冷たい桜

shio

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第五章

二、事件の真相2

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「え?」

 香乃は、声高に聞き返した。何度も目をぱちぱちさせる。

「それは、先ほどお答えしました。夫のお墓には、一切触れていませんと――――。お忘れですか?」
「いや、忘れてはいませんよ。しっかりと覚えています。けれど、そう考えるにはおかしなことがあるんです。貴方が、昭雄さんのお墓に行っていなければ、辻褄が合わないということが起こります」

「それはどういう――――?」
 香乃はさっぱり分からない様子だ。

「まず、昭雄さんの遺体です。私は、霊媒をするに当たって、遺体に何かが憑いているのだと思っていました。しかし、現場に行ってみて、憑いているとしたら桜の木か、昭雄さんの遺体だと感じました。どちらなのか悩みました。対象を特定出来ないと霊媒出来ませんから……。しかし、もし桜の木に憑いているとしたら、決定的におかしなことがあったのです。

遺体が墓から桜の木の下にまでどうやって来たのか。それが問題でした。幾ら桜の木と言えども、離れた遺体を掘り起こして持ってくるなどという遠隔操作は出来ないのです。遺体本人に憑いていれば、遺体が桜の木の下にまでやって来たわけが、何とか説明出来ます。――その理由は分かりませんでしたが。なので、私は最初の霊媒を、遺体に憑いているとみて決行しました」

 香乃は真剣に話を聞いていた。疑う素振りは微塵も無い。

「ですが、その霊媒には失敗しました。対象を間違っていたのです。憑いていたのは、桜の木にでした。すると、どうしてもおかしな問題が一つ残る。遺体はどうやって桜の木の下にまで来た、、、、、、、、、、、、、、、、、、のか? こうなると、もう霊だけでは説明がつかない。人間が運ぶ以外はね」

「人間が……?」
 香乃は怯えた目で上島を見た。手が小刻みに震えている。ウエッジウッドのカップが、ソーサーとぶつかり合って神経質な音を立てた。

「心当たりが?」
「いえ、全く……」
 香乃は、震える手を、もう片方の手で包み込んだ。

「昭雄さんの遺体を運んだのは、香乃さん、貴方だと思います」
 上島は核心に触れた。香乃が目を剥く。

「そんな……何を根拠に」

「貴方は、私に言わなかったことがあった。故意にかどうかは分かりません。貴方は、昭雄さんが亡くなった理由を、『末期の癌』だと仰いました。けれど、昭雄さんが亡くなった理由はそうではなく、自殺だったのではありませんか?」
「!!」

 香乃は驚愕していた。血色の良かった頬が、一気に青ざめていく。

「何故……ご存知なのですか」
 上島は俯いた。この期に及んでも、まだ言いたくないという思いがある。だが口は意志に反するように、言葉を発した。

「気付いたのは、二回目の霊媒のときです。あの桜の木では、昔からたくさんの方が首を吊って亡くなっています。本当に、何十、何百という方が、樹齢三百年のあの木に首を吊って……。

霊媒のとき、その霊を見ました。その中で、よりはっきりと姿を現した男性がいました。どこかで見た、と思ったのです。男性は何かもの言いたげに、私を見ていました」

 上島は立って、棚の上にある写真立てを手に取った。
「この男性でした。この人は貴方の夫、小笠原昭雄さんですね」

 奇妙な沈黙が流れた。香乃は、唇をわななかせ、何も言えないようだった。

「おそらく、末期の癌というのは、嘘ではなかったと私は考えています。小笠原昭雄さんは、自分が末期の癌だと分かって、自殺したのではないですか?」

 香乃は、張り詰めた表情をふっと解いた。

「はい……。夫は、自殺でした。私が上島さんにそう申し上げなかったのは、夫を自殺だと認めたくなかったからかもしれません……。最期まで一緒に居ようと思っていたのに、それでは迷惑をかけると、あの人は……!」

