聖母のように笑う

結崎悠菜@w@

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母ではないが

十五年の成果

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 十五年前、私たちの家庭から母親が消えた。
誰も悪くない。仕方の無い、病気だった。
しかし、父は己のせいだと嘆いた。
母は無口な人で、自分が我慢すればなんでも解決すると思い込んでいる節があった。
それを知っていたのに、気にかけていたつもりだったのに、と父は自身を非難した。

 気に病んだ父は仕事に打ち込むと同時に、私達兄弟に対してとても過保護になった。
家にいる短い時間で家事までやると言い出したが、父まで失ってしまっては堪らないと、私が名乗りを上げた。
「長女だから」「女だから」という責任がなかったとは言わないが、それよりも、早く家族を元の形に戻したかった。
 母がいなくなってから母の代わりにと言わんばかりに無理をするようになった父。理解はできても納得が出きず、なにかにつけて文句をいうようになった五歳下の弟。理解も出来ずにただ悲しさだけを感じ、よく泣くようになった十歳下の弟。
家族なのに、一つのものだったのに、バラバラになってしまったように感じていた。

 家事をするのは考えていた以上に大変だった。
学校に通いながらだから、というのは主な理由ではない。
私が今まで家事をしてこなかったから、というのが正しい。
なんでも卒無くこなす母に、すべてを任せていた。
家事をすると言った日、洗濯機の使い方も洗剤の買い置きの場所も何もかもが分からないと気づいて母の姿を探してしまった。
母はもういない。
がむしゃらに一ヶ月を乗り切ったが、私の心はすり減っていた。
ふと、存在を思い出した家計簿を開くと、とても丁寧に細かく書き込まれていた。
母の大きさを感じた。
私は母のようには出来ない。悔しさなどなく、当然だった。
ただ虚しさがあったが、母にならなくてもいい、と自分に唱え続けた。
そして、一人で家事をすることを諦めた。
弟たちに手伝わせるようにし、何かあれば近所の人に頭を下げ協力をあおぎ、わからない事があれば仕事中であろうと父に連絡して聞いた。

 私は母とは違い、自分だけで物事をこなせる人間ではなかったのだ。
今思うと、それで良かったのかもしれない。
母がいなくなって一年で、私達家族はまとまりを見せた。
父は無理をしなくなり、弟たちの心は次第に凪いでいった。
母を忘れたわけではない。
この家族にとって、母は一人でしかない。
もう会えない母は、家族の中に居続けた。

 時々、悲しくなった。
自分の立場が、役割が、存在が、曖昧に感じてしまって。
しかし、そういう時に限って弟達が言うのだ。
「姉ちゃんの作るご飯うまくなったな」
「姉ちゃんは自慢のお姉ちゃんだよ」 
と、気づいたかのように言うのだ。
それに救われ、人に頼りながら、不器用にこなしながら生きてきた。


 今日、下の弟が成人式を迎えた。
自分が育てた、なんて言うつもりはない。
ただ一緒に生きてきた。
それだけでとても嬉しくて、大きくなった弟に涙した。
式を見届けてから、ゆっくりと遠回りをしながら家に帰る。
また、涙が溢れた。
ここまで、ここまで生きてこられた。
大したことなかったようにも感じるし、とても苦労したようにも感じる。
この家族でよかった。
母は遠くへ行ってしまったが、母がいたから、母が母らしい家計簿をつけていたから、私は母の代わりでなく私として生きられた。
母にならなきゃと思わずに生きてこられた。
この家族だから、私は生きてこられた。

 家につくと、玄関に大の男が三人正座していた。
なぜ、まだ会場で級友と話しているはずの弟までいるのか。
それを問う前に、三人は頭を下げた。
 「今日まで頑張ってくれてありがとう」
はじめは父だった。
下の子を無事に成人させてくれてありがとう、仰々しく続けた。
そんな大それたことはできていないと否定する前に、上の弟が声を出した。
 「姉ちゃんが姉ちゃんで本当に良かった、ありがとう」
いつからそんな泣かせる言葉をいうようになったのか。嬉しいが早く彼女を作って私を安心させてくれ、その言葉を涙とともに飲み込んだら、下の弟の番が来た。
 「姉ちゃんは俺にとって第二の母ちゃんだよ」
続きの言葉が聞こえないぐらい、その言葉は私を震わせた。
飲み込んだはずの涙が、溢れる前に落ちていく。
私は、私はお母さんじゃない。
しかし、どこかで望んでいたのだろう。
その言葉で労われることを、欲していたんだろう。
そう気づいてしまうと、余計に涙は止まらなくなった。
 「みんな、大好きだよ」
そう嗚咽混じりに声を出すと、三人に抱きしめられた。
苦しいが、悪い気はしなかった。
 「今年から母の日はお前の日だぞ」
と父に言われ、そこまでしなくとも、と少し笑って答えた。

 私はとても幸せで、この瞬間、私は家族を愛する母だった。
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