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母ではないが
第二の母
しおりを挟む茶子が死んだ。
長生きした方だ、寿命だったんだ、仕方が無いんだ。
わかってる。わかっても、涙は止まらなかった。
私が八歳の時、寒い冬の日だった。
「茶子よ、新しい家族だからよろしくね」
母が連れてきたのはメスのゴールデンレトリバーだった。
大型犬を間近で見るのは初めてだったが、恐怖はなかった。
毛は艶やかなクリーム色をしていて、時節オレンジに輝いているように見えた。
しきりに出口をみる彼女の前にしゃがむと、顔をこちらに向けてくれた。
目線を合わせやすい位置を探して膝立ちになると、目ががっちりとあった。
小さな黒い瞳は優しそうに濡れていた。
「茶子、これからよろしくね」
挨拶をすると小さくワンと吠え、首を少し傾けた。
私にはそれが笑ったように見えた。
茶子は叔母に飼われていたが、今度から一緒に暮らす義母が犬アレルギーであることから私の家に引き取られてやってきた。
叔母の家にはもうすぐ二歳になる双子の姉妹がいて、茶子は子どもになれているらしかった。
生まれて三年だというのにしっかりしている茶子に驚いたが、人間に例えると二十六歳ぐらいだと知ってから茶子に甘えるようになった。
両親は医者で、家にいれる時間が少ない。
母は私が小学校に入るまでは専業主婦(私がいない時間には働いていたらしいけれど)をしてくれたが、入学を期に仕事に戻っていった。
一人ぼっちになって一年。まだ、家に帰っても誰もいないという環境に慣れてはいなかった。
その時にはもう母や父を誇らしく思っていたし、わがままはいうものかと思っていたから、必死に笑顔で隠していたのを覚えている。
そんな時に、茶子が来てくれたのだ。
茶子はいつもそばにいてくれた。
一人でいるには広すぎる家を、二人で駆け回った。
暗くなるまでには帰ることとGPS付きの防犯ブザーを持つことを約束して、毎日散歩にもいった。
散歩に行く時は茶子の方からねだるが、それ以外は私が茶子に遊んでもらっているといった感じだった。
他にも茶子には面倒をみてもらった。
私は熱中したら他のものが見えなくなる性格で、一人でいる時はよくご飯を食べ忘れたり、温めたものを電子レンジから取り忘れたり、色々なうっかりがあった。
茶子が来てからは軽く吠えたりつついたりして知らせてくれるため、健康的になった。
夜は同じ布団で寝てくれた。
とても、あたたかかった。
茶子は二人目の、お母さんのようだった。
瞳を見つめる時、体をよせる時や顔を舐める時、茶子は私をわが子のように愛してくれているのだと感じた。
私が大きくなり、茶子がおばあちゃんになってもその関係は変わらなかった。
いつまでも、茶子は私にとってお母さんのような存在だった。
「茶子...」
茶子は死んでしまった。
私が二十歳になったのを見送るように、誕生日の二日後に死んでしまった。
十五歳だった。
平均寿命が十歳から十二歳と考えると、長生きした方だろう。
人間に換算したら百歳らへんだ。大往生だ。
それでも、もっと傍にいて欲しかった。
傍で私が夢を叶える姿を見ていて欲しかった。
私は今、獣医学部に通っている。
第二の母から受けた愛を、その仲間達に返すために。
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