陰陽師・恭仁京上総の憂鬱

藤極京子

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第四章

 六、道世

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 『こら、道世みちよ
 瑞雪は腰に手をやり、動物に囲まれた人間の子供を呆れた目で見下ろした。
 猿、鳥、猫、牛、兎、猪、犬、蛇、馬、狐――ありとあらゆる動物に囲まれた少年はふと、声の聞こえる頭上を見上げる。
 子供は仔犬を抱き締めていた。
 『あのね瑞雪、この子、脚に怪我してるんだよ』
 そう云って、血の滲んだ前肢に自分の着物の端を裂いて巻いてやった。
 『痛かったな、もう大丈夫だぞ』
 白い猿が道世から仔犬を受け取ると患部に触れ調べている。
 『ふむ、骨は折れていないようだな。これなら明日にも元気に走れるぞ』
 『本当!? 暮雪が云うなら間違いないね! 良かったなぁ、お前! また一緒に遊べるな!』
 クゥンと哭く仔犬を目一杯撫でると、千切れんばかりに尻尾を振って道世の顔を舐め回した。
 『お腹空いてるのか? 茨木に頼めば美味しいの作ってくれるぞ!』
 『人間の飯を仔犬に喰わせるたぁ、随分な贅沢だよ』
 遠くで見ていた妖艶な女が苦笑している。
 額には細い角が二本、生えていた。
 『道世様は心配しすぎなのですわ。この程度の怪我、仔犬ならすぐに完治致しますのよ』
 白い兎が、地面にべたりと座る人間の子供の膝の上に、さも当然のように乗った。
 『ちょいと! どさくさに紛れて道世の膝の上に乗らないでくれない!!』
 尻尾を天に向けて白い兎に威嚇したのは、猫。
 真っ白な長毛が逆立っている。
 『また貴女ですの? 五月蝿くてよ』
 『小娘、道世に取り繕うったって、そうはいかないわよ!』
 『もう! 二人共喧嘩しない。白雪は右で深雪みゆきは左に乗れば良いだろ?』
 『『良くない!!』』
 主の提案であっても、譲れない。
 白雪と深雪は威嚇しあった。
 そんな二匹を笑いながら皆が見ている。
 平和な日常茶飯事の光景に、瑞雪は目を細めた。
 『もう良いだろ? 道世。お師が呼んでおるぞ』
 『本当!?』
 少年は花が咲いたように満面の笑顔を見せると白雪と深雪を無視して、丁度門扉を潜った人影に走っていく。
 『道世、元気にしていましたか?』
 『お師匠!』
 やって来た男に道世は嬉しさのあまり抱き着いた。
 『コラコラ、抱き着くのはやめなさいと云ったでしょう』
 やんわりと道世の細い腕を外した師匠が頭を撫でてやると、少年の背後にいた識神達に鋭い目を向けた。
 しかし、道世はそれに気付いていない。
 大好きな師匠。
 化け物と蔑まされてきた子供を救ってくれた。
 『……』
 純粋無垢な子供は気付かないだろう、人間の大人のどす黒い欲望には――。
 気付けるのは年長の瑞雪、ただ一人だった。
 『どうしたの、瑞雪? 怖い顔して』
 『いや、なんでもない』
 ふぅん、と不思議そうな顔をする子供に師匠は笑った。
 『道世、瑞雪は貴方と戯れる私に嫉妬しているのですよ。たまには私にするように彼にもしてあげなさい』
 はい、と元気に返事をすると瑞雪に抱き着いた。
 『瑞雪』
 『なんだ?』
 『あったかい?』
 『!!』
 見ていた暮雪は、へへっと笑った。
 『それで、道世。また十二神将と逢わせて欲しいのですが』
 『十二神将ですか? 良いですよ!』
 師匠が道世の識神である十二神将と逢いたがるのはままあることだった。だから道世は師匠の望むことをして、褒めて貰えることが何より嬉しい。
 逢って何をするでなく、師匠は一人ずつ十二神将を見ていく。
 そして道世を褒めるのだ。
