥ずかしげもなくヴォル爺に抱きついた。
「ハッハッハ。まったくかわいいやつじゃなぁ」
この話し合いの数日後、ついにオレたちは人界への扉を開くことになった。
「いよいよ、じゃな。……ノア、シン。主らに餞別として渡したいものがある。クロード」
「はい」
クロードはオレたちの前に立つと三本の剣を差し出した。
「この透き通った氷のように美しい剣の名は『氷葬』。これはノア君に」
「いいの?こんな高価なものもらって」
クロードの説明の通り、その剣は透明感の強い美しさを持っており、うっすらと冷気を放っているように感じた。そしてそれはまるで冷たい息遣いをしていると錯覚してしまうほどの、生命力のようなものを訴えてきている。
この剣、絶対に尋常じゃない。
「ええ。もともとこの剣たちはヨルムンガンドに守護してもらっていたものですが、誰にも扱うことができませんでした。しかしノア君とシン君ならきっと使いこなしてくれると、そう思ったのですよ」
そう言ったクロードは、今度はシンの前に立った。
「この二つの剣はシン君に。名はそれぞれ漆黒に輝く『神代』と地獄の業火を模した『炎帝』。必ずやシン君の力になってくれます」
あの二つの剣も、まるで脈動しているみたいに生命力をヒシヒシと感じる。物に生命力ってなんだって話だけど、そう言い表すのが適切としか思えない。
「……どうも」
言動からはわかりにくいけど、シンも満更でもなさそうだ。
「ノア、シン。今主らに渡した剣は並大抵の者では抜くことすら叶わぬ。おそらく今やっても抜けんじゃろう」
その言葉どおり、鞘から剣を抜こうとしたがまったく刀身が見えなかった。
「ほんとだ」
やっぱりこの剣は、存在自体が異質なんだ。
「じゃが案ずることはない。前にも話したが、主らにはある封印が施されているのじゃ。それが解けたときその剣たちは主らの力になってくれるはずじゃ」
封印かー。そのせいで自分の力が制限されてると思うと、ちょっと窮屈な感じはするけど、命に関わるものだって言われちゃ、我慢するしかないよな。
不自由が苦手なオレとしては、厄介極まりないんだけどな。
「じゃからそれまでは他の剣を使うのがよいじゃろうて」
「ですね。きっとすぐに折れると思いますが」
……ん?なんですぐ折れるんだ?
もしやオレの剣の使い方が荒すぎて、か?自慢じゃないけど、オレって結構不器用だし。
「そんなに不思議なことではないぞ、ノア。シンは気づいておるようじゃな」
「まあ。……俺たちの力に耐えられる剣なんて、ほとんどないからだろ」
シンの回答に満足した表情をヴォル爺は浮かべた。
「その通りじゃ。わしが持つ『破邪』のようなネームド武器でなければ、まず間違いなく壊れるじゃろうな。そして先程渡した武器は全てネームド武器であり、そのなかでもさらに最高峰のものじゃ。何を斬ろうとも、刃こぼれすらせんじゃろうな。ハッハッハ」
ハッハッハって……。そんなにすごいのもらっちゃっていいのか?しかも無償で。
「ノア君。気にせずもらってください。使われない剣など存在価値はありませんから」
オレの心境を読んだかのように、発せられた内容とは異なり優しめに言うクロード。
珍しく辛辣だなー。
……あー、ヴォル爺にはいつもそうだったか。
「じゃあ、ありがたく頂戴するよ」
「ええ。それから、ネームド武器とは別にこちらの剣を渡しておきますね。人界の武器屋で適当に拵えた物なのですぐに壊れるとは思いますが、あるに越したことはないですから」
「わりぃ、待たせたな」
ゲートから現れたのは秀と湊だ。ようやく準備が整ったらしい。
「「「「「「ノア!シン!」」」」」」
秀たちに続いてぞろぞろとその姿を見せたのはヨルムンガンド以外の神獣たちだった。
「……ほんとうに行っちまうのか」
フェンのあんなに悲しそうな顔は初めて見た。
「うん。ごめんな」
「ノアが謝ることじゃないよ。ボクらは大人なんだから、我慢しなきゃね」
ニーグのいつもの元気な声とはちがった優しい声に心が痛む。
「そうです。私たちはもう数え切れないぐらい生きているのです。笑って見送りましょう」
スレイが声を震わせながら言う。
「……っ。オレ様は別に寂しくなんかねぇぞ」
ファルはそっぽを向き泣きそうな顔をする。
「正直、おれは寂しいっす。ノアたちがいなくなっちゃうのは……」
いつもの明るいムニンの姿はない。
「あちしも同意見だわ。か、悲しくて、涙が止まらないものォォォ」
滝のように涙を流すフギン。
「みんな……。オレ、みんなと過ごす時間が大好きだったんだ。だから、今まで本当にありがとう。こんなに慕ってくれてたみんなとサヨナラするのはつらいけど……オレ絶対にみんなこと忘れないから!」
ちょっぴり涙で濡らした顔で、オレは精一杯の笑顔を見せた。神獣たちもオレと同じように、笑顔で応えてくれた。
「別れは済んだかのう」
「ああ……!」
「では、開くぞ」
ヴォル爺はあのカギを使って世界樹に大穴を開けた。
「みんな、本当にありがとう!またなーっっ!!!」
オレはみんなの姿が見えなくなるまで腕がもげるくらいに大きく手を振り続けた。
side クロード
ノア君の別れの言葉を最後に、十六年間ともに過ごした家族たちの姿はゲートの向こうへと消えていきました。
「……ノア君たちがいなくなって、ここも寂しくなりますね」
「……っう……ぐすっ……そ、そうじゃのう……っうう」
「いつまで、泣いてるんですか……っ……」
そうヴォルガに指摘する私の声が無意識に震えてしまう。
「お前だって泣いておろうが。馬鹿もん……」
「……っ。き、気のせいですよ」
こぼれ落ちた涙を見せまいと、私は顔を右へ向ける。
あんなに小さかった子たちが立派になったのは嬉しい限りですが、やはり寂しいですね。
あの子たちのこれからの旅路に幸福があらんことを……。
私はふと空を見上げる。そこには雲ひとつない晴々とした碧天が広がっていた。
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なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界
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戦う気なし。出世欲なし。
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過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。
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これは――
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