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 第15話

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 健司に電話しても繋がらない。だったら同居人の壮介に電話をすれば良い。
 マンションへ向かう途中、ふと思い立った。 
 ――なんで忘れていたのだろう。自分に呆れる。
 首を傾げながら壮介に電話をすると、三コール目で壮介の掠れた声が聞こえた。
 『あれ、壮介さん風邪ですか?』
 第一声が図らずもそんな言葉を出してしまったが、あの壮介が風邪だなんて、本当に珍しい。
 何となく神経質そうで、必ず手洗いうがいをしていそうだが。
 《ああ、上総君、こんにちは》
 途切れ途切れの声は何となく辛そうだ。
 《ご明察通り、残念ながら風邪を引いてしまってね。それより、どうしたんだい?》
 ゴホゴホ、と聞こえてくる。 
 『お辛いのに済みません。先生っていますか?』
 これは早々に電話を切り上げた方が良さそうだ。
 《健かい? 仕事に行ってるよ》
 今日は土曜日。
 時刻は四時を回った所だ。
 相も変わらず仕事に追われているのだろう。
 『無事なんですね、良かった。電話しても全然繋がらなくて心配だったんです。なんともないなら良かったです』
 壮介は電話の向こうで低く唸っている。
 『どうしました?』
 《いやね、無事は無事なんだが、様子が少しね》
 矢張か、上総の気のせいではなかったようだ。
 《連日の雨で健も体調崩していてね、私は移されたようなものなんだ》
 『そうだったんですか』
 壮介は様子が変だ、と云っている。体調が優れないだけではないだろう。
 恭仁京の跡継ぎ問題も健司を悩ませているに違いない。
 以前上総が話した通り、上総がこのまま跡を継ぐ決意を見せたのだが事がすんなりと運ぶ筈もなく、連日大老會の幹部クラスが様子を見に来ては上総の粗探しをしている。
 幹部連中の威圧感が半端無く、息が詰まる。
 だから気晴らしに、と健司に連絡をとってみても繋がらない。
 心配だけが募っていた。
 『後で伺っても良いですか?』
 《構わないよ》
 お大事に、と一旦電話を切り横で聞いていた友菜を見る。
 『如月先生、学校か。上総君、学校行く?』
 『え?』
 『久し振りに行こうよ』
 制服でないが、大丈夫なのだろうか。
 どの道学校に行って確認しなければならないことがあるから願ってもないが、学校側に許可を貰ってからの方が都合が良い。
 『大丈夫大丈夫! 見付からなければ良いんだから!』
 『は?』
 上総の腕を引っ張り、友菜は足取り軽く学校に向かった。
 『見付からなければって、無理だから。絶対見付かるよ!』
 『大丈夫だって! 土曜で夕方なんて、先生あんま残ってないもん。職員室に近付かなければ問題ない!』
 何が問題ない、だか分からない。
 強引に引っ張る友菜に気圧されて、上総は半泣き状態で学校に到着してしまった。
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