引きこもり魔導師は、お家に帰りたい!

翠月 瑠々奈

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望んだ犠牲

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 結果的に、セレスの考えは成功した。

 彼女は数人の協力者を募ってΨサルトの防御術を完成させた。そのおかげで、村が発展していく。村はどんどん大きくなって、人々の笑顔も増えて、町となって行き交う人たちも増えた。

 そうした功績が認められ、次代の長としてセレスは選ばれた。

 けれどミルベルだけが、それを喜べないでいる。町外れの小屋で言い争いになっていた。薄暗い中で、テーブルの上のランプだけが二人を照らす。

「セレス! 忙しいのはわかるけど身体を休める時間は取って。お願いよ」

 ミルベルが心配するのも無理はない。わずかな明かりに照らされたセレスの顔は、気付けば頬が痩けて、目の下にクマが出来ていた。

 けれどセレスは不服そうに返す。

「私がいなければ町がどうなるか知らないの? 休んでる暇なんてないのよ」
「だからってあなたが倒れてしまうわ。あなたの代わりに誰か他の」
「誰がいるっていうの? 姉妹として生まれたのに姉さんですら防御術を扱えないのに!」

 魔導術はそもそも、魔力の流れを感知出来なければ扱えない。セレスは生まれ持った霊憶こんきがよかった。

 防御術を組む才能もある。だからこそ、町に入り込む魔物を追い払うことも出来た。

 一方のミルベルは魔力の流れに疎く、霊憶もよくなかった。姉妹として生まれても別人のように力の差がついてしまうのが魔導術。

 ミルベルがセレスの扱う魔導術を理解することは全く出来なかった。けれど目の前で疲弊していく妹を放っておくわけにもいかない。ミルベルは懸命に訴える。

「力になれず、ごめんなさい。だけどあなたが休んでいる間は、町の皆とここを守るから。だから今日はもう休んで」

 そう話した矢先、外で鐘が鳴る。ミルベルが振り返る。セレスは「行かなくちゃ」と呟いた。

「ほら、姉さんこそ休んで。私が守るから」
「ダメよ、セレス。あなたはここにいて。私が」
「何度言わせるの? 姉さんじゃ出来ないのよ! 私が行くしかないの!」

 叫ぶように言ってセレスが飛び出した。

「セレス!!」

 ミルベルの声も虚しく、扉の先にはもうセレスの姿はなかった。


*  *  *


「もう限界だ!」

 誰かが叫ぶ。どしゃ降りの中、農具を片手に座り込んでいる男性が続けた。またスフラギトに魔物の異常発生が起きたらしい。ミルベルもローブに身を包み、片手に麻紙を握りしめていた。

 それはまるで私のようだと思う。

 少ない手札で魔物を退けたものの、誰もが疲弊しているは見て取れた。誰かがまた口を開く。

「長が倒れてどれくらいになる? もう我々だけではどうにも出来ないぞ」
「警備隊も作ったが、まだ戦いに慣れていない」

 そんなことを口々に言った。間を置いて、高台の方から女性がミルベルを呼んだ。

「ミルベル! セレスが目を覚ましたよ!」
「!」

 その言葉に彼女は高台の家を目指す。いつの間にか二人の住居となった神殿近くの家には、他の人たちも押し寄せた。

 ミルベルが声をかけるより早く、集まった人たちがワッと騒ぎ立てる。

「目を覚ましてくれ助かったよ」
「聞いてくれ! 魔物が異常に押し寄せている」
「警備隊では無理だ。あんたがいてくれないと」

 口々に言われる言葉を、ぼんやりとした表情でセレスが聞いている。そして誰かが言った。

「そうだ! セレス、あんた前に言ってただろう? 強力な結界術があるって。それを使ってくれ!」
「!」

 ミルベルはハッと目を見開き、声を上げた。

「いい加減にしてちょうだい! セレスは目覚めたばかりなのよ! さっさと全員出てって!!」

 騒ぎ立てる町民たちを急いで追い出す。不満を口にしつつも彼らは部屋を出ていった。

 静まり返って、ようやくミルベルがセレスを見る。

 以前にも増して、痩せて顔色が悪い。ぼんやりしたままの瞳に光はなく、ミルベルは気遣うように声をかけた。

「何か飲める? スープを持ってきましょうか。軽食もあるわ。今持ってくるわね」

 身を翻し、部屋を出ようとするミルベル。その後ろから弱々しい声がした。

「姉さん……」
「なに?」

 小さな声にもすぐさま反応して振り返る。

 セレスは言った。

「私、あの術を使おうと思うの」

 その言葉にミルベルが息を飲む。ベッドサイドに駆け寄り、椅子に座るとセレスの手を取った。

「バカなことを言わないで。あんなものは忘れていいのよ。魂を留めて結界を張り続けるなんて……今でも私たちは戦えてる。さっきの声はちょっと大袈裟だっただけよ」
「姉さん……」
「みんな騒ぎすぎなのよ。私たちだっていろいろ考えているのよ? この間は罠を張って……」
「姉さん」
「小さな魔物だったけど一網打尽にしたのよ? それで」
「姉さん!」
「……」

 突然の大きな声にミルベルが口を閉じる。セレスが続けた。

「もうわかっているでしょう? ここまで大きくした町を今失うわけにいかないの。次に何かあれば、今度こそ本当に皆の心が壊れてしまうわ」

 けれどミルベルは首を激しく横に振る。

「やめて!! 聞きたくない!! 私にはあなたがいればいいのよ、セレス。あなたさえいてくれれば……ねえ、もういいじゃない。町から出ましょう。二人でもやっていけるから」
「姉さん……」

 眉尻を下げるセレスは、弱々しく笑った。

「昔、村を転々としていたとき、虐められていたことがあったでしょう?」
「……急に何を」
「あの頃、姉さんがいつも助けてくれたわ。私をかばって、一緒に逃げて」

 突然の話に訝しみながらも、ミルベルも応える。

「そうね……たいして力になれなかったわ。結局あなたも殴られていたじゃない。私にはあなたのような力がないもの」
「それでも母と父が亡くなったばかりで、心細かった私にはとても頼もしく見えていたのよ」
「ねえ、セレス。急にどうしたの? 何故そんな話をするの? まるで……」

 ふと気配がしてミルベルが振り返る。いつの間にか部屋に人が入り込んでいた。

 黒いローブに身を包み、フードを目深に被った二人。彼らは気づかれた直後、素早く近づきミルベルを羽交い締めにすると、口元に何かを当てる。

「──!」

 するとすぐに彼女は意識を失ってしまう。静かに床へ下ろされるミルベルを見ながら、セレスが立ち上がった。

 ローブの二人が頭を下げて、彼女へ似たローブを差し出す。

 彼女はそれを羽織ながら言った。

「姉さん、少し寝ていて。すぐに終わるから」

 そうして身を翻し、部屋から出ていく。静まり返った室内で、ただミルベルの息づかいだけが聞こえていた。
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