不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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九十八、王の選定(11)

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 あれから、四時間が経った。

 一時は風も砂も酷く、洞窟の中にまで舞い込んだが、ようやく外は静かになりつつある。

 今は少し風が吹いている程度だ。

「どうやら止みましたかね」

 調査官長が、洞窟の外へと出た。
 黄蓋も洞窟の入口を頭を低くしてくぐる。

「空も晴れて来ている。そろそろ出発しても良かろう」

 調査官は溜息を吐いた。
 予定通りいかなかったことに対する、無念の吐息だった。

「十八時。終了の時間です。黄都軍部おうとぐんぶでの食事はどうしましょうか。先方は、どちらでも構わないとのことです」

 黄蓋は僕を振りあおぐ。
「若。我らは黄都軍部おうとぐんぶの近くを通って帰還します。寄ったとしても遠回りすることにはなりませんぜ。腹も減ったことですし……。若、ワシの古巣に参るとしましょうか」

 僕はうなずいた。
「それならば、お邪魔しよう。皆疲れているだろう。少し遅くはなるが、休憩しながら帰ろう。それで良いだろうか?」

 部下たちは疲労が溜まっているようだが、皆、肯定こうていの意を示した。空腹で帰宅するよりも、少しでも何か腹に入れた方が良い。

 調査官はアスアドの陣営にも話をしに行き、やがて戻って来た。

「アスアド様たちは、直接宮殿にお帰りになるとのことです。こちらは王宮黒都までと、黄都軍部おうとぐんぶとのほぼ中間地点。黄都軍部おうとぐんぶに行けばそれだけ遠回りになりますから、致し方ありません。別行動となりますが、よろしいでしょうか」

「構わんさ。黄都軍部おうとぐんぶはワシの故郷みたいなもんだ。顔見知りも多いから、どうとでもなるだろう」

 調査官は空を見上げた。
「晴れましたね」
 曇天かと思われた空の頭上には、憎らしいほどの満天の星が広がっていた。


* * *

 黄都軍部おうとぐんぶでは、歓迎を受け用意された食事を平らげた。
 そんな中で、ひととおり済み、談笑が始まったところで、僕はすずみに外へと出た。

 昼間の砂嵐が嘘のように、空はみ切っている。
 乾いた砂の匂いを、ひときわ強く感じた。

「少し寒いか……」
 風で横髪が舞う。急に冷えた温度に、両腕を擦った。
 見れば、黄蓋が門前で酒杯しゅはいかたむけていた。

「黄蓋。こんなところで何をしている」

 声を掛けると、まったく素面しらふのように見える黄蓋が振り向いた。
 砂に直接胡坐あぐらを掻き、大きく太腿を叩く。

「若。どーですこちらで一杯。生憎あいにく朧月夜おぼろづきよだが、酒は美味い」
 がはは、という粗暴な笑い声にも、既に慣れたものだった。

「それは結構だが、帰りに酔い潰れることがないようにしてくれ」

 歌うように黄蓋は言う。
「ご心配に預かりまして、恐悦至極きょうえつしごく。若、どうぞ黄蓋の隣に」
馬鹿者ばかもの。もう酔っているだろう」

 黄蓋はおとがいを横に振る。何かひどく重いものを諦めた顔つきをしていた。
「いいや。この満天の星の下でも、なかなか気持ち良くは酔えやしませんな……。若も一杯どうです」

 僕はいよいよ半眼になって黄蓋をにらみつける。
「僕はまだ未成年だ!」

「――そいつァ残念だ……」

 黄蓋の消え入るような声に、少し焦る。いつもうるさいほどの、底抜けに明るい黄蓋ではなかった。
 手酌てじゃくをする黄蓋の横にすとんと腰を下ろす。

「また成年したら何杯でも飲んでやろう。だからそう落ち込むな」

 黄蓋は淡く笑って、僕の頭を犬猫のようにわしゃわしゃとでた。
 寒いからと僕はおもむろに座り直すと、膝を抱いた。

「なぁ、黄蓋。僕は『王の器』ではないのだろうか」

 まるで独白のような台詞に、黄蓋は茶々を入れなかった。ただ、続きをうながすように僕の声に耳を傾けている。

「僕は今日、一匹の虎を見殺しにしようとした。弱肉強食じゃくにくきょうしょくと自然の摂理せつり。可哀想だが、その生態系を人間が踏み荒らして壊すべきではないと思った。連れ帰って、虎が大切な人を傷つけないとも限らない。あの虎を見捨てることに、いささかの躊躇ちゅうちょもなかった。

だが、アスアドは違った。衰弱した虎を助け、調査官のイスハークでさえも、アスアドを己の王として選んだ……。僕は、広い器を持たない。『王の器』として相応しくないのかもしれない。僕は、何か王としての資質が足りないか――器が、小さいのでは、ないだろうか」

 もやもやを、一気に吐露とろする。
 以前から気になっていた、義弟アスアドとの資質の差。

 今日初めて、それが顕在化けんざいかされただけだった。

 黄蓋の言葉を、僕は最後の審判を祈るように、待った。
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