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ヴァルハラ編
4 神獣と遊ぼう!
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side 九条湊
「秀ー、湊ー。シンと一緒にお外にいっちゃダメ?フェンと遊びたい!」
長月の間で朝食を取った後、神無月の間に戻ってすぐにノアはおねだりをした。秀は腕を組んで悩む。
「んー、今日は勉強も稽古もないからな。俺か湊のどっちかが同伴するならいいぞ」
「やった!シン、フェンと何して遊ぶか決めよう」
シンは首を小さくコクコクさせる。
「湊、今日の爺さんとの特訓は俺だから二人を頼んだ」
俺と秀は十歳になってからヴォルガによる特別な鍛錬を一日交代で受けている。これはいつもやっている爺さんとの手合わせとはまた別のものだ。
「ああ……。ノア、シン。フェンリルのとこに行くならあったかい服装に着替えてからだからな」
「わかってるって!」
フェンことフェンリルは根源界の北部に位置する雪山にいる。そもそも根源界は中心に世界樹があり、その周りにはまるで別世界かのような景色が広がっている。
北部は凍てつく寒さの雪山で、その主は白狼の神獣フェンリル。
南部は日差しが強く猛烈に暑い砂漠地帯で、その主は灰色の毛並みと八本の足をもつ馬のような神獣で、名はスレイプニル。
東部は崖や谷が多く、峡谷の先にはここの主である茶色っぽい鱗をもつドラゴンの神獣ファフニールがいる。
西部は湖や川があり木々が生い茂る、他よりも比較的生きやすい環境が広がっている。ここの主は黒っぽい鱗と翼を持つドラゴンの神獣ニーズヘッグである。
ちなみに 世界樹にはヨルムンガンドという白い鱗を持った巨大な蛇のような神獣が巻き付いているが、普段は自身の肌を茶色にすることで同化しているかのように見える。そのためパッと見だだけでは、妙に幹が太い木にしか見えないだろう。
それと烏のような見た目の神獣であるムニンとフギンもいる。この二体はヴォルガの自室である葉月の間で羽休めをしていたり、ヴァルハラ中を飛び回っていたりと自由気ままに生きているらしい。
「やはり寒いな、ここは」
卯月の間のゲートで下におりてから、歩きで北部の雪山に向かいかれこれ一時間。俺とノア、シンはようやく目的地に到着した。
雪の積もった木々が一面に広がり、足元も真っ白に覆われている。先ほどまでの緑色で包まれた世界とは違い、ここはまるで銀世界である。
「フェーン、あそぼーー」
ノアは大声でここの主の名前を呼ぶ。すると木々の奥から獣の影が見えてくる。姿を見せたのは美しい白い毛並みをもった狼であった。
「よく来たな、ノア。それにシンとミナトも」
普通の狼の大きさの数倍はあるフェンリルはノアたちに歓迎の意を述べる。
「フェン!」
ノアはフェンリルの方に走り出し抱きついた。
「あのね、今日もフェンの背中に乗って走りたいんだ。……いい?」
ノアは首をコテンと傾けフェンリルにお願いする。
「っぐ……(かわいい!)。んんっ。本来ならワレが姿を現すことでさえ稀なことではあるが……特別にワレの背中に乗せてやろう」
フェンリルは毎回自分に会えるだけですごいことだと言ってはいるが、ノアたちに初めて会って以来、一度もノアたちの前に姿を現さないというとこはなかった。
また、フェンリルはノアの頼みを断ったこともない。要するに溺愛しているのだ。そしてそれはフェンリル以外の神獣も同様だ。
「やった!今日はどこ走りたい?シン」
ノアの手を握り静かに隣に立っていたシンへノアは嬉々として問いかける。その間にフェンリルは自身の大きすぎる体をノアやシンに合わせたサイズに変える。
「……ニーグのところがいい」
ニーグとは西部に住むニーズヘッグのことである。
「うん!じゃあ今日はニーグのとこにしよ!」
はしゃいでいる双子たちを優しげな目で見ていた俺は二人に近づく。
「俺は鍛錬も兼ねてフェンリルの後ろを走っていくが、くれぐれも危ないことはするなよ」
俺はノアとシンの心配をする。シンは割と大人しいため問題ないのだが、ノアは好奇心旺盛なヤンチャな子のため安心できないのだ。
初めてフェンリルに乗ったとき、掴んでいたフェンリルの毛を離して両手を高々と上げて落ちたことがあり、俺が間一髪で受け止めることができたからよかったものの、危うく重傷を負うところだったのだ。
