不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二、強運な砂漠の王

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「だーかーら! 俺は結婚する気などないと言っているだろうが!!」
 アスアド・アル=アズィーズは自室の豪奢なソファにふんぞり返った。
 深い青色に、唐草模様の金の刺繍が入ったソファは、それだけでも日本円にして数千万の価値があるものだ。

 この国の王子、アスアド・アル=アズィーズ。
 夜明け色の空のような紫紺の髪、鍛え上げた小麦色の体躯。
 瞳は紫水晶アメジストのごとき輝きを放っている。しかし、今は半眼になり、側近をじとりと睨みつけた。

「私に言われましても。御父君がお決めになったことです。直接お伝えください」
 アスアドに仕えるイスハークという青年は、王子のいつもの駄々が始まったと溜息を吐く。
「俺は女性アレルギーなんだ! 触られただけで蕁麻疹が出るのに、どうやって結婚をしろと言うんだ。殺す気か!」
「ですからそれも王に直接」

「散々言って取り消されていないからイスハーク、お前に言ってるんだろうが!」
「知りませんよ」
「あっお前そういう態度」
 イスハークはもう相手をすることに疲れたのか返事をしない。
 
「なータマ。イスハークは酷い奴だ。嚙み殺してしまおうか」
 にゃおん、と鳴いたのは猫ではない。アスアドの飼う獅子――金のたてがみが立派なライオンだった。
「それは洒落にならないのでやめてください。タマが本気にしたらどうするんです」
「タマはそんなに馬鹿じゃない。ちゃんと俺の言葉がわかっているものな」
 喉を撫でてやると、ごろごろとお腹を見せる。
 猫のように育てたら、自らを獅子と思わずすっかり猫のようになってしまった。しかし、侵入者は楽々と仕留めるあたり、やはり根は猛獣であることに変わりはない。

「もしかしたら、もういらっしゃらないんじゃないですか。本日でしたよね。花嫁が到着されるのは」
 イスハークは時計を見上げた。もう夜の二十一時だ。
「そういえばそうだったな。だったらラッキーかもしれない。やはり俺はいつも強運だな。嫌だと思うと向こうから逃げて行く」
「貴方の悪運の強さには、私も恐れ入るばかりですよ。今回もそうかもしれませんね。何かトラブルがあったのかも」

 アスアドはふむと少し考え込むと、やおら立ち上がった。
「散歩に行ってくる。気分転換だ」
「お待ちください! これからですか!?」
 イスハークは思わずといったふうに声を上げた。
「そうだ。父上にはうまく言っておいてくれ。あと何か着るものを」
 てきぱきと指示する姿は、次期王としての風格を思わせる。人に命令することに慣れている。

「盗賊が居るかもしれません。くれぐれもお気をつけて」
「なら、タマに乗っていくかな」
「タマはおやめください。民衆が怯えます」
「じゃあラクダだな」
厩舎きゅうしゃに話を付けておきます」
 温かい上着を渡しながら、イスハークは眉根を寄せた。
「何か良くない予感がします。どうかご無事で」
「大袈裟な。さっき俺に悪運が強いと言ったのは何だったんだ」
「それはそれです」
「どうせ、今度も俺が勝つさ。まあ見てろ。どこかで大不幸者に出くわさない限り、俺の強運は安泰だ」
 
 まるでこの世のすべてを統べる王のように、鷹揚おうように笑うとアスアドは夜の砂漠へと駆け出した。

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