替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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Side story 過去(ソラティスver.)

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「婚約解消してくださいっ! お願いします!」

 震えながら、頭を下げる。大人しい婚約者女性。エリゼ伯爵令嬢。いつも誰かの後ろについて回る彼女は、今回の縁談も親に言われるがままに従った。

 そんな彼女が、こんなにも必死で頭を下げる理由を知っている。

 吟遊詩人の男と懇意にしているからだ。

 調査の結果では、すでに身籠っている可能性すら示唆されていた。

 俺は目の前に置かれたカップに口をつけて、淡々と返した──承諾した、と。


*  *  *


 特別、女性が苦手ということはなかった。ただ、優先することが他に多くあっただけだった。

 それを非難されることは時たまあった。それも当事者より、周りに、といった具合だ。

 すでに引退した乳母はもちろん、縁者が集まる場では、誰それの婚姻が決まった。アイツは婚約者と出掛けている、から始まり「それで卿は?」と続くのが分かりきっていた。

 そういうときは決まって「検討中だ」と返す。

「焦って決めなくとも、ヴァーガリアの後ろ盾が欲しい家はいくらでもある」
「それって結局、家のために嫁いできたってことだろ? 俺はさ、俺自身を愛してくれる相手と添い遂げたいんだよなあ」

 遠縁にあたる侯爵家の次男の言葉が、妙に耳に残ったのを覚えている。その後は疎遠になったが、風の噂で駆け落ち同然に家を出たと聞いた。

「父上、ここにあった釣書を知りませんか?」

 夜になって集まりを解散したものの、やはり相手がいないままというのも体裁が悪い。そこで適当に選んでおこうとしたが、執務室に積まれていたはずの釣書がなくなっていた。

 父は溜め息をついて「先方に戻したよ」という。

「先方の意向なんだ。恐らくエルプシオンの異変が知られたようだ」
「……なるほど」

 エルプシオンはヴァーガリアの領境にある火山のことだ。昔から専属の観測士に見張らせ、騎士たちには特殊な訓練をさせていた。

 国からしても重要な境界を守り続け、備えも問題なかった。

 だが最近、そのエルプシオンが最大規模の噴火を起こすだろうと予測された。それが明日なのか、数日後なのか、数年後なのか。細かな時期はわからない。

 しかし、起きるのは確実だ、とされれば、そんな危険な地域に大事な家族を嫁がせるわけにはいかないだろう。

 俺は残った釣書を見て、外に控えていたバルトネルを呼び先方に戻すように言った。

 その行動に顔を上げた父が言う。

「いいのか?」

 俺は「構わない」と返した。

「遅かれ早かれ話が伝われば同じこと。ならば先に動いておけば手間もかかりません」
「だが……」

 まだなにか言いたそうにしながらも彼は、「いや」と軽く首を振った。

「お前が納得しているならいいだろう」
「もちろんです。では、失礼します」
「ああ。ゆっくり休みなさい」

 軽く頭を下げて扉に向かう。出る間際、声をかけられた。

「ソラティス」
「何か?」
「本当に結婚相手に希望はないんだな?」

 婚約解消後から何度も繰り返された質問。いつもと同じように肯定を返す。

「今さら何を……ヴァーガリアのためになるのなら、誰が相手でも同じですね」
「同じ、か。なら私に何かあったその時は……」
「父上?」
「いや、なんでもない。引き留めて悪かったな」
「いえ。では」

 そう短く返して、俺は廊下へと出る。自室へ戻る途中で、ふと昼間集まった部屋を通りがかった。

「俺自身、か……」

 そんな相手が現れるとは思わない。そもそも、一番に考えるべきは領地のことで他は後でいい。ソラティスは、再び歩き出す。人の気配が消えた夜更けの廊下を、ただ一人歩いた。
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