 瑞雪が懸念していることでもあった。
 『左京、いるか?』
 庭先で主が十二神将を具現化している最中、瑞雪は最近識神になったばかりの烏天狗を呼び出した。
 『なんだ?』
 仏頂面の左京は、チラリと庭先を横目で窺うと舌打ちした。
 『あの男、また来ているのか。さっさと追い出せ』
 『左京、云うておろうが。主の師だ、無下にするわけにはいかん』
 『好かぬ』
 相手は陰陽師だ。
 折角安息の地を手に入れたというのに、そこに天敵が度々来るとは聞いていない、と左京は文句を云う。
 『一応道世に伝えておくが、期待はするなよ? それで頼み事があるのだが……聞いてくれるか?』
 瑞雪は道世達が見えない場所まで左京を引っ張ると、小声で喋った。
 『お主にしか頼めぬ。もし、もしもだ、吾等に動けるのはお主しかおらぬことを承知しておいてくれ』
 『……何を云っているのだ?』
 怪訝な顔を左京がしたのは云うまでもない。
 『近いうち道世の生命を脅かす何かが起きる。何かが分かれば、それに越したことは無いし、出来るなら吾も道世の側にいたいが……出来ぬやもしれぬのだ』
 瑞雪は道世の識神の中で一番の古株だ。
 物心を道世が付ける頃には、すでに隣にいた。
 何故瑞雪が隣にいるのか道世は知らないし、いることが当たり前過ぎて子供は疑問にも思っていない。瑞雪も瑞雪で、道世から云ってこない限り話すつもりもなかった。
 『道世は、あの男に褒めて貰えるのなら何でもするであろう。しきことでも手を染めかねん。十を越したのに善悪もつかぬのだ、あれは』
 『待て瑞雪、悪しき道に進もうとするなら吾等が主を止めてやれば済むことではないか。何をそんなに気に病んでおる?』
 瑞雪は口を閉じ首を横に動かした。
 『――兎に角。頼んだぞ、左京』
 何かの予感が瑞雪にはあったのであろうが、その正体を左京に知らせる前に忽然と瑞雪の姿は消えてしまった。
 あれだけ五月蝿かった兎と猫も。
 面倒見の良い猿まで、人間の子供の前から姿を消してしまったのだ。
 師である男は道世を何度も陰陽寮へ呼び出し、陰陽師の仕事をさせていた。まるで失踪した識神達を捜させないようにするために、昼夜問わず次々仕事を与えていく。
 『道世、大丈夫なのか? 顔色が悪いぞ。それに瑞雪達は一体どこに……』
 『みやこの時にへばってらんないよ。瑞雪達は何か理由があるんだろ? ああ見えてなんだから心配いらない。子供じゃないんだし、そのうち戻ってくる』
 気丈に振る舞ってはいるが、衰弱は目に見えて明らかな程だった。
 昨日まで元気だった子供が、目の下に大きな隈を作っている。
 突然のことに左京は焦った。
 焦り、道世の師の元へ駆け込むと、道世とは誰だ、と知らぬ存ぜぬを繰り返し、終いには左京を強制的に祓おうとする。
 『何故だ何故だ!』
 道世は京の為に、師の為に走り回っている。
 その道世を師は知らぬと突っぱねる。
 僅かに残った識神と左京だけでは成す術もなった。
 瑞雪から頼むと云われてから、僅か半月。
 『道世!!』
 全てが手遅れ。
 倒れた子供は軽かった。
 枝のように細くなった道世の手を握る。 
 あれだけ賑やかで暖かだった屋敷の空気は酷く冷たく、左京ですら身を震わす。
 ふと、気付くと左京の眼前が赤く染まっていた。
 『左京……』
 『これが……これが……我が主への仕打ちか……』
 人間に涙するとは考えてもみなかった。
 『左京……雪……』
 ――違う、これは違う。
 しかし、本当のことは云えない。
 こんなに嬉しそうにする主に云える訳がない。
 ――主よ……。

 『――ええ、美しい雪ですね……』
 
 
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