それ以来、俺と秀は双子たち(言うまでもなくノア)に毎度毎度注意を促している。
「わかってるって!」
フェンリルの背に乗り北部の雪山から西部の森へと移動する一行は、憂慮していたノアの危険な行動を見ることなく、無事に目的地に到着した。
「フェンリルからのテレパスで連絡は受けてたけどさ、なーんでいつも唐突にやってくるんだー?」
ノアたちが大きな湖の前で待っていると、上空からニーズヘッグが大きな翼を広げて降り立った。
「別に構わないだろう。文句を言う割に嬉しそうではないか」
「いやね、そりゃノアとシンが遊びに来てくれるのは嬉しいけどさー。ボクはノアたちをもてなす準備とかしたいんだよー。かわいいあの子たちのためにさー」
「ふむ。それは分からないでもないな」
「だろー?だからさ、せめて一日前には連絡欲しいんだよー」
フェンリルとニーズヘッグが双子たちの話で盛り上がる中、ノアとシンはフェンリルの背から降りニーズヘッグの所へトコトコと走る。
「ニーグ!久しぶり。会いたかった!」
ニーズヘッグに嬉しそうに抱きつくノア。先ほどフェンリルにしたとき同様の行動を取る。シンも兄を見習ってか、同じことをする。
「ああ、ボクも会いたかったよ。いつ見てもノアもシンもかわいいなー」
「おい。ワレはシンに抱きついてもらってないぞ」
「あれー、フェンリルはもしかしてボクに嫉妬してるのかなー?」
「なっ。そ、そんなわけがないだろう。高貴なワレがそのような感情を抱くはずがないではないか」
「へぇー……。シンシン、もうあの白狼に抱きつかなくてもいいからねー」
シンへ明るく言うニーズヘッグ。対してフェンリルは慌てた様子をみせる。
「ななっ。そ、それはダメだ。絶対にダメだぞ!」
「どうしたどうしたー?そんなに慌ててさー。高貴な存在なんじゃなかったっけー?」
「ぐぬぬっ……うるさい、黙っていろ!この、あほ蛇めが!」
「カッチーン。……今ボクを蛇って言ったな?あほなことは認めるけど、ボクを蛇呼ばわりするのだけは絶対に許さないぞ!」
「はっ。ならば、ワレの喉を食いちぎってみればどうだ?ああいや、すまぬ。酷なことを言ったな。蛇風情にワレを傷つけることなどできるはずもないか」
「……さっきから黙って聞いてればふざけたことぬかしやがって……殺すぞ……」
無味乾燥な喧嘩がヒートアップしていく。
ふとノアとシンを見ると悲しそうな顔をしていた。……正確に言うとノアだけは。
…………。
「いい加減にしろ!」
俺の張り上げられた声が一帯に広がっていった。
これに驚いたのか、頭に血が上っていた神獣たちは目を丸くしてこちらに振り向いていた。
「フェン殿にニーグ殿。今日はノアとシンの、一日中遊べる貴重な日だ。時間を無駄にしないでいただきたい。それから……神獣といえどもノアたちを悲しませることは、俺が許さない」
それまで傍観していた俺は、怒気を含んだ言葉で神獣たちに警告を促した。
一般的に神獣は伝説上の生物として知られており雲の上の存在かのように敬われるものらしいが、俺にはその常識とやらは通用しない。
「「……す、すみませんでした」」
西部の森を駆け巡り堪能した二人は、疲れてしまったのか目をこすりうとうとし始めた。いつのまにか空はオレンジ色に染まっている。
「ノア、シン。眠いならもう帰るか?」
「うーん、まだ……遊び……たい……」
俺の問いかけにノアは途切れ途切れに答える。そしてとうとう眠ってしまう。
「フェン殿。申し訳ないがノアとシンを世界樹まで頼む。その方が俺が抱えるより安らかに眠れる」
「承知した」
「では、ニーグ殿。俺たちはここで失礼するが、またノアたちの相手をしてくれると助かる」
「もちろん。ボクはいつでも大歓迎だよー」
俺は二体の神獣との時間を十分に過ごしたノアとシンを連れて、あの巨大な木に建てられた家へと帰宅した。
「おっ。お帰り……って我らが主は寝ちまってるのか。相当楽しかったんだろうな」
気持ちよさそうに眠る二人をしっかりと抱えた俺の姿を、神無月の間で休んでいた秀は微笑ましく見上げる。
「秀、悪いが……」
「わかってるって」
秀はそう言って立ち上がると押し入れにしまわれていた布団を取り出し、丁寧に敷いていく。俺は用意された布団に大切な主を起こさないように慎重に置き、双子たちの首元あたりまで掛け布団をのせる。
