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九十七、王の選定(10)
しおりを挟む気付けば地平線から徐々に、大きな黒い靄が迫っていた。
みるみるうちに大きくなって、こちらへと近付いて来る。
あまりの禍々しさに、その場に居る者たちがどよめいた。
「若! 早くこっちへ!」
何事にも焦らない黄蓋の切羽詰まった声を聞いて、何が起きているかようやっと理解した。
皆大慌てで取るものもとりあえず、休憩地に向かって駆け出した。
アスアドやイスハークも、騎馬隊が馬に乗せ、第一に安全を確保した。
僕の馬も、黄蓋が先導し砂漠を一目散に駆け抜ける。
野営施設は簡易テントしか建てていない。それでは砂嵐がすべて持って行ってしまうだろう。
戻る途中、運よく洞窟を発見し、そこで漸く一息ついた。
お付きの者たち全員が入れる、ひときわ大きなものだった。
「こんな場所があったのは、不幸中の幸いでした」
砂だらけになった調査官は、埃っぽくなった眼鏡のレンズを指でなぞり、溜息を吐いた。
「しかし、こうまで酷くては、残りの日程を消化出来ませんね……」
砂嵐は、短くて数時間、長くて数日続くこともある。
強さや頻度は季節によって変化する。
「まあまあ調査官殿。天候のせいでは仕方あるまい。何も、今日中に行わねばならんものでもない。気長に待つとしましょうや」
黄蓋のあっけらかんとした言葉に、調査官は仕方ないといったふうに「そうですね」と呟いた。
「数時間程度であれば良いのですが。数日続くとなると、別の問題が発生します」
食糧の話をしているのだろう。誰も、ここで全員が数日耐えられる食糧を積んでいない。
「黄都軍部であれば、国有の兵糧があるのですが――」
黄都軍部は遠くない。しかし、この天候の中では移動も出来なかった。
「そこまでの日数となることもあまりないでしょうが、嵐が弱まったときに全員を連れ出すぐらいのことが出来れば、問題はなかろう。要はその時はそのとき。マズかったらまた皆で知恵を出し合えば良い」
だははと笑う黄蓋の粗雑さに、調査官は頭を抱えた。
「私たちのみであれば良いが、第一王子と、第二王子がいらっしゃるのですよ。どうすれば良いものか……」
調査官は完璧主義者のようで、突然の事態に呆然としているように見えた。
軽く息を吐いて、黄蓋は呼び掛ける。
「坊主ども! 大丈夫か! 水分は係の者が持っているから、不足ないよう遠慮せずに飲め。そこの調査官の坊主もだ。子ども優先で、水分補給はしっかりしておけ」
あまりな言いように思わず口を挟んだ。
「黄蓋! 私はともかくアスアドは第二王子だ。粗末に扱うな」
しかしアスアドはまったく意に介していない。遠くから軽く手を振る様子だけが見えた。
「わかったよオッサン! 俺は平気。皆に行き渡れば、タマにも少しやれるかな」
少し離れたところから聞こえるアスアドは完全に悪戯っ子の様相を呈している。イスハークの困惑した声も聞こえた。
「わ、私は従者ですしあとで結構ですよ」
ぬっとイスハークの後ろに黄蓋が立った。
「そう言わず早めに貰っておけ。子どもってのは、何かと脆い。お前らがそう思わなくてもな。子どもってのはいつも元気でいるのが仕事ってもんだ。そしてそれは大人が整えなけりゃいけない。――わかるな?」
「は――はい」
クマのような黄蓋には、イスハークも怖じたのか顔を引き攣らせた。
「しかし――止む気配がないな」
洞窟の外に目を向けた。
風はますます強くなる。
洞窟内を吹き抜ける風が、ひょお、と悲しげな声を上げた。
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