54 / 225
五十四、アスアド・アズィーズとの面会
しおりを挟む玄関に、ゆったりとした、煌びやかな騾車が着いた。
荷運びのそれというよりは、中世ヨーロッパに貴族が乗っていたような、豪華な馬車の形状に近い。
中は完全に覆われて、誰が乗っているかはわからない。
カーテンのような開け閉め出来る布地に、唐草模様の豪奢な刺繍。陽の光を受けて輝く宝石。
それが中におわす貴人の身分を、否応なく外界に思い知らせた。
照りつける太陽を物ものともせず、騾車は砂漠の道を征く。
目的地にたどり着くと、それを知らせるように、騾馬が伏せる。
馭者は、まるで壊れ物を乗せてでもいたかのように、ステップを小脇に抱え、すぐさま貴人の元に駆けた。
「着きましてございます」
「ご苦労だったね」
響いたのは、少し低い中性的な声音だった。
中から、白磁の足元が現れる。
次いで、上掛けに白い中国風の着物を着用した、赤銅色の髪が太陽に反射した。
白皙の肌。
顔立ちは凛々しく、涼し気な目元が印象的だ。
目鼻立ちは端正で、男はまるで役者のようだった。
(あれが、アスアド・アズィーズ様……)
想像とはまったく違う。
「よく来たな。アスアド」
アルがそう呼び掛けると、アスアドと呼ばれた赤髪の男は、にこりと柚に向かって笑い掛けた。
「そうでもないよ。早く逢いたくて仕方なかったからね。道中はあっという間だった」
「なら良いが」
アルが相槌を打ち終わる前に、アスアドはさっさとこちらへ向かってやって来た。
「君が、私の花嫁かい? 私は、アスアド・アズィーズ」
「あっ、は、はははははじめましてっ。天宮柚と申しますっ!」
白魚のような手を差し出し、僕の手を握る。
体温の低い、ひやりとした冷たい掌だった。
「大変な目に遭ったんだってね。アルから聞いたよ。――無事で良かった。ずっと、君を探していたんだ」
「アスアド様……」
深紅の、深い夕焼けのような瞳が僕を映し出す。
どうやら、アルだけではなく、本来の婚約者にまで迷惑を掛けてしまったようだった。
「うん、噂に違わず、可愛らしい子だね。僕の理想通りだ」
「へ、……っ!?」
目を白黒させていると、アルがずいと割って入った。
「積もる話は中でするといい。部屋も用意させている」
心なしかアルの顔つきが引き攣っている。
イスハークがごく自然に皆を促した。
「皆さま、旅の砂を落としてまずはアイスティーでも如何ですか」
「良いね、いただこうか」
アスアドは鼻歌でも歌うような調子で階段を上る。
その後ろに付き従うと、アスアドは振り返って、僕にウインクをしてみせた。
(どうやら――嫌われてはなさそう、かな?)
それどころか、妙にフレンドリーだ。
約束していた到着日から、数か月遅れての面談だ。
もしアスアドが厳格なタイプであれば、婚約など簡単に破棄になってしまっていただろう。
* * *
「アル様、お顔が強張っていらっしゃいますよ。お気持ちはわかりますが、怪しまれます」
イスハークが耳打ちすると、アルはぎぎ、とブリキがするかのように無理やりに口角を上げた。
* * *
「皆、応接室に来てくれ」
先頭に立って歩くアルの顔は見えない。
しかし、そのぎこちなさは、隠しきれるものではなかった。
(何だか、アルの様子がおかしい気がする)
先ほどから、会話の隙を見計らって、アスアドが笑い掛けて来るのだが、それよりもアルが気になって仕方がない。
全員が席に着くと、アルは僕を保護した日のことや、警備上の都合もあり、僕が屋敷に滞在していたことなどを順序良く話した。
「なるほど」
夕日のような赤銅色の髪を揺らして、アスアドは両手を組み合わせる。
そしてにこりと微笑んだ。
「アル、君が今まで柚を守ってくれていたということだね。礼を言うよ。柚を保護してくれて、ありがとう」
「あ、ああ……」
アルは、どこか歯に物が挟まったかのような物言いだ。
満面の笑みを浮かべて、アスアドが言う。
「良ければ、柚と二人きりで庭を散策させてくれないかな。これまで逢えなかった分、柚のことが知りたいんだ」
「勿論でございますよ。庭を案内致しましょう」
イスハークが即座に告げると、アスアドはにこやかにそれを拒否する。
「ありがとう、イスハーク。しかしね。私としては、一度二人で、話しをしてみたいのだよ」
98
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