「そういえば、クロードさんが飯できたから長月の間に来て欲しいって言ってたな」
二人の愛らしい寝顔を眺めていた秀と俺だが、それまでの静寂を破る秀の言葉にその時間は終わりを迎えた。
「……そうか。その前に俺は風呂に入る」
「そういや、帰ってきたばかりだもんな。なら、俺はたっぷり癒しをもらってから向かうとするかなぁ」
秀は優しげな眼差しを、すやすやと気持ちよさそうに眠る二人に向けていた。
風呂上がりの俺が長月の間に合流し、秀、爺さん、クロードさんの計四人がいつものように夕飯を食べていた。が、爺さんは唐突に話題を変えた。
「主らに言わねばならぬ大事なことがあるのじゃが、よいかのう?」
「なんだよ爺さん。突然そんな真剣な顔して。らしくねぇぞ」
秀の返しに爺さんは顔を顰めた。
「らしくないとはなんじゃ。わしはいつでもダンディでかっこいい、大人の中の大人であろうが」
当然この爺さんの言葉に全員賛同するわけがなく、皆の反応を見た爺さんは軽くショックを受けた。
「ぬぅ。秀と湊はともかくとして、なぜクロードは賛成しないんじゃ」
「それは……まあ……」
「目を逸らすでないわ!クロード」
「それで、爺さんは何の話があるんだ」
会話に一度も参加していなかった俺はさっさと食事を済ませ爺さんへと問う。目を逸らしていたクロードさんも視線を俺たちの方へと戻した。
「そうじゃったそうじゃった。話というのはだな、ノアとシンのことじゃ」
「おい、爺さん。……まさかあの封印が解けたとかじゃねぇだろうな」
爺さんの言葉に秀はすぐさま反応する。大事な主の身に何かあったのではないかと危惧してのことだ。普段は感情をあまり表に出さない俺も、秀と同様の表情をした。
「いや、そのことではない。あの封印はわしとクロードが施したもの。そうやすやすと解ける代物ではないわい」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「そろそろあの子らの眼が覚醒する頃であろう。じゃから、念のためお主らには話をしておこうと思うてな」
秀と俺は眼とはいったい何のことかと眉を顰めた。
「あの子らは神仙族の長の子。つまり初代の直系にあたる。直系の血筋にはごく稀に特殊な眼を開眼する場合があるのじゃ」
爺さんの説明に両者ともに言葉を挟むことなく真剣な面持ちで耳を傾ける。
「そしてその条件じゃが……。初代の父、つまりは万物の神アメギラスの力を強く受け継いでいるほどにその眼を持つ確率は高くなる……はずなんじゃが、初代以外の者にその眼を持つものは今までいなかったのじゃろうな。そのため眼についての情報が後世には無くなってしまったんじゃろう」
そんな重大事実を、当の神仙族である俺や秀が知らなかったとは……。確かに里長のカノン様や父からそのような話を聞いたことは一度たりともなかった。
「なら、ノアとシンは神アメギラスの力を色濃く受け継いでいるということか」
俺はヴォルガの説明を自分なりに解釈し結論を出す。
「そういうことじゃ。そしてあの子らは初代と同等、いや下手をすればそれ以上にアメギラスの力を受け継いでおるやもしれぬ……それにノアの方は……うむ……」
封印はまだ幼いノアとシンに宿っていた強大な力を抑えるためのものだ。
その力はオーガスト家の者に代々宿るものではあったが、それが原因で皆短命であった。ノアとシンの父であるカノン様も、おそらくはあの襲撃がなくとも寿命で遅かれ早かれお亡くなりになっていたはずだ。
それを防ぐための封印を、俺たちがここにきてすぐの時に目の前にいる二人が施してくれていた。
これについては感謝してもしきれないのだが、二人曰く、ノアに宿った力はより強大らしく、シンに施したものよりも複雑な封印術をかけたそうだ。
「……なるほどな。話は理解した。けどその特殊な眼ってのはなにかヤバいものなのか?例えばノアやシンの生命を脅かすような……」
秀の問いかけにこれまで話に参加していなかったクロードさんが答える。
「それは私からお話ししましょう。秀君の問いに答えるならば……確実に安心できるとはいえません。ですが、眼の力を制御する特訓を覚醒直後から始めていけば、危険度は著しく減少します」
「だからこの話を俺たちにしたってわけか」
「その通りです。秀君と湊君にはあの子たちを守護する者として知る権利がありますから」
