陰陽師・恭仁京上総の憂鬱

藤極京子

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第五章

 六、部屋

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 何かが欠落している。
 立花壮介は思った。
 自宅のマンション、玄関に立って。
 廊下の奥の真っ暗なリビング。
 『ただいま』
 無意識に発した言葉。
 何が欠けている。
 六徳会りっとくかいは国の介入で解体され、幹部は全て逮捕。罪状は威力業務妨害やら殺人罪やら拉致監禁やら、叩けば幾らでも出てくるであろう。
 父親はその筆頭であったから、二度と外の空気を吸うことは出来まい。
 大老會は壮介に対し、無罪を主張してくれた。
 六徳会に脅され、しまいには呪を憑けられ凶行に及んでしまったのだと。何故大老會が自分にそんな恩情を図ったのか知れないが、これで六徳会から離れられると考えれば大老會に感謝せねばならない。
 疲労した身体を暫く休めていれば世間の風当たりも落ち着くであろう。作家という職業柄、六徳会の元関係者という肩書きも悪くはない。
 自嘲気味に久方ぶりの家を見て回り、違和感は拭えぬどころか益々深くなるばかり。
 『……私一人、だったろうか?』
 部屋を一つ一つ開けていく。
 しかし。
 一室、どうした訳か開けられない部屋があった。
 『鍵、どうしただろう?』
 部屋の鍵を探すが見当たらない。
 自分の寝室はある。
 リビングもある。
 書斎もある。
 風呂も手洗いもある。
 独り暮らしで作家だったらそれで充分過ぎるマンション。
 鍵が掛かっていて開かない部屋の存在は壮介の心の奥に黒い蟠りを産むに等しい程の存在を与えた。
 『物置、か? いや、確か使っていたと思うが……しかし何に使っていたんだ?』
 キッチンに向かい食器棚を見る。
 もしかしたら、と。
 綺麗に並べられた食器類。
 これは自分が並べたものだ。
 記憶している。
 だが、それでもおかしい。
 『やはり、誰かと暮らしていた?』
 皿も箸も茶碗も二人分。
 女、ではなく。
 男物だ。
 鍋は確実に一人にしては大きい。
 『……何故覚えていないんだ?』
 ――誰だ?
 自分の使用している茶碗より、少し大きめの茶碗を手にする。
 じっくりと見ても、何も閃かない。
 顔も名前も出て来ない。
 壮介は意を決し倉庫から金槌を引っ張り出すと、開かずの部屋のドアを遠慮もなく破壊した。
 そうしなければならない気がしたのだ。
 普段の壮介なら絶対家を壊すなんて有り得ないであろう。
 だが、壊した。
 壊されたドアに手を入れて鍵を中から解錠すると、壮介は深呼吸をしてから中に入った。
 『……』
 壁際にベットと机。
 窓のカーテンは開いたままで、陽の光が部屋の中を照らしている。
 机の上には書物が無造作に置かれ、書きかけの書類。
 ベットは最近誰かが使用していたらしい痕跡があった。
 『……』
 壁には数着のスーツが掛けてある。
 懐かしい匂いがした。
 知っている匂いだ。
 ――知っている。
 だが、思い出せない。
 机の上の文字の列も、脱ぎ捨てられた服。
 確実に自分は知っている筈なのだ。
 『……知っている、知っているのに……』
 光が差す明るい部屋は壮介を拒むこともせず寧ろ受け入れてくれているのに、壮介は広げられた優しい空間に飛び込むことができない。
 申し訳なくて。
 左に視線をやると本棚があった。
 『……』
 沢山の書籍は読み込まれ、ボロボロになっている物もある。
 附箋や書き込みもある。
 『教員、なのか?』
 持ち主の職業はすぐに知れた。
 科学雑誌もバックナンバー順に並べられ、小難しい洋書も並んでいる。
 それでも。
 『お前は……誰なんだ?』
 自分の家に知らない人間の持ち物。
 不思議と気持ち悪い感情は起きなかった。
 それよりも、悲しい。
 不在が辛い。
 本を一冊手にして、持ち主の温もりを探す。
 表紙に手を置き、撫でる。
 紙の感触だけだ。
 柔らかい空気が流れ、壮介を抱き締めた。
 部屋を仰ぎ見ると自然と涙が溢れ落ち、優しい柔らかい空気がそんな壮介に苦笑しているように思えた。
 『なんで思い出せないんだ?』
 壁に掛けられたスーツは細身で壮介には着れない。
 自分のより大きめの茶碗。
 『なんで……』
 つい最近までここに存在していた筈だ。
 これだけ物が残っているのに、何一つ思い出せない自分が腹立たしい。
 『すまん……すまない……』
 ――思い出せなくて……。
 空間はこんなに穏やかに流れているのに。
 きっと、自分にとっても大切な存在なのだろうに。
 ――思い出さなければ。
 今すぐにでも行動しなければ、絶対に後悔しか残らない。
 部屋の中を幾ら漁っても、持ち主の名前すら見付けることが出来なかった。
 『すぐに思い出すから、暫く待っていてくれ』
 スーツを一撫でして、部屋を出た。
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