不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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五十四、アスアド・アズィーズとの面会

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 玄関に、ゆったりとした、煌びやかな騾車らしゃが着いた。

 荷運びのそれというよりは、中世ヨーロッパに貴族が乗っていたような、豪華な馬車の形状に近い。

 中は完全に覆われて、誰が乗っているかはわからない。
 カーテンのような開け閉め出来る布地に、唐草模様アラベスクの豪奢な刺繍。陽の光を受けて輝く宝石。

 それが中におわす貴人の身分を、否応いやおうなく外界に思い知らせた。

 照りつける太陽を物ものともせず、騾車らしゃは砂漠の道をく。

 目的地にたどり着くと、それを知らせるように、騾馬らばが伏せる。
 馭者ぎょしゃは、まるで壊れ物を乗せてでもいたかのように、ステップを小脇に抱え、すぐさま貴人の元に駆けた。

「着きましてございます」
「ご苦労だったね」

 響いたのは、少し低い中性的な声音だった。
 
 中から、白磁の足元が現れる。

 次いで、上掛けに白い中国風の着物を着用した、赤銅色の髪が太陽に反射した。
 白皙はくせきの肌。
 顔立ちは凛々しく、涼し気な目元が印象的だ。

 目鼻立ちは端正で、男はまるで役者のようだった。

(あれが、アスアド・アズィーズ様……)

 想像とはまったく違う。

「よく来たな。アスアド、、、、
 アルがそう呼び掛けると、アスアドと呼ばれた赤髪の男は、にこりと柚に向かって笑い掛けた。

「そうでもないよ。早く逢いたくて仕方なかったからね。道中はあっという間だった」
「なら良いが」
 アルが相槌を打ち終わる前に、アスアドはさっさとこちらへ向かってやって来た。

「君が、私の花嫁かい? 私は、アスアド・アズィーズ」
「あっ、は、はははははじめましてっ。天宮あまみやゆずと申しますっ!」

 白魚のような手を差し出し、僕の手を握る。
 体温の低い、ひやりとした冷たい掌だった。

「大変な目に遭ったんだってね。アルから聞いたよ。――無事で良かった。ずっと、君を探していたんだ」
「アスアド様……」
 深紅の、深い夕焼けのような瞳が僕を映し出す。

 どうやら、アルだけではなく、本来の婚約者にまで迷惑を掛けてしまったようだった。

「うん、噂に違わず、可愛らしい子だね。僕の理想通りだ」
「へ、……っ!?」

 目を白黒させていると、アルがずいと割って入った。

「積もる話は中でするといい。部屋も用意させている」

 心なしかアルの顔つきが引きっている。
 イスハークがごく自然に皆を促した。

「皆さま、旅の砂を落としてまずはアイスティーでも如何ですか」
「良いね、いただこうか」

 アスアドは鼻歌でも歌うような調子で階段を上る。
 その後ろに付き従うと、アスアドは振り返って、僕にウインクをしてみせた。

(どうやら――嫌われてはなさそう、かな?)
 それどころか、妙にフレンドリーだ。

 約束していた到着日から、数か月遅れての面談だ。
 もしアスアドが厳格なタイプであれば、婚約など簡単に破棄になってしまっていただろう。

* * *

「アル様、お顔が強張っていらっしゃいますよ。お気持ちはわかりますが、怪しまれます」
 イスハークが耳打ちすると、アルはぎぎ、とブリキがするかのように無理やりに口角を上げた。

* * *

「皆、応接室に来てくれ」
 先頭に立って歩くアルの顔は見えない。
 しかし、そのぎこちなさは、隠しきれるものではなかった。

(何だか、アルの様子がおかしい気がする)

 先ほどから、会話の隙を見計らって、アスアドが笑い掛けて来るのだが、それよりもアルが気になって仕方がない。

 全員が席に着くと、アルは僕を保護した日のことや、警備上の都合もあり、僕が屋敷に滞在していたことなどを順序良く話した。

「なるほど」
 夕日のような赤銅色の髪を揺らして、アスアドは両手を組み合わせる。
 そしてにこりと微笑んだ。

「アル、君が今まで柚を守ってくれていたということだね。礼を言うよ。柚を保護してくれて、ありがとう」
「あ、ああ……」
 アルは、どこか歯に物が挟まったかのような物言いだ。

 満面の笑みを浮かべて、アスアドが言う。

「良ければ、柚と二人きりで庭を散策させてくれないかな。これまで逢えなかった分、柚のことが知りたいんだ」

「勿論でございますよ。庭を案内致しましょう」
 イスハークが即座に告げると、アスアドはにこやかにそれを拒否する。

「ありがとう、イスハーク。しかしね。私としては、一度二人で、話しをしてみたいのだよ」



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