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第弍章
七、陰陽師
しおりを挟むリビングのドアに右京が結界を張る。
すぐ側で健司が苦しそうにもがいているのを助けてやることが出来ず、壮介は舌打ちをした。
『ご、ごめんなさい……』
かの有名な陰陽師一族の当主が、半泣き状態で怯えながら壮介に謝った。
『君は……対人の術を覚えた方が良い……』
自分自身も冷静になれ、と壮介は深呼吸をした。
『それで、あれは何者だ? 随分と上総君にご執心なようだが』
経緯を説明すると、壮介は低く呻いて考えを口にした。
『依頼人の男はもうこの世にはいないんだろうな。多分、呪い殺されている。その男が今度は死んだ恨みを上総君にぶつけてきたのだろう』
よくある図だが――と呟き、はて、それでも違和感が拭えない。
そんな短時間で強力な悪霊にとって変われるのだろうか。
『……やはり気に入らないな』
壮介の中で恩情の余地は無い、と判断されたらしい。
『これが冬のイケメンの理由』
右京はボソリと上総に云ったが、意味は分からなかった。
『上総君、君は人の中に入ったモノを祓えるかい? 浄霊ではなくて除霊だ』
仕事で何度か祓ったことはあるが、それは対象者が大人しく座っていてくれたから成功したのであって、こんな状況ではやったことが無い。
『出来るなら良い。私と右京で動きを止めるから、上総君は祓ってくれ。何か必要な物は?』
『だ、大丈夫です』
『よし、ここでやる。邪魔な家具は隅に片付けよう』
云うや否や右京と共に壮介はてきぱきと部屋を片付けて、中央に上総を立たせた。
『いいかい、健の振りをして甘言を云ってくるが絶対惑わされないように。少しでも隙を見せれば健も上総君も命の保証は無いよ』
脅しとも取れる発言だが、それは修行中何度も聞かされた言葉だ。
相手は恨みだけで動いて、どんな手を使ってでも恨みを晴らそうとしてくるのだ。
上総は頷き、目を瞑るとゆっくりと深く深呼吸を繰り返した。
地に足を着ける。
足の裏に地の力を感じる。
ジワジワと。
次に空気を感じる。
ひんやりとしているが、これは男が作り出した偽の空気。
瘴気がドアの隙間から漏れてくる。
そうではない、自然の空気を探ると暖かな気が上総の周りに集まって来てくれた。
『行くぞ』
壮介は期が熟したとばかりに声を張り上げ、結界を解く。
上総は目を開き、健司と対面した。
『恭仁京……』
優しい声。
柔らかな笑顔。
『恭仁京、助けて……』
だが……。
血にまみれていた。
取り憑いた男は、なかなか恨みを晴らせない怒りで健司をなぶったのだ。
『苦しい……苦しいんだ、恭仁京……』
手を延ばし上総に助けを求める。
『ごめんなさい、先生』
リビングに足を踏み込むと、ドアの左右に待ち構えていた壮介と右京によって身体に直接結界を張られる。
『ぐっ!? ああああっ!?』
キリキリと身体から軋む音が部屋に響く。
『何故っ! 恭仁京ぉぉ!!』
『上総! 早くっ!!』
『俺をぉぉ捨てるのかぁぁぁ!!』
術が解けるよりも早く、健司が駄目になってしまう。
『オン・アミタリ・テイゼイ・カラ・ウン』
一つ一つ丁寧に確認するように、一度二度と指先を器用に動かし法界定印を結んでいく。
右足を床を摩るように静かに前に出した。
『吾是天所使執持金刀、非凡常刀、是百錬之刀也、一下何鬼不走、何病不癒、千妖万邪皆悉済除、急急如律令』
唄うように陰陽道呪法を唱えた。
全身で自然の力を感じ、その力を借りて中の男に唄う。
『がぁぁぁぁっ! やめろやめろっ!!』
健司の身体は酷い痙攣を起こし、口から泡を吹いている。
『がっ……く……恭仁……京ぉぉぉ……!』
『まだだ、上総君!』
抗うように黒い風が健司の周りで渦巻き、壮介と右京を攻撃し始めた。
『許さんっ! 許さんぞぉぉ! 恭仁京ぉぉぉ!!』
『健司っ!』
健司に伸ばされた壮介と右京の腕が風で切り刻まれていく。
『天為我父、地為我母、在六合中南斗北斗三台玉女、左青龍右白虎前朱雀後玄武、前後扶翼……急急如律令!!』
天井を仰ぎ見た瞳は白眼を向き、声にならない悲鳴を上げ続けていた。
『――……!!』
自然の力は淡い光を放ち、健司を包み込む。
痙攣は徐々に小さくなり、強張った身体が一気に脱力して床に崩れた。
『健……!』
すかさず壮介は健司を抱き上げ、無事を確認した。
呼吸も正常だ。
壮介は上総に頷くと、少年も力が抜けて膝から床に落ちた。
『上ちゃん、頑張ったわね!』
右京が駆け寄り、抱き締めてくれる。
いつの間にか身体中から汗が吹き出ていた。
息もゼィゼィと肩で呼吸している。
『先生……』
『お疲れ、気配は無くなったな』
アレだけ黒かった恨みの気配は、微塵も消えてしまった。
『あ……はい……』
しかし、上総は腑に落ちなかった。
簡単過ぎるのだ。
幾つもの呪法は唱えたが、手応えは普段の仕事より無い。
相当強い怨念を上総にぶつけようとしていた霊が、こんなに容易く逝ってくれるとは思わない。思わないが、どこにも気配は無くなっていた。
自分の力は知っている。
正直、あの霊を一人で祓えるだけの力を自分が持っているとは考えられない。
誰かの力を借りなければ……。
壮介を見た。
幼馴染みの血を拭いている。
彼は力がある。
しかし祓っている最中に彼の力が上総を助けた感じはしなかったし、増幅している様子もなかった。
右京は……。
右京も壮介と同様だ。
力を出せば、分かる。
『……』
無事に成功した達成感よりも云い表せない気持ちの悪さが、上総を不安にさせた。
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