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第弍章
三、癒しの人びと
しおりを挟む母、綾乃はとてもおっとりとした人だ。
そんな性格だから恭仁京の周りを固めている曲者揃いの大老會ともいさかいも無く上手くいっているのだろう、と自分の母親ながら上総は肝心している。
普通なら會長の美舟や息子の監視擬きをする美嘉に少なからず不快感を覚え、女性ならではの愚痴を溢すだろうがそんな姿を上総は一度も見たことがない。
母も人だ、何も思わない筈はないのだが。
そんな素振りを息子に見せないだけで、仲の良い右京や一般のお手伝いさんに話しているのかもしれない。
鼻歌混じりで得意の和菓子を作っている母の後ろ姿を見詰めながら、上総はぼんやりと思った。
白百合色の生地に夏の植物、菖蒲柄の鮮やかな紫色の映える着物を着ている。白百合色も真っ白ではなく僅かにクリーム色だから見た目も柔かな印象を与え、綾乃の純粋で誠実な性格をよく現していた。
『上総がお知り合いのご自宅にお邪魔するなんて初めてよね!』
この日壮介の家に行くことを綾乃に話したら物凄く喜び、手土産を作ってくれている。
綾乃は得意の料理を生かして自宅で料理教室を開いていた。
そもそも和食料理全般が得意で食べるのも好きだから、それが高じて料理教室を開いたと云ってもいい。
教室は週二回だが近所のご婦人方に大盛況で、自分達で作った料理を食べながらのお喋りを楽しみにしている人が殆どらしい。
『色が鮮やかな紫陽花と天の川の和菓子を作るわね』
『僕紫陽花大好きなんだ。色がカラフルで可愛いよね』
『じゃ、紫陽花は少し多めに作ろうかしら』
季節に合わせた和菓子をよく作ってくれる。
夏は紫陽花や向日葵、金魚なんて名前の和菓子もあって見た目も夏に相応しい清涼感がある。
ほぼ毎日、綾乃は三時のおやつに手作りスイーツを上総に出す。仕事や修行に忙殺された息子に少しでも息抜きをしてもらおうという、母が出来る精一杯の気持ちだ。
そのせいもあってか、上総は甘いものが大好物である。
一般の家庭から嫁いだ綾乃は霊感もそれに付随するような力も持っていないから、上総の苦悩を全部分かってあげることは出来ない。
出来る事と云えば、気持ちが安らげるように楽しいおやつを作ってあげる事と黙って耳を傾けてあげること。
決して自分から姑や大老會の話をしないように注意している。
それは恭仁京家に嫁いだその日から綾乃自信が内に決めたことであって夫の甲斐にも息子の上総にも話してはいないが、薄々と勘づいているのもしれない。
ここまでなんとかやって来れたのは、人間達よりも長く恭仁京家を見守って来た心優しい妖怪達のおかげであり、大老會ではない。何かにつけて『妖のくせに』と云う頭の堅い大老會よりも、断然共に家を守ってくれる妖達の方が親しめた。
『右京ちゃんも立花さんのお家に行くのよね?』
少しばかり寂しそうに云う綾乃に、申し訳なさそうに上総は頷いた。
『例の件があるからね。立花さん迎えに来るって云ってくれたんだけど、流石に無関係なのにそこまでしてもらうのはって断ったよ』
『あら残念。右京ちゃんがイケメンだって云ってたからお会いしたかったわ』
冗談めかして云う綾乃と笑いながら、上総も和菓子を作る手伝いをした。
『上総君、いらっしゃい』
約束の時間ぴったりに玄関のチャイムを鳴らすと直ぐに壮介が出てきて、満面の笑顔で出迎えてくれた。壮介は、家でも着流しらしい。
マンションの五階の一室。
ファミリー層向けのマンションは元々壮介の両親が定年後にと買ったものだったが、やはり日本家屋に住みたいからと壮介に譲ったらしい。そこに幼馴染みの健司が転がり込んで同居している。
早速広いリビングに通されると、知った姿があった。
『先生!?』
『恭仁京、久し振り』
壮介のきっちりと着物を着こなしているのとは正反対に、健司は少し大きめのティーシャツにジーンズとラフな格好だ。スーツ姿しか見たことがないから新鮮である。
『いつ退院したんですか!?』
『今日の朝だよ』
良かった、と口にする前に上総は泣き出してしまった。
『え? あ、恭仁京? なんで泣くの?』
オロオロする健司に上総は更に大粒の涙をポロポロと溢して号泣した。
『何泣かせてるんだ』
呆れた壮介は上総の頭をポンポンと軽く叩いてあやしている。
『俺のせいなのか? あ、いや、うん、ごめんな、恭仁京』
心配をしていることは知っていたから無事を確認して気が緩んだのだろうと推測して、健司は笑みを作って謝った。
『泣き虫さんだなぁ』
小さい子供をあやすかのように、健司は上総の背中を叩く。
『子供扱いしないでください!』
『まだ子供だろが』
間髪入れず壮介が云う。
壮介と健司、二人揃うと最強の癒しコンビになると判明した。
姿を消して護衛をしている右京の気配が、何かにつけて身悶えているのが分かる。
壮介は気配が感じるのか時折右京のいる方へ視線を投げるが、健司は全く気付かず全力で上総をいじって来た。
どちらが子供だ、と云いたいくらい。
今年の春までは大学生だった健司はまだ学生気分が抜けていないのだろう、やたらとスキンシップをして、壮介は落ち着いた声のトーンで話をしてくれる。
こんなに人と接する機会が無い上総は戸惑いながらも二人の優しさに触れ、緊張が次第に解れて頬が緩んできたのが分かった。
姿を隠した右京はそんな主の心情を悟り、少しずつ距離を離して行き日々の苦労を忘れさせてやろうとする。
大老會とばかり会っていた上総に誰もが、守られて良いんだ、我儘を云っても良いんだ、と教えた。それを子供が気付くかどうかと問えば気付かないであろうが、この時ばかりはめい一杯楽しんで欲しい。心から笑って欲しい。
上総はまだ十三歳なのだから。
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