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幼い記憶
しおりを挟む「リアナ、ちょっと来ておくれ」
「なあに? オババ、また腰を痛めたの?」
「そんなに腰ばっかやるかい。今度は膝だよ」
家の前の切り株に座り込んでいたオババ。白髪でモジャモジャした頭は私とそっくり。背中は丸くて小さい。私が呼ばれた通りに肩を貸すと、ゆっくり立ち上がった。
「そこに籠もあるから後で持ってくるんだよ」
「はいはい」
この間は腰が痛いと寝込んでいたが、今回は膝らしい。最近しょっちゅうどこかが痛くなると言っている。
私たちが歩き始めると、風に漂って色鮮やかな花びらが数枚飛んできた。
近くの町では同じ年頃の子どもたちが、修道院で教えを受け始める時期だと聞いた。新しい子たちが来るのを祝って、花びらを撒いて祝うらしい。
そんなことを思い出しながら、町の方に視線を向ける。少し経ってから、オババが「ほら」と動くように促した。
「いつまでここにいるつもりだい。日が暮れちまうよ」
「日が暮れてもいいでしょ。急いでもいないんだから」
「風邪引くって話だよ」
ふーん、と鼻を鳴らしてまた歩き出す。日が暮れるにはまだまだ早い明るい日差しが、私たちを照らしていた。
* * *
「魔導師とは、魔を導く者。わかるかい?」
「魔を導くっていうのが分からない。そもそも魔ってなに?」
夜の訪れた窓際。外はすっかり暗くなっている。小さな机の上にはランプが一つ。その薄暗さの中で、夜な夜なオババが隣に座って魔導を教えてくれる。
月が浮かぶ時間帯が、もっとも『魔』を強めるらしい。
けどいまいち分からなくて、羽筆を握って、むぅっと唇を尖らせる。オババはしわくちゃの手を麻紙に重ねた。そして、静かに目をつむる。
すると、わずかにその手の中が淡く光った。
オババが手を離すと、以前教わった紋章が麻紙に描かれている。
何度見ても不思議な光景に、またマジマジと紙を見る。その紋章は徐々に光を失っていく。オババが口を開く。
「昨日も言ったろう? 魔ってのは自然にある空気と一緒さ。息をするように身体に集めるんだよ」
「見えないものは集められないよ」
「お前さんは紋章を書くのも正確だし、霊憶も悪くない。ただ、真面目過ぎるのかねえ」
そう言って、息を吐き出す。「魔を感じとるのは理屈じゃないんだよ」と続けた。
オババの言ってることがさっぱり分からなくて首をかしげる。
「でも、世の中のものは理屈で成り立ってるんでしょ?」
「町で聞いたのかい?」
「うん。たまたま修道院を通りがかってさ。黒い服のおじさんが言ってたよ。世界は理屈で成り立っている。感情や感覚でものを言うのは許されないって」
「ふむ、そうかい。だがね、お前さんのいる世界はそうじゃないんだよ」
「どういうこと?」
人にはそれぞれ信じる世界があること。必ずしも誰かの世界を生きる必要はない、とオババは言った。
「リアナ、お前さんは自由だ。理屈に縛られず自由に望んでいい。その望みが形になる力を持っている」
「自由……」
「ああ、そうだよ。だがね、決して自由と無法を履き違えるんじゃないよ。自分勝手な振る舞いは必ず戻ってくるもんだからね」
「こっそり盗む食いした木の実が腐ってた、みたいな?」
私の言葉にオババがジトッと見てくる。
「お前さん、また籠の木苺を盗み食いしたのかい?」
「そっちじゃないよ。瓶に詰めるために分けて布でくるんでた方」
「余計悪いじゃないか」
「でも腐ってたの見つけたし、避けといたよ」
「ふむ……」
オババは複雑そうに眉根を寄せて、腕を組む。他のイタズラまで気付かれたら、またうるさいから話をそらす。
「とにかく自由なんでしょ。よーし!」
薄い長袖を腕捲りして、麻紙を前にして羽筆を握り締める。目を閉じて深く呼吸をした。
「…………」
シンと静まり返る部屋。いつの間にか外の鳥の声すらきこえない。目を閉じて暗い視界の中は、いつまでも真っ黒。だけどふと、その先にわずかな光が見えた気がした。
オババの言う『魔』が、そこにあるのかもしれない。
私は無意識に、その光へ──手を伸ばした。
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