神無月の間に戻った俺と秀は紫苑も交えて先ほどの話の整理と今後の方針を決めることにした。
「俺らの主様はやっぱとんでもねぇな。湊もそう思うだろう?」
「ああ。全く底が知れない」
「はは、違いねぇ」
俺たちはノアとシンを複雑な心境で見つめる。絶大な力を持っていることは嬉しいが、そのせいで危険が迫っているというのは許せないのである。そのため矛盾を生むこの気持ちに葛藤せざるを得ない。
「して、お前たちはどうするのだ」
紫苑の言葉に俺と秀は我に帰った。
「そうだなぁ。んー、眼とやらが開眼しない限りは対処のしようがないからな。今まで通り様子を見守るしかないよなぁ」
「いざというときすぐ助けられるよう、今まで通りどちらかが側についているべきだろう」
「まあそうだよな。さらに保険をかけるなら俺と湊がつきっきりで見守るか、式神を一体置いて常時二人体制にするってのもありじゃねぇか?」
秀の提案に俺は頷いた。
「そうだな。その方が盤石な状態といえる」
「だがそれではシュウの負担が大きいが」
紫苑は最もな疑問を投げかけた。
「それなら問題ねぇよ。常時二体召喚したとしても余裕だからな」
「そうか。であるならば問題はあるまい」
「秀。寝ている時も式神を出しておけ。俺たちが二人の異変に気づかないはずはないが、念の為だ」
「おう。任せとけ」
「秀ー、湊ー。シンと一緒にお外にいっちゃダメ?フェンと遊びたい!」
長月の間で朝食を取った後、神無月の間に戻ってすぐにノアはおねだりをした。秀は腕を組んで悩む。
「んー、今日は勉強も稽古もないからな。俺か湊のどっちかが同伴するならいいぞ」
「やった!シン、フェンと何して遊ぶか決めよう」
シンは首を小さくコクコクさせる。
「湊、今日の爺さんとの特訓は俺だから二人を頼んだ」
俺と秀は十歳になってからヴォルガによる特別な鍛錬を一日交代で受けている。これはいつもやっている爺さんとの手合わせとはまた別のものだ。
「ああ……。ノア、シン。フェンリルのとこに行くならあったかい服装に着替えてからだからな」
「わかってるって!」
フェンことフェンリルは根源界の北部に位置する雪山にいる。そもそも根源界は中心に世界樹があり、その周りにはまるで別世界かのような景色が広がっている。
北部は凍てつく寒さの雪山で、その主は白狼の神獣フェンリル。
南部は日差しが強く猛烈に暑い砂漠地帯で、その主は灰色の毛並みと八本の足をもつ馬のような神獣で、名はスレイプニル。
東部は崖や谷が多く、峡谷の先にはここの主である茶色っぽい鱗をもつドラゴンの神獣ファフニールがいる。
西部は湖や川があり木々が生い茂る、他よりも比較的生きやすい環境が広がっている。ここの主は黒っぽい鱗と翼を持つドラゴンの神獣ニーズヘッグである。
ちなみに 世界樹にはヨルムンガンドという白い鱗を持った巨大な蛇のような神獣が巻き付いているが、普段は自身の肌を茶色にすることで同化しているかのように見える。そのためパッと見だだけでは、妙に幹が太い木にしか見えないだろう。
それと烏のような見た目の神獣であるムニンとフギンもいる。この二体はヴォルガの自室である葉月の間で羽休めをしていたり、ヴァルハラ中を飛び回っていたりと自由気ままに生きているらしい。
「やはり寒いな、ここは」
卯月の間のゲートで下におりてから、歩きで北部の雪山に向かいかれこれ一時間。俺とノア、シンはようやく目的地に到着した。
雪の積もった木々が一面に広がり、足元も真っ白に覆われている。先ほどまでの緑色で包まれた世界とは違い、ここはまるで銀世界である。
「フェーン、あそぼーー」
ノアは大声でここの主の名前を呼ぶ。すると木々の奥から獣の影が見えてくる。姿を見せたのは美しい白い毛並みをもった狼であった。
「よく来たな、ノア。それにシンとミナトも」
普通の狼の大きさの数倍はあるフェンリルはノアたちに歓迎の意を述べる。
「フェン!」
ノアはフェンリルの方に走り出し抱きついた。
「あのね、今日もフェンの背中に乗って走りたいんだ。……いい?」
ノアは首をコテンと傾けフェンリルにお願いする。
「っぐ……(かわいい!)。んんっ。本来ならワレが姿を現すことでさえ稀なことではあるが……特別にワレの背中に乗せてやろう」
フェンリルは毎回自分に会えるだけですごいことだと言ってはいるが、ノアたちに初めて会って以来、一度もノアたちの前に姿を現さないというとこはなかった。
