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アリシアという町2
しおりを挟む相変わらず染み一つない洗練された服装に、整った顔立ち、そして金色の髪を揺らして翡翠の瞳で伺ってくる。
「今いいかい?」
「ちょっと忙しいです」
でもすぐさまお断りする。何が悲しくて魔王と二人きりになるのか。そんな危険なこと出来るわけがない。「お引き取りくださいね」と閉めようとしたけど、ガッと扉を押さえられて「失礼するよ」とにこやかに部屋に入ってきた。
バルさんは勝手にベッドへ腰かけると、自身の隣をポンポンと叩く。
「おいで」
「遠慮します」
「そう警戒しなくても取って食うつもりはないよ」
「いいえ」
バルさんの言葉に首を振り、拒否する。そのついでに、ふと思い出したことを伝えた。
「食虫植物のウサギゴケは可愛らしい見た目をしてるんですよ」
「ん?」
「可愛らしい見た目でいながら、虫を捕まえて溶かす食虫植物ですよ。ウサギゴケ、知りませんか? 食虫植物」
「食虫、植物……?」
ポカンとした彼に、止めとばかりに告げる。
「ええ、食虫植物。今のあなたのようですよ」
「食虫植物……取って食うとは使ったけど……よりにもよって食虫植物」
ジトっと見ていたら、目を瞬いて同じ言葉を繰り返すバルさんが急にブッと吹き出す。くくくっと笑い始めた。
「私が……食虫植物? たしかに容姿の美しさは認めるが、食虫植物! はははっ、そんなこと初めて言われたよ」
「同じくらい危険ってことです!」
笑われて、なんとなく悔しくて更に言う。けど何故か向こうも笑いが止まらなくなっていた。お腹を抱えて苦しそうに言う。
「同じくらい! 食虫植物と同じ!! ふっ、くく……ま、待ってくれ……君は私が魔王だと」
「もちろん知ってますけど」
「その上で食虫植物! んんん゛!! リ、リアナは面白いね!」
プクッと頬を膨らませて不満だと見せつける。しばらく笑い続けていたバルさんも、ようやく気付いて息を整え始める。しばらくして、涙を拭きながら続けた。
「とにかく……今はそう警戒しなくていいよ。これを渡しに来ただけだから」
そう言って、ポンッと小瓶を宙に出して、落ちてきたそれを片手で受け止める。よく見ると小瓶の中には、色とりどりの大小様々な大きさの丸いものがたくさん入っていた。
まるで宝石のようなその一つを取り出して、バルさんがまた「おいで」と言う。警戒しつつ近づくと手を引かれて、バランスを崩して隣に座ってしまう。すると彼はその一つを私の口元に持ってきた。
つい反射的に口を開けたら、コロンと入ってくる。毒だったらどうするんだ、と思いながら舌で転がしたら優しい甘味が口に広がった。
「飴?」
「あげるよ。下で売ってたんだ」
「何か企んでます?」
聞くと尚もくくっと笑う。
「君こそウサギのようだ。でも安心しなさい。今夜は満月だから買ってきただけだよ。この瓶は窓際に置いておいたらいい」
「魔王様も妖精を信じてるんですね」
「信じるも何も、彼らは思うままに振る舞う生き物だから。ただ、それだけだよ」
「でも、これを窓際に置いておいたらいいんですよね?」
「ああ。それが満月の時におこなう君たちの催しなんだろう?」
「催し……なるほど」
つまり、妖精が来るかどうかは分からないけど、町の催しには参加したらいいと勧めてくれたようだ。それも飴まで買ってきて。
受け取った小瓶の飴は美味しかったから、返します、とは言えなくて、ありがたく頂戴することにした。「ありがとうございます」と伝えて、いそいそとローブのポケットに仕舞う。
一拍置いてバルさんが口を開いた。
「そういえば、リアナの使っている紋章は誰のなんだい?」
「え?」
見せたのは一回で、それもじっくり見せたわけじゃない。私の疑問に気づいたのか、彼は「古代文字」と言った。
「プラリネの民って入ってたけど、リアナは違うだろう?」
「違うんですか……?」
「ん? もしかして気付いてなかったのかい?」
聞き返されて頷く。そして「何故かな?」と問われて困った私は、初めて自分の生い立ちを話した。
生まれてから間もなく、オババの家の前に置いていかれたこと。それからずっとオババと暮らしていて、魔導についてはそこで教わったこと。
だから、魂の記録である霊憶は分からないけど、使えているからそれで生活してると言った。
バルさんは話を聞き終えて「なるほど」と呟く。
「不便がないのならいいけど。いつか、本当の紋章を得ることが出来るといいね」
いつの間にか話を聞いてもらって、弱気になっていたみたい。その言葉につい視線を落とした。
「本当の紋章を……私に出来るでしょうか」
自分の血筋すら知らない。それどころか親の顔も見たことがないのに、出来るのだろうか、と何度も考えたことがまた浮かぶ。
バルさんは間を置いて、口を開いた。
「魔導師は魂の記憶があれば、力を使えるのだろう? ならそこから辿れるものはあるさ。望めば叶う、信じなさい」
「バルさん……」
視線を上げたら目が合う。彼は翡翠色の目を柔らかく細めた。
「私はまだまだ人の世界に疎いところがあるが、こんな君が精一杯生きていると思うと何か感じるものがあるよ」
そう言って手を伸ばしてきた。いきなり、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、慌ててその手を払う。
「やめてくださいっ! まだ信頼関係とか何もないんですから勝手に触っちゃいけません」
「そうなのかい? また一つ学んだよ」
「そういう時は謝るんですよ」
「残念だけど、むやみやたらに謝るなと聞いたものでね」
「誰がそんなことを……」
唖然としていたら、また扉が叩かれる。返事をしたらルナさんが入ってきた。
「リアナ、話があるんだが……ああ、バルもここにいたのか」
「馬車の時間がわかったのかい?」
「さっき聞いてきた。二人とも、食事がてらスフラギドまでの話がしたい。時間はあるか?」
「もちろん大丈夫です!」
急いで返事をして、そそくさと魔王のそばを離れる。私の行動に気づいてバルさんはまた、顔を逸らしつつ肩を震わせていた。
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