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第五章
三、事件の真相3
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「小笠原香乃さんが……。そうだったのか……」
神楽と、久しぶりに外に出て、喫茶店に入った。お洒落なカフェだった。
モノクロを基調とした内装で、中には観葉植物や、アメリカのセピア色のポスターなどがある。外装は赤茶の煉瓦で、全体に大人びた雰囲気のカフェだった。
カフェの名は『カサブランカ』。
雑誌などには一切載せていないにも関わらず、口コミで繁盛している。神楽が、患者から紹介してもらった店だという。平日なので、普段は込んでいそうなところだったが、どこかひっそりとしている。
「ああ、俺も、まさかと思ったが……。決定的なのは、桜の木から現れた霊たちの中に、昭雄さんが居たことだ。あの木で首を吊らなければ、桜の木から霊が現れることはありえない。昭雄さんの死因が癌と聞いていたから、おかしいと思ったんだ」
コーヒーが運ばれてきた。この店の一番のお勧めは、コーヒーだ。どこから輸入した豆を使っているのか、すこぶる美味しい。味は、苦味も酸味も少なめなのに、こくのある味だ。何杯でも飲みたくなる。
看板娘であるウエィトレスが去ると、会話を再開した。
「しかし……気の毒だね。夫が亡くなったことを、何年も立っているのに、受け入れられないなんて……」
「まあな……。俺なんかにしちゃ、羨ましいけどな」
「勇朔……」
「何だよ」
「結婚したいのかい?」
勇朔は言葉に窮した。
「何でそうなる」
「違うのかい?」
「全然違う」
神楽は、秀才で、頭がキレるくせに、どこか抜けている。
「何だ、勇朔が結婚したいのなら、僕の広いコネクションを使って、お嫁さん探しをしようと思ったのに」
悪気なくにこにこと言う神楽に、上島は頭を抱えた。
「自分の心配をしろよ。お前は、俺の親戚の伯母さんか」
「まあ、でもそういうわけだ。一件落着したってことだな」
しかし、神楽はふと不安そうな表情を見せた。
「でも、君の記憶は……。そして、『朔』の属性は……」
「霊媒師は、続けようと思ってる。やめて何が残るような俺でもないしな。前より強い力が宿ったんだから、霊媒は楽だろうな」
それは事実だった。今や、上島は霊媒師の頂点の能力を持つ。
「勇朔、君の記憶は、戻ったのかい?」
神楽が不安を吹っ切ろうとするように、微笑んだ。
しかし、上島は淡く微笑むだけで、答えようとはしなかった。
蓮北小学校は、静かだった。あんな事件があった後だ。休みの日ということもあって、わざわざ学校に来る者はいないのだろう。
学校側の指示で、校庭で遊ばないように言われているのかもしれない。
上島は、ラストスパートと言わんばかりに降り注ぐ桜を見つめた。この桜が、三百年ものあいだ、人々を狂わせてきたのだ。そう思うと、ぞっとするような、それでもまだ不思議な気もした。
「こんなところで、何してるの? ゆうちゃん」
「郁子さん」
突然声をかけられて振り返ると、郁子が立っていた。
今日は春らしい、桜色のワンピースだった。お揃いのカーディガンも着ている。色も上品で、大人の女性が着てもよく似合った。しかし、いつもの郁子の趣味ではない。
「今日は、いつもとイメージが違いますね。イメチェンですか」
上島が言うと、郁子は肩をすくめて笑う。
「いいでしょう、これ。私の趣味ではないけれど、センスは良いわ」
大事そうに、そのワンピースを撫でた。どうやら大切なものらしい。
「この間の事件、どうだった?」
「ええ。何とか解決に導けました。霊媒に失敗したときは、死ぬかと思いましたけど」
郁子は視線を落とした。何かを案じているような表情だ。
「この桜の木で、どれだけの人が命を落としたか……。私も、この木のおかげで、たくさんのものを失ったわ」