また、フェンリルはノアの頼みを断ったこともない。要するに溺愛しているのだ。そしてそれはフェンリル以外の神獣も同様だ。
「やった!今日はどこ走りたい?シン」
ノアの手を握り静かに隣に立っていたシンへノアは嬉々として問いかける。その間にフェンリルは自身の大きすぎる体をノアやシンに合わせたサイズに変える。
「……ニーグのところがいい」
ニーグとは西部に住むニーズヘッグのことである。
「うん!じゃあ今日はニーグのとこにしよ!」
はしゃいでいる双子たちを優しげな目で見ていた俺は二人に近づく。
「俺は鍛錬も兼ねてフェンリルの後ろを走っていくが、くれぐれも危ないことはするなよ」
俺はノアとシンの心配をする。シンは割と大人しいため問題ないのだが、ノアは好奇心旺盛なヤンチャな子のため安心できないのだ。
初めてフェンリルに乗ったとき、掴んでいたフェンリルの毛を離して両手を高々と上げて落ちたことがあり、俺が間一髪で受け止めることができたからよかったものの、危うく重傷を負うところだったのだ。
それ以来、俺と秀は双子たち(言うまでもなくノア)に毎度毎度注意を促している。
「わかってるって!」
フェンリルの背に乗り北部の雪山から西部の森へと移動する一行は、憂慮していたノアの危険な行動を見ることなく、無事に目的地に到着した。
「フェンリルからのテレパスで連絡は受けてたけどさ、なーんでいつも唐突にやってくるんだー?」
ノアたちが大きな湖の前で待っていると、上空からニーズヘッグが大きな翼を広げて降り立った。
「別に構わないだろう。文句を言う割に嬉しそうではないか」
「いやね、そりゃノアとシンが遊びに来てくれるのは嬉しいけどさー。ボクはノアたちをもてなす準備とかしたいんだよー。かわいいあの子たちのためにさー」
「ふむ。それは分からないでもないな」
「だろー?だからさ、せめて一日前には連絡欲しいんだよー」
フェンリルとニーズヘッグが双子たちの話で盛り上がる中、ノアとシンはフェンリルの背から降りニーズヘッグの所へトコトコと走る。
「ニーグ!久しぶり。会いたかった!」
ニーズヘッグに嬉しそうに抱きつくノア。先ほどフェンリルにしたとき同様の行動を取る。シンも兄を見習ってか、同じことをする。
「ああ、ボクも会いたかったよ。いつ見てもノアもシンもかわいいなー」
「おい。ワレはシンに抱きついてもらってないぞ」
「あれー、フェンリルはもしかしてボクに嫉妬してるのかなー?」
「なっ。そ、そんなわけがないだろう。高貴なワレがそのような感情を抱くはずがないではないか」
「へぇー……。シンシン、もうあの白狼に抱きつかなくてもいいからねー」
シンへ明るく言うニーズヘッグ。対してフェンリルは慌てた様子をみせる。
「ななっ。そ、それはダメだ。絶対にダメだぞ!」
「どうしたどうしたー?そんなに慌ててさー。高貴な存在なんじゃなかったっけー?」
「ぐぬぬっ……うるさい、黙っていろ!この、あほ蛇めが!」
「カッチーン。……今ボクを蛇って言ったな?あほなことは認めるけど、ボクを蛇呼ばわりするのだけは絶対に許さないぞ!」
「はっ。ならば、ワレの喉を食いちぎってみればどうだ?ああいや、すまぬ。酷なことを言ったな。蛇風情にワレを傷つけることなどできるはずもないか」
「……さっきから黙って聞いてればふざけたことぬかしやがって……殺すぞ……」
無味乾燥な喧嘩がヒートアップしていく。
ふとノアとシンを見ると悲しそうな顔をしていた。……正確に言うとノアだけは。
…………。
「いい加減にしろ!」
俺の張り上げられた声が一帯に広がっていった。
これに驚いたのか、頭に血が上っていた神獣たちは目を丸くしてこちらに振り向いていた。
「フェン殿にニーグ殿。今日はノアとシンの、一日中遊べる貴重な日だ。時間を無駄にしないでいただきたい。それから……神獣といえどもノアたちを悲しませることは、俺が許さない」
それまで傍観していた俺は、怒気を含んだ言葉で神獣たちに警告を促した。
一般的に神獣は伝説上の生物として知られており雲の上の存在かのように敬われるものらしいが、俺にはその常識とやらは通用しない。
「「……す、すみませんでした」」
西部の森を駆け巡り堪能した二人は、疲れてしまったのか目をこすりうとうとし始めた。いつのまにか空はオレンジ色に染まっている。
