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しおりを挟む「姫様、手紙が届いております」
カナンの言葉に振り返る。自室に戻る手前の廊下で、声をかけられた。
普段は部屋で落ち着いているときに手紙の仕訳をする。今のタイミングで声をかけたのには、理由があるのだろう。わずかに空けた扉の隙間からは、他の侍女たちが動いているのが見えていた。
今しがた開けたばかりの扉をパタンと閉めて聞く。
「誰から?」
「ソレーユ家のご当主様からです」
差し出された手紙には特徴ある家紋がついている。白鷺の飛び立つ湖面に見せたカスミソウの紋様。ラシーヌは受け取りながらも目を丸くした。
「お義父様から……?」
長らく連絡のなかった義父からの手紙。それでなくても、昔からラシーヌには仕事以外で興味はなく、義母やレイアに当たられているときに声すらかけなかった。
それが今になって連絡してきたのは、どういうことだろうか。
彼女は手早く封蝋を外して開け、ざっと目を通す。
そこには一度家に帰れ、と遠回しに書かれていた。
* * *
使用人が馬車の扉を開ける。使用人に差し伸べられた手を取り、出てきたのはラシーヌだった。
若草色の髪を緩く結び、白い帽子をかぶる。すみれ色の瞳で見上げたのは、実家のソレーユ家。彼女は一つ息を吐いて、歩き出す。カナンがすぐさま付いていった。
玄関に差し掛かると、今まで一度も出迎えたことのないソレーユ家当主ガヴェルが不機嫌そうな顔で立っていた。
驚きつつもラシーヌは頭を下げる。
「お久しぶりです。お義父さま」
「待っていた。早く入れ」
ガヴェルがチラリと馬車の方を見る。ヴァーガリアから来た使用人たちが忙しなく動いていた。
彼らの前で乱暴な扱いはしないだろう。ホッとしつつ彼女は邸の中に入っていく。以前と変わらない廊下を進んで応接室に向かった。
だが入るなりガヴェルは厳しい声を出した。
「離縁の準備をしろ」
「え?」
「レイアが辺境伯を気に入った。すぐに離縁を申し入れるんだ。もとは娘にきた縁談だ」
「ですが、それを拒んだのは義姉ではありませんか」
一方的な言い分に、つい言い返してしまったラシーヌ。眉根を寄せたガヴェルはフンッと鼻を鳴らす。
「一時のことだ。結局気づいたのだから問題あるまい。お前はさっさと言われた通りにしろ。ああ、そういえば住んでいたあのボロ小屋はもう取り壊したからな、戻ればレイアの部屋を与えてやる」
ドカッとソファに座る。不遜な態度にラシーヌは顔をしかめる。いまだに変わらない義父の態度。しかし、これはチャンスだとも思う。
今この話を受ければ、当初の予定どおりレイアがソラティスの妻となる。あれほど切望していた状況だ、離縁を伝えればきっと喜ぶ。そう思った。
けれど──チクリ、と胸が痛む。
ガヴェルが「聞いてるのか?」と急かした。
「一部の商人たちがお前でないと話を聞かないと言っている。まったく、新しい事業のチャンスなんだが。おい、それも戻り次第処理しろ。わかったな!」
「っ! ……は、はい」
ダンッとテーブルを叩かれて、虐げられた日々が戻ってきたラシーヌは思わず返事をする。
「わかればいい。話は終わりだ。次に会うときは離縁後だな」
「あの……お義姉様とお義母様は?」
「二人とも出掛けている。用もないだろう?」
「挨拶だけでもと」
「必要ない。さっさと戻れ」
イライラした様子でガヴェルは、ラシーヌを追い立てる。
驚きながらも、その部屋を後にした。
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