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二、螢華国
百四十九、螢華国 帝都
しおりを挟む二日間、僕たちは言葉少なに港町を通り抜けた。
状況はどの街も変わらない。
帝都へ続く他の街も、もぬけの殻だった。
漸く大勢の人が確認出来た頃には、そこは帝都の近郊だった。
アルは渋面を作っている。
「一体どういうことだ。これは……」
イスハークも、表には出さないが、動揺しているようだ。
「流石におかしいですね……。あの老婆は『砂漠の薔薇』の所為だと言っていましたが、薬物だけであれば、これほどまでに街から人が消えることはありません」
サディクも思うところがあるらしい。
「帝都に入り、後宮に入るところまで同行したあと、オレはバハルへと戻ります。帰路で情報収集をして、また詳細ご報告致します」
「頼んだぞ。サディク」
「御意」
漸く辿り着いた螢華国は、これまでの静けさとは打って変わって、目の醒めるような、鮮やかな建物や行き交う人々で、溢れていた。
「うわぁ……!」
螢華国の街並みは、景観保持の為、以前のまま保たれているらしい。
灰と茶の石畳の中、ひと際明るい色の石が、まるでカーペットのように紫禁城へと伸びていた。
バハル国の王宮もひけを取らない広さと大きさだが、遠くに見える紫禁城の佇まいに圧倒されてしまう。
「では、私はこれにて」
行き交う人混みの中、サディクは膝を突き主に挨拶をする。
「ああ。ご苦労だった。戻ったら、ひとまず旅の疲れを癒してくれ」
「サディク。無事に戻るのですよ。無茶はくれぐれもしないこと。良いですね」
アルとイスハークから口々に心配されているサディクは、やはりまだ年齢的に若いからかもしれない。
「サディク。ありがとう。一緒に来てくれて本当に助かったよ。帰り道も気を付けてね」
サディクは、僕にも膝を突いたので恐縮してしまう。
「勿体なきお言葉。天宮様にも、どうか神の御加護がありますよう」
門前でサディクを見送って、さあと皆で一歩踏み出そうとしたときだった。
「蟲毒……蟲毒チャン、何と麗しいネ。だれが勝つかネ~~?」
小さな壺を持った青年が、緩み切った表情で、その中身を見つめていた。
うぇへへ、と男は恍惚とした表情で壺へと頬ずりする。
「鼈甲のようなその背、敵へと粘液を放つ節足……。精彩的!」
僕たちは本能的に足を止めた。
というよりも、門前をその青年がそわそわと行きつ戻りつしていて、通れないのだ。
「イスハーク……蟲毒って確か……虫の……」
僕が青ざめながら小声で尋ねると、イスハークも周囲には聞こえぬよう、引き攣りながら返した。
「あらゆる虫類を同じ入れ物に入れ、その勝敗を競わせる、呪いの道具でございますね……」
「大陸ともなると、変わった者が居るものだな」
アルはけろっとしているが、イスハークも僕も昆虫類が得意ではない。
「とりあえず、目立たぬよう脇をすり抜けましょう……」
イスハークにしては消極的な案ではあるが、僕もそれには賛成だ。
男の行動は怪しさ満載だが、風体だけ見れば、相当のイケメンの部類に入るだろう。
長く青い髪を無造作に結い上げ、先の方は緩い三つ編み。色付きの丸眼鏡に通った高い鼻梁。病的なまでの色白さと、それにそぐわぬ細いが均整の取れた身体にすらりとした四肢。濃い藍色の長袍には、龍の紋様が入っている。黙っていれば、雑誌から抜け出て来たモデルのような青年だった。
こそこそと、門と一体化するように通ろうとした僕と、青年の目が合う。
「不准!」
咄嗟のことに、何か強い制止を促されていることがわかる。
「ブ、ぶぅちゅん……?」
僕たちが異国人であることがわかったのだろう。男は言語を切り替えた。
「私の許可なくこの門を通ることは出来ないネ。見たところ、妃候補か?」
青年は、僕へと至近距離まで顔を近づけて、まるで検閲でもするかのような、射るような視線で僕を眺め回した。
(ち、近いよ……!)
これほど至近距離で顔を見たことがあるのは、アルしかいない。
軽く押されれば唇が触れ合いそうな距離に、思わず僕は後退った。
くん、と男は僕の匂いを嗅いだ。
「やはり妃候補だネ。どーにも何だかおかしな連中に見えるが……。まあ構わないネ。使用人は妃とは別の門から入るヨロシ」
僕より美形のアルとイスハークには目もくれず、シッシと追い払うような手の動きだ。
アルは、僕と男の間に割って入った。
「貴様。俺たちは、姫付きの従者だ。引き離される謂れはない。それに、姫にあまり近付かないで貰おうか」
丸い眼鏡の下で、男は形の良い唇をにぃと歪ませる。
「原来如此。私は、龍藍炎。王直属の配下で、妃管理を任されている。後宮では、私の言うことは絶対だ」
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