「ノア、シン。眠いならもう帰るか?」
「うーん、まだ……遊び……たい……」
俺の問いかけにノアは途切れ途切れに答える。そしてとうとう眠ってしまう。
「フェン殿。申し訳ないがノアとシンを世界樹まで頼む。その方が俺が抱えるより安らかに眠れる」
「承知した」
「では、ニーグ殿。俺たちはここで失礼するが、またノアたちの相手をしてくれると助かる」
「もちろん。ボクはいつでも大歓迎だよー」
俺は二体の神獣との時間を十分に過ごしたノアとシンを連れて、あの巨大な木に建てられた家へと帰宅した。
「おっ。お帰り……って我らが主は寝ちまってるのか。相当楽しかったんだろうな」
気持ちよさそうに眠る二人をしっかりと抱えた俺の姿を、神無月の間で休んでいた秀は微笑ましく見上げる。
「秀、悪いが……」
「わかってるって」
秀はそう言って立ち上がると押し入れにしまわれていた布団を取り出し、丁寧に敷いていく。俺は用意された布団に大切な主を起こさないように慎重に置き、双子たちの首元あたりまで掛け布団をのせる。
「そういえば、クロードさんが飯できたから長月の間に来て欲しいって言ってたな」
二人の愛らしい寝顔を眺めていた秀と俺だが、それまでの静寂を破る秀の言葉にその時間は終わりを迎えた。
「……そうか。その前に俺は風呂に入る」
「そういや、帰ってきたばかりだもんな。なら、俺はたっぷり癒しをもらってから向かうとするかなぁ」
秀は優しげな眼差しを、すやすやと気持ちよさそうに眠る二人に向けていた。
風呂上がりの俺が長月の間に合流し、秀、爺さん、クロードさんの計四人がいつものように夕飯を食べていた。が、爺さんは唐突に話題を変えた。
「主らに言わねばならぬ大事なことがあるのじゃが、よいかのう?」
「なんだよ爺さん。突然そんな真剣な顔して。らしくねぇぞ」
秀の返しに爺さんは顔を顰めた。
「らしくないとはなんじゃ。わしはいつでもダンディでかっこいい、大人の中の大人であろうが」
当然この爺さんの言葉に全員賛同するわけがなく、皆の反応を見た爺さんは軽くショックを受けた。
「ぬぅ。秀と湊はともかくとして、なぜクロードは賛成しないんじゃ」
「それは……まあ……」
「目を逸らすでないわ!クロード」
「それで、爺さんは何の話があるんだ」
会話に一度も参加していなかった俺はさっさと食事を済ませ爺さんへと問う。目を逸らしていたクロードさんも視線を俺たちの方へと戻した。
「そうじゃったそうじゃった。話というのはだな、ノアとシンのことじゃ」
「おい、爺さん。……まさかあの封印が解けたとかじゃねぇだろうな」
爺さんの言葉に秀はすぐさま反応する。大事な主の身に何かあったのではないかと危惧してのことだ。普段は感情をあまり表に出さない俺も、秀と同様の表情をした。
「いや、そのことではない。あの封印はわしとクロードが施したもの。そうやすやすと解ける代物ではないわい」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「そろそろあの子らの眼が覚醒する頃であろう。じゃから、念のためお主らには話をしておこうと思うてな」
秀と俺は眼とはいったい何のことかと眉を顰めた。
「あの子らは神仙族の長の子。つまり初代の直系にあたる。直系の血筋にはごく稀に特殊な眼を開眼する場合があるのじゃ」
爺さんの説明に両者ともに言葉を挟むことなく真剣な面持ちで耳を傾ける。
「そしてその条件じゃが……。初代の父、つまりは万物の神アメギラスの力を強く受け継いでいるほどにその眼を持つ確率は高くなる……はずなんじゃが、初代以外の者にその眼を持つものは今までいなかったのじゃろうな。そのため眼についての情報が後世には無くなってしまったんじゃろう」
そんな重大事実を、当の神仙族である俺や秀が知らなかったとは……。確かに里長のカノン様や父からそのような話を聞いたことは一度たりともなかった。
「なら、ノアとシンは神アメギラスの力を色濃く受け継いでいるということか」
俺はヴォルガの説明を自分なりに解釈し結論を出す。
「そういうことじゃ。そしてあの子らは初代と同等、いや下手をすればそれ以上にアメギラスの力を受け継いでおるやもしれぬ……それにノアの方は……うむ……」
封印はまだ幼いノアとシンに宿っていた強大な力を抑えるためのものだ。