郁子は、手で、太い幹に触れる。
不意に上島が言った。
「それは、俺のことも含めてですか? 姉さん」
神楽と、久しぶりに外に出て、喫茶店に入った。お洒落なカフェだった。
モノクロを基調とした内装で、中には観葉植物や、アメリカのセピア色のポスターなどがある。外装は赤茶の煉瓦で、全体に大人びた雰囲気のカフェだった。
カフェの名は『カサブランカ』。
雑誌などには一切載せていないにも関わらず、口コミで繁盛している。神楽が、患者から紹介してもらった店だという。平日なので、普段は込んでいそうなところだったが、どこかひっそりとしている。
「ああ、俺も、まさかと思ったが……。決定的なのは、桜の木から現れた霊たちの中に、昭雄さんが居たことだ。あの木で首を吊らなければ、桜の木から霊が現れることはありえない。昭雄さんの死因が癌と聞いていたから、おかしいと思ったんだ」
コーヒーが運ばれてきた。この店の一番のお勧めは、コーヒーだ。どこから輸入した豆を使っているのか、すこぶる美味しい。味は、苦味も酸味も少なめなのに、こくのある味だ。何杯でも飲みたくなる。
看板娘であるウエィトレスが去ると、会話を再開した。
「しかし……気の毒だね。夫が亡くなったことを、何年も立っているのに、受け入れられないなんて……」
「まあな……。俺なんかにしちゃ、羨ましいけどな」
「勇朔……」
「何だよ」
「結婚したいのかい?」
勇朔は言葉に窮した。
「何でそうなる」
「違うのかい?」
「全然違う」
神楽は、秀才で、頭がキレるくせに、どこか抜けている。
「何だ、勇朔が結婚したいのなら、僕の広いコネクションを使って、お嫁さん探しをしようと思ったのに」
悪気なくにこにこと言う神楽に、上島は頭を抱えた。
「自分の心配をしろよ。お前は、俺の親戚の伯母さんか」
「まあ、でもそういうわけだ。一件落着したってことだな」
しかし、神楽はふと不安そうな表情を見せた。
「でも、君の記憶は……。そして、『朔』の属性は……」
「霊媒師は、続けようと思ってる。やめて何が残るような俺でもないしな。前より強い力が宿ったんだから、霊媒は楽だろうな」
それは事実だった。今や、上島は霊媒師の頂点の能力を持つ。
「勇朔、君の記憶は、戻ったのかい?」
神楽が不安を吹っ切ろうとするように、微笑んだ。
しかし、上島は淡く微笑むだけで、答えようとはしなかった。
蓮北小学校は、静かだった。あんな事件があった後だ。休みの日ということもあって、わざわざ学校に来る者はいないのだろう。
学校側の指示で、校庭で遊ばないように言われているのかもしれない。
上島は、ラストスパートと言わんばかりに降り注ぐ桜を見つめた。この桜が、三百年ものあいだ、人々を狂わせてきたのだ。そう思うと、ぞっとするような、それでもまだ不思議な気もした。
「こんなところで、何してるの? ゆうちゃん」
「郁子さん」
突然声をかけられて振り返ると、郁子が立っていた。
今日は春らしい、桜色のワンピースだった。お揃いのカーディガンも着ている。色も上品で、大人の女性が着てもよく似合った。しかし、いつもの郁子の趣味ではない。
「今日は、いつもとイメージが違いますね。イメチェンですか」
上島が言うと、郁子は肩をすくめて笑う。
「いいでしょう、これ。私の趣味ではないけれど、センスは良いわ」
大事そうに、そのワンピースを撫でた。どうやら大切なものらしい。
「この間の事件、どうだった?」
「ええ。何とか解決に導けました。霊媒に失敗したときは、死ぬかと思いましたけど」
郁子は視線を落とした。何かを案じているような表情だ。
「この桜の木で、どれだけの人が命を落としたか……。私も、この木のおかげで、たくさんのものを失ったわ」
郁子は、手で、太い幹に触れる。
不意に上島が言った。
「それは、俺のことも含めてですか? 姉さん」
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