替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

文字の大きさ
26 / 53

23

しおりを挟む

「姫様! 先程の音は……?」

 ガヴェルに追い出され外に出るなり、控えていたカナンが駆け寄ってくる。小声で問われたことに「大丈夫だから」と返した。

 ラシーヌが玄関から出ると、馬のブラッシングを終えて水やりの途中の使用人と会う。

 彼は「お早い戻りですね」と言う。

「このまま帰りますか?」
「ええ。お願い」

 準備をしてきます。と言った使用人を見送ると、カナンが隣に並ぶ。

「姫様。残念ですが、あの小屋は取り壊されていました」
「そう」

 義父の言った通り、ラシーヌが以前暮らしていた小屋はなくなっていた。

 ヴァーガリアへ嫁いだとき、おおよその荷物は持っていった。たださすがに、バンズの買い与えた家具や、ラシーヌが気に入っていた本のすべては持ちきれず置いていった。

 それらまで失い、彼女は胸に空虚さを感じてしまう。まるでもうバンズとの繋がりさえ、なくなってしまったかのようだ。カナンはそんな彼女に、布をかけた籠を差し出す。

「これは?」

 受け取りながら布をめくる。そこには数冊の本が入っていた。どれも昔、バンズが読み聞かせた本だった。

 ヴァーガリアには持っていけず小屋へ置いておいた本。てっきり処分されたものと思っていた彼女は目を輝かせる。

「残っていたのね」
「侍女仲間が隠しておいてくれたようです」
「嬉しい! ありがとう。その侍女の方にもお礼を言っておいてね」

 早速一冊を取り出した直後、馬の嘶きが聞こえてきた。ハッと顔を上げると、ちょうど馬車がソレーユ家の敷地内に入り近づいてくるところだった。

 迎えが来たのだろうと本を籠へ戻す。すると、背後に停まった馬車の中から思いがけない声が聞こえた。

「ラシー」
「……ティス?」

 反射的に振り返る。開いたドアから、ちょうどソラティスが降りてくるところだった。地面に足をつけるなり、ラシーヌへ手を伸ばし抱き締める。

 突然のことに目を瞬かせる彼女は、ワンテンポ遅れてソラティスを見上げた。

「どうしてここに?」
「君に会いたかったから。では、ありきたりだろうか」
「ふふっ、覚えのあるセリフですね」

 溺愛の仕方、などを探っていたときに見た内容に似ている。同じことを思ったのか、ソラティスもフッと表情を崩して「歌でも歌うべきか」と笑った。

 少しして彼は続ける。

「君へ渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「ずいぶん私情が混じってしまったが、そうだな。とりあえず見てくれ」

 そう言って彼は、上着の内側、ウエストコートのポケットから長細い革張りの箱を取り出した。

 彼はラシーヌの前でその箱をゆっくり開ける。

 そこには濃い青のブルークォーツのネックレスがあった。しかもただの宝石には見えない。中央の大きな石には淡い青の光が漂い、その周りには細かな雪の結晶がちらつく。

「綺麗……まるで奇跡のよう」
「神の力というならば、あながち間違ってはいない。この石に氷華の力を込めた。ヴァーガリア夫人を守るように、と」
「もしかしてこれが……?」
「ああ。君の提案通り、祖母のネックレスを使ったんだ」

 ラシーヌが息をのむ。義姉が持つ魔導飾アーティファクトと交換するための、いわば囮になるアクセサリー。まさかソラティスが自ら作り上げ、その心とも思われる力をこめるとは思わなかった。

 これならば義姉も納得するだろう。だが同時に、激しい執着が湧き上がってくる。手放しがたい気持ちが溢れる。

 それはただ、アクセサリーが惜しいなどと、そんな単純な気持ちではなかった。それに気付いて、ラシーヌは胸が強く締め付けられる感覚がした。

 誤魔化しきれない熱が、身体の中心から焦がすように広がっていく。

 ラシーヌが突き動かされるようにして、口を動かす。けれど次の瞬間、遮るように大きな声が響いた。

「何よそれ!?」
「っ!!」

 背後からの声に驚いて振り返る。そこにはちょうど邸へ帰ってきたばかりのレイアと、少し後ろに義母のメリフがいた。

「ねえ、何それ!? 見せて」
「悪いがこれはラシーのものだ。触れないでくれ」

 近づいてきたレイアから、庇うようにラシーヌを背に隠す。レイアは不服そうに頬を膨らませた。

「何よ、もう! 見るくらいいいじゃない!」
「レイア、静かになさい。今は、ね」

 優雅に肩へ手を置いて、前に出てくる義母。羽根飾りの使われたつばの大きい帽子と、薄手の毛皮のコートに身を包んでいる。

 彼女はソラティスに向かって柔らかく声をかけた。

「辺境伯閣下。お久しぶりですわね」
「そうですね。結婚式にもいらっしゃらなかったので、長らく挨拶も出来ずに失礼しました」

 笑みは作ったものの、纏う空気は冷たい。義母のメリフが一瞬怯み、だがすぐにフッと笑みを返した。

「あら、ごめんなさいね。結婚式には参列しますから、ご容赦くださいな」

 行きますよ、とレイアを引き連れ邸に入っていく。その間際、ラシーヌと目が合った。

 義母は睨み付けるようにスッと目を細める。さも義父の『離縁しろ』と言った話に釘を刺すかのようだ。

「…っ」

 ラシーヌの肩がわずかに跳ねる。咄嗟に視線を外したが、メリフの眼差しは、心に抜けない棘のように残っていた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。

ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。 釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。 ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。 「私は君を愛するつもりしかない」 政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。​​​​​​​​​​​​​​​​

【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた

ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」 三十二歳、独身同士。 幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。 付き合ってもないのに。 夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。 断る理由が、ない。 こうして、交際0日で結婚することが決まった。 「とりあえず同棲すっか」 軽いノリで決まってゆく未来。 ゆるっとだらっと流れていく物語。 ※本編は全7話。 ※スパダリは一人もいません笑

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

五周目の王女様

恋愛
「私、今度はどうやって殺されるの?」 バザロス国へ嫁ぐことになった王女ジゼルは、数度の死に戻りの記憶を持っていた。 1度目は毒殺、2度目は即死、3度目は逃亡先での裏切り。どう足掻いても結婚初夜を越えられず死に戻る運命に私の心はクタクタだった。 今世の夫も「冷酷皇帝」と恐れられる皇帝レオポルド。 実は彼もまた孤独に戦い、ループする人生から脱出を図ろうする一人。 夫婦がようやく絡まりだす4度目の死に戻り。 どうやら今世は他に女がいる皇帝は全く私に見向きもしない……と思っていたら、誰にも見つからずに私に会いに来るんですが?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

処理中です...