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五十九、アスアドの花嫁
しおりを挟む差し出されたアスアドの手を、僕は取ることが出来なかった。
僕の気持ちを察したかのように、アルが僕の前にずいと進み出る。
「ナ……、いや――アスアド。柚を勝手に連れ帰ることは許可出来ない。俺は今日そのつもりで柚をお前に逢わせたのではない。柚の気持ちを最大限尊重して、後日結果を出せば良いと思っている」
イスハークも緊張した面持ちで僕たちを見守っている。
アスアドはふぅんと呆れたような溜息を洩らした。
「あのね、アル。君の頼みで今日私はここに来る算段を付けたのだけれど、この場所に来るまで何時間掛かると思っているの? 私がそこまで暇じゃないことは、君だってわかっているはずだけれどね。
君だってそうだ。千夜一夜祭の準備、後片付け。各賓客への対応。全部放り出してここに来ているんだろう?」
部下からすれば顰蹙ものだよ。肝心な時に留守にしている上司なんて、居ないも同然なのだからね」
「それは……」
アルは言葉を濁した。
僕のせいだ。
僕が無理やり宮殿から逃げ出したから、アルは僕を追わねばならなかった。
「私の花嫁だというから、迎えにやって来てみれば、やれ触れられたくないだの、結論は後日だのと言われる始末。ねえアル。良い機会だから聞いておきたいのだけれど」
アスアドはすう、と目を細めた。
「――私は、選ばれる側かい?」
叫んだわけでもないのに、びりびり、とまるで窓が振動でもしそうなぐらいの緊張感が走る。
言うなれば、アスアドは絶対王者の覇気を纏って、僕たちに対峙していた。
アルはそれでも和解を試みる。
「そういうわけではない。ただ――」
しかし、アスアドに慈悲はなかった。
「これ以上四の五の言うのなら、婚約の話などすべてなかったことにしてしまうよ。こちらはそれでも一向に構わないのだから。私の後宮には既に小規模の町ほどの人数が居る。
建物も少なく手一杯だ。それを増築してくれるという前提ならまだしも、柚を花嫁することは、私にとって何のメリットもないのだからね」
――僕を娶ることに、何のメリットもない。
面と向かって言われた言葉は、ぐうの音も出ないほどに正論だった。
確かに僕は、アスアドに何もしてあげられない。
温厚なアルが、カッとなって声を荒げる。
「アスアド、貴様……っ」
イスハークも、アルに続いた。
「アスアド様それはあまりにも、惨い仰りようでございます……!」
二人とも、僕の為にアスアドと対立しようとしている。
僕はまた、こんなところで人に不幸を呼び込んでしまう。
それでは――ダメだ。
咄嗟に僕の口は言葉を発していた。
「アスアド様のお屋敷にご一緒させてください」
その瞬間、アルとイスハークは信じられないという瞳で僕を振り返った。
(もしかしたら、裏切者と思われたかもしれない……)
僕を必死で庇ってくれた、アルとイスハークの思いを無駄にした。
それでも。
もう、僕を庇って傷つく人たちを見たくない。
「――柚……」
アルが呆然と僕を見やる。
しかし平気だ、と微笑した。
「ありがとうございます。アル様。でも僕は――僕の定めに従いたいと思います」
もし運命というものが、アルと僕に味方していたなら、別れの危機はそう何度も訪れないだろう。
だが、アルとの別れの危機は既に何度も僕たちに襲い掛かっている。
もう好い加減、僕に諦めろということだろうか。
「柚様……」
イスハークが、悲痛な面持ちで僕を見やった。
晴れていた晴天の空はいつの間にか、曇天へと変化していた。
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