その力はオーガスト家の者に代々宿るものではあったが、それが原因で皆短命であった。ノアとシンの父であるカノン様も、おそらくはあの襲撃がなくとも寿命で遅かれ早かれお亡くなりになっていたはずだ。
それを防ぐための封印を、俺たちがここにきてすぐの時に目の前にいる二人が施してくれていた。
これについては感謝してもしきれないのだが、二人曰く、ノアに宿った力はより強大らしく、シンに施したものよりも複雑な封印術をかけたそうだ。
「……なるほどな。話は理解した。けどその特殊な眼ってのはなにかヤバいものなのか?例えばノアやシンの生命を脅かすような……」
秀の問いかけにこれまで話に参加していなかったクロードさんが答える。
「それは私からお話ししましょう。秀君の問いに答えるならば……確実に安心できるとはいえません。ですが、眼の力を制御する特訓を覚醒直後から始めていけば、危険度は著しく減少します」
「だからこの話を俺たちにしたってわけか」
「その通りです。秀君と湊君にはあの子たちを守護する者として知る権利がありますから」
神無月の間に戻った俺と秀は紫苑も交えて先ほどの話の整理と今後の方針を決めることにした。
「俺らの主様はやっぱとんでもねぇな。湊もそう思うだろう?」
「ああ。全く底が知れない」
「はは、違いねぇ」
俺たちはノアとシンを複雑な心境で見つめる。絶大な力を持っていることは嬉しいが、そのせいで危険が迫っているというのは許せないのである。そのため矛盾を生むこの気持ちに葛藤せざるを得ない。
「して、お前たちはどうするのだ」
紫苑の言葉に俺と秀は我に帰った。
「そうだなぁ。んー、眼とやらが開眼しない限りは対処のしようがないからな。今まで通り様子を見守るしかないよなぁ」
「いざというときすぐ助けられるよう、今まで通りどちらかが側についているべきだろう」
「まあそうだよな。さらに保険をかけるなら俺と湊がつきっきりで見守るか、式神を一体置いて常時二人体制にするってのもありじゃねぇか?」
秀の提案に俺は頷いた。
「そうだな。その方が盤石な状態といえる」
「だがそれではシュウの負担が大きいが」
紫苑は最もな疑問を投げかけた。
「それなら問題ねぇよ。常時二体召喚したとしても余裕だからな」
「そうか。であるならば問題はあるまい」
「秀。寝ている時も式神を出しておけ。俺たちが二人の異変に気づかないはずはないが、念の為だ」
「おう。任せとけ」
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手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
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私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
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魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
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私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
なぜ、私に関係あるのかしら?
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非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
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※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
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平凡な村人だと思われていた俺、実は神々が恐れる最強存在でした〜追放されたけど、無自覚チートで気づけば世界の頂点〜
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