不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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五十六、アスアド・アズィーズとの面会3

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 アルとイスハークは、イギリス風の庭園の中、よく手入れされた丸いトピアリーの後ろで縮こまっていた。

「アル様、何もこんなところでこそこそしなくとも良いじゃありませんか」
 イスハークが小声で告げる。
 しかし、目くらましに両手に木を持ったアルはかたくなに首を横に振った。

「アイツが付いてくるなとあそこまで念を押したんだ。仕方ない。何か良からぬことを考えていなければ良いが」
「ナースィフ様は一体何を考えておられるのでしょうね……」
「とにかく、柚の安全が第一だ」

「私が偵察します。最悪、私が此処にいることはバレてもそれほど大事おおごとにはなりません。アル様は見つからないようになさってください」
「――わかった」

* * *

(どうしよう)

 イングリッシュガーデンを、アスアドと共にゆったりと進む。
 互いに無言だ。

 アスアドにあれほど拒絶されてしまったのでは、それ以上アルに付いて来て欲しいとも頼めなかった。

 確かに、アルに付き添いを頼むのはおかしい。
 
 僕は、アスアドの花嫁なのだ。
 ちらりと横目でアスアドを見やると、背は百八十前後だろうか。
 アルほど高くはないが、僕とは優に十センチ以上の差があった。

 横顔もやはり、やはり役者のように端正な顔立ちだ。

「ねえ、柚」
「は、はははいっ」
 アスアドを盗み見ている最中に声を掛けられ、飛び上がる。

「私は、既に後宮ハレムというものを持っていてね。すまないが、君が初めてではないんだよ」
「――そ、うでしたか」
 イスハークに一通りの常識は教えられている。

 上流階級に位置する者は皆、若くして後宮ハレムに君臨する。
 勿論、後継者を作る為だ。
 早ければ、八歳やそこらのうちから、女性をあてがわれる。

 アルのように、若々しい獅子のような青年が後宮ハレムを持たないなど、ありえないのだそうだ。

「イスハークに習いました。この国では、それが通例なのだそうですね」
「ああ、もしかして、日本では違うのかな?」
 柚はふるりと首を振るに留めた。

 アスアドがそれほど日本に興味があるようには見えなかった。
 説明したとて、もうこの国では関係がない。

 アスアドは後ろで手を組み、涼し気な声を響かせた。
「私の後宮ハレムには、ざっと三百人ほどが暮らしている。それでも、君は
私の元に来たいと思うかい?」

「さん、びゃく……?」
 周時代の中国の王朝では、宦官も含め、後宮ハレムは三千人を超えたともいう。
 しかし、現在においては、およそ考えられない人数だ。

「やはり嫌かな?」
 アスアドは、それでも一向に構わないというように、にこりと笑んだ。
「そんなことは……っ」

「何も好いたれたばかりではないんだよ。婚姻を破棄され、行き場を失った哀れな農村の女性や、親を失った水汲みずくみの少年や、明日をも知れぬ者を保護していたら、いつの間にか――ね」

「そうでしたか――大変失礼しました」
 僕は非礼をびた。
 どれほど色好みなのかと、疑った己を恥じた。

「でも君は間違っていないよ。折角保護したんだもの。夜伽に来て貰うこともある」
 僕の心を見透かしたように、にやりと面白そうに笑うアスアドに、混乱に陥った。

(ど、どういうこと……!?)
 どうやら保護活動だけというわけではないらしい。

「私は、男でも女でも、平等に愛する性質たちでね。一応、後宮ハレムで間違いが起こってはいけないから性別ごとに分けているんだけれど、君はどっちかな? ――最初は女性だと、聞いていたのだけれど」

 僕ははっと気付いた。
 忘れていた。
 僕は妹の替え玉なのだ。

(こんな大事なこと……)
 色々あり過ぎて忘れていた。

「私が直接チェックさせて貰っているんだ。柚、服を脱いで貰っても良いかな?」
「――え?」
 唐突な提案に、僕は凍り付いた。

「恥ずかしがることはないよ。私の他にはだぁれも見ていない。夜を共にする予行演習だと思って欲しい」
「い、いえ、でも……っ」

 辺りはまだ酷く明るい。
 こんな中で、じっくりと裸を眺め回されるのは、替え玉の件を差し置いても遠慮したかった。

「あ、下も見せて貰っているんだ。上だけだと間違える可能性もあるからね」
「下も……ですか……?」

 あっけらかんと大変なことを言ってのけるアスアドに、背筋がひやりと寒くなった。

 すう、とアスアドの燃えるような夕陽色の目が細められる。
「柚、服を脱いでくれるかな?」

 

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