悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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反乱

迫る影

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「全く……あいつら全員バケモノかよ……」

カムランは一人シャワーで汗を流しながらぼそりとつぶやく。
魔法をよけそこなって転んでできた擦り傷が少し染みた。

イグニスが強いのはこれまでの放課後の特訓で嫌と言うほど思い知らされていた。
俺の詠唱魔法よりも強力な無詠唱魔法を使ってくることも、少しでも詠唱する隙を与えてしまったら回避すら難しい魔法が飛んでくることも、身に染みている。

それより驚いたのはレヴィアナだった。
囮役として防御に徹していた夏休み前に模擬戦闘で戦った時と異なり、今日の積極的に攻撃を仕掛けてくるレヴィアナは、誰にも言えないけど背筋が震え、素直に対峙するのが怖かった。

(三賢者の娘の貴族……それじゃ勝てなくても仕方ねーよな……)

一瞬気持ちが弱い方に流れそうになる。
慌てて顔でシャワーの水を受け止めてそんなダサい考えを否定する。

(ちげぇだろ……レヴィアナもきっと頑張ってあそこまで強くなったんだ)

貴族の方が先天的な魔力が高いのは事実だ。
そこで勝てると思うほどもう自惚れてはいない。俺がどう逆立ちしてもイグニスやレヴィアナに魔力量で勝てるはずがない。

でも、あいつらはそれだけじゃない。
今日のレヴィアナの身のこなしは圧巻だった。
ノーランのあれだけの物量の無詠唱魔法を紙一重で躱しながら攻撃してくるなんて、生まれつきの魔力が大きいだけでできる事じゃ絶対にない。

俺が地元の同年代のガキたちと試行錯誤している間に小さなころから英才教育を受けてきたのだろう。
センスみたいなものも俺よりあるのかもしれない。

それに貴族ではないノーラン、アリシア、ナタリーにも圧倒されていた。
あの場所で一番弱いのは自分だった。

(地元じゃ誰にも負けなかったんだけどな)

シャワー室を後にして寮に戻り、イグニスの文字で埋め尽くされたノートに目を移す。
どのページを開いても俺には発想すらなかった魔法式や術式の構築の仕方がこれでもかと書き記されていた。

魔法の理解に対してどれだけ差があるのか分からないほどの差が俺とイグニスの間にあるのが嫌でもわかる。

今まで俺はこんな魔法の勉強なんてしたことはなかった。さらに「レヴィアナは俺様よりもきっと勉強してるぜ」の一言に俺は何も言えなかった。

魔力自体の量でも負けて、きっと才能でも負けて、さらに勉強量でも負けていたらいったいどうやって勝てるって言うのだろうか

『貴族様は何をやっても優秀だから』


イグニスに教えを乞うようになってから一つ決めたことがある。
もう斜に構えた言葉を口から出すのはやめた。

(100回嘆いて成長するならするけどよ)

あんな風に斜に構えていた口に出していた自分が恥ずかしい。大体そんな風にひねくれたところで俺とあいつらの間の実力差が変わるわけでもないのに。

「貴族も、あいつらも頑張ってるんだよなぁ――――」

「――――それじゃあ困るんだよ」

一人きりのはずの部屋から背中越しに声が聞こえる。
一瞬何が起こったかわからず、それでも背中を確認しようと振り返ろうとする。

「動くな、そして声も上げるな」

その声が聞こえた瞬間、触れられても魔法を使われた気配もないのに俺の体はピクリとも動かなくなる。指先すら動かせない。かろうじて視線を動かすことは出来たが、姿を見ることは出来なかった。

――――一体何が起こっているんだ。
――――この声は誰だ。
――――俺は何でこんな状況に陥っているんだ。

脳はぐるぐると思考を巡らせることは出来るが答えが出てこない。
何故だ?何故体がこんなに震える?何がそんなに恐ろしいんだ?

(何だこれ……震えが止まらない……)

心臓の鼓動が強く胸を打つ度に体の芯に氷を押し当てたような寒気が走る。

「そんな風に貴族に理解を示されても困るんだよ。お前は最後まで貴族と敵対して散ってもらわないと」

(何を言ってやがる…?それに一体俺の体どうしちまったんだ…?)

どう力を入れようとしても力の入れ方を忘れてしまったかのように動かない。でもまだ考えることは出来る、それに魔力も――――

「無駄な抵抗はするな。もうそんな弱い魔法を使う必要はない」

そう言われた途端、自分の中の魔力が四散していくのが分かる。
抵抗しようにも、ようやく覚えた無詠唱魔法を使おうとしても、魔力はただ自分の中を通り抜けていくだけで何の形を成すことも無かった。

(なんだ……なんだってんだ……!?それに……こいつの声……どこかで……?)

「大丈夫、お前にはもう、お前というキャラクターは必要ない。精々物語を進めるために踊ってくれ」

カツン、カツンと足音が近づいてくる。俺の首元に息がかかるくらいの距離でその人物は言った。

「じゃあ、さよなら、カムラン・エアリアルキャスト」

その声を脳が認識した刹那、俺の意識は完全に途切れた。


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