 香乃は両手で顔を覆った。

「貴方は、昭雄さんのことを大切に思ってらしたんですね……」

「愛していました。何故……あの人が死ななくてはならなかったのか、今でも分かりません」
 香乃は涙ながらに言った。

「そうでしょうね――――昭雄さんの遺体を、桜の下に運ぶほどです」

「上島さん、それは私ではありません。本当に、そんなことはしていないのです。信じて下さい」
 上島は、沈痛な面持ちで頷いた。

「そうでしょう。勿論、貴方のせいではないし、貴方を責めるつもりはありません。記憶にないのも当然です」

「……すみません、仰る意味がよく――――」

「香乃さん、貴方は夢遊病です」

「――――え?」
 香乃は思いもかけなかったことを言われて固まった。上島は続ける。

「夢遊病、という言い方は語弊があるかもしれません。ですが、そうだと思います。香乃さん、事件が起こる前、小学校に行きませんでしたか?」

「い、行き――ました。三月の中頃……事件の二週間前です。その日は身体の調子も良かったので、少し散歩を……」

「そのとき、貴方は桜の木を見かけましたか?」
「はい……。もうすぐ桜の季節だと思い、木を暫く見ていました。まだ蕾だったので、早く咲かないかなぁと」

「そこがご主人が亡くなった場所だとは考えましたか?」
「そういえば……あのときは考えていませんでした……。何故かしら……」

 上島は、ようやく百パーセントの自信が持てた。香乃は、間違いなく桜の木に惑わされていたのだ。

「香乃さん、貴方は、桜の木に幻惑されていたのだと思います。突拍子もないことを言う、とお笑いになっても結構です。ですが、あの桜の木は、樹齢三百年の化け物じみた木です。今までに、何百という人の首吊りに使われています。殆ど、悪霊のようなものです。

私が思うに――昭雄さんも、桜に惑わされたのではないかと。自殺願望が少しでもある人が、あの桜に近付けば、たちまち首を吊ってしまうほどのものです」

 香乃の目は、まだ真実かどうか決めあぐねているようだった。無理もない。こんな話は信じられないのかもしれない。

「物的証拠が何もないのは不安でしたので――失礼ながら、勝手に小屋に入らせて頂きました」

「小屋に?」

 小屋とは、小笠原の屋敷に併設されている、小さな建物である。そこは、園芸が趣味の香乃らしく、ガーデニングに使う鉢や、スコップなどがたくさん置いてあった。

「一番大きなスコップを、調べさせて貰いました」
 上島は瓶を取り出す。

「こちらが、墓の土です。こちらが、貴方のスコップについていた土です。これらの成分を、専門家に調べて貰いました。貴方は先ほど、あのスコップは自分しか使わず、且つ庭でしか使わないと言った。けれど、見て下さい。この二つの瓶の土は、全く同じ成分でした」

 鑑定書を取り出して、香乃に渡す。そこには、ぴったりと重なりあった二つのグラフがあった。同じ土である確率、九九・三七パーセントと記されている。

 香乃は呆然とその用紙と瓶を見比べている。
「信じる、信じないは、自由です。私の出した結論に、反対なさっても構いません。とにかく、私が、霊媒の結果出した結論は、以上です」
 上島は深く息をついた。一気に話したので、喉が渇いた。紅茶を飲むと、とっくに冷めていた。

「――元気になったのよ」
 ぽつりと香乃が言う。

「最近、私、ようやく元気になったのよ。夫が死んでから、精神科にも通ったわ。やっと、自分は大丈夫なんだと思うことが出来たのに――――あの事件を起こした犯人は、私……?」

 ぱたぱたと涙が床に落ちた。

「貴方の傷は、おそらくまだ癒えていない。最近元気になったという話ですが、貴方は、意識下の辛さを、無意識の中に押し出してしまったのだと、思います。無意識の中で肥大して、昭雄さんの死を認めたくないという気持ちが強くなってしまった。無意識下に抑圧された貴方の思いは、桜に利用された」

 上島は息を吐いた。
「誰も悪くありません。誰も――――……人の思いが交錯して、こうなってしまったのです」
 香乃は、濡れた頬で顔を上げた。

「だから、貴方も悪くないのです。何も悪くない。貴方は、昭雄さんを愛していた。ただ、それだけです」
 上島は、香乃に言い聞かせるようにゆっくりと言った。それはさながら、自分に言い聞かせているようでもあった。

「では、霊媒の結果も伝えたことですし、私はここで失礼させて頂きます」
 上島は、香乃に一礼する。重い扉を開けて、廊下を歩き出した。

「上島さん!!」
 香乃が、部屋から転がるようにして飛び出してきた。

「――夫は、夫はどんな様子でしたか……!?」
 上島は振り返って、微笑んだ。

「満足そうにしておられました。怨みなどは一切抱いておられませんでした。優しげで、柔和な目元で、笑っておられました。彼は確かに――――幸せでしたよ」

 香乃がその場でくずおれた。

「昭雄さん……昭雄さん………!」

 飽くことなく、香乃は何度も名前を呼ぶ。

 亡き夫が、生前幸せであったこと。それは、彼女にとっての、唯一の救いであったのかもしれない。そして、死後迷いなく成仏してくれること。近しい者にとって、それは最後の望みなのだろう。

 香乃の泣き声を背に、上島は歩き始めた。彼女も、きっとこれから一歩を踏み出すことが出来るだろう。桜に狂わされた二人が、ようやく呪縛から解き放たれるときが来た。

――――遅咲きの春がやって来たのだ。

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