悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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テンペトゥス・ノクテム

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(あいつ……よくも……!)

ジェイミーは珍しく憤っていた。

(レヴィアナさんを攻撃させるなんて……)

何か声が聞こえたと思ったらレヴィアナさんを攻撃しないといけないと思っていた。
さっきまでは本当にそう信じていた。きっとミネットも同じだろう。

「ん?どうしたの?まだどこかおかしい?」
「いえ!なんでもないです!大丈夫です!」

レヴィアナさんに声をかけられ慌てて頭の中から余計な考えを振り払う。

「思ってることは一緒だよ、ジェイミー」

ミネットもこちらもみて強く頷く。毎日のようにミネットと一緒に必死に訓練したのはレヴィアナさんを攻撃するためでない。

「レヴィアナさん!」
「どうしたの?」
「今度は、今度は絶対に力になりますから!」
「そんなに気を張らなくても大丈夫よ。もしさっきのを気にしてるなら、あれはあなたのせいでもミネットのせいでもないわ。あなたが無事で良かった」

そうにっこりと笑いかけてくる。

「ほら、もう見えてきたわよ。合流しましょ!」
「はい!」

そこでは先ほどよりも強烈な魔法が飛び交っていた。

「レヴィアナ!大丈夫か!?」

セオドア先生が急いで駆け寄ってくる。

「ええ、みんな無事ですわ!ナタリーはマリウスが救護班の所へ届けてくれています!」
「さっきのは何だったんだ?」

セオドア先生が私とミネットを交互に見てそう尋ねる。

「テンペストゥス・ノクテムの精神攻撃だと思いますわ」
「はい、あいつの声が聞こえて、それに流されて返事をしたら頭の中がおかしく……」
「なるほどな……。俺は初めて見たが、俺たちは大丈夫なのか?」
「希望的観測ではありますが大丈夫でしょう。もし全員にかけることができているなら今ごともっとひどいことになっていますわ」
「それに、もし声が聞こえても安易に流されなければ平気だと思います!」

ミネットが声を上げる。

「はい、私もそうだと思います」

ミネットに合わせ、私もそう答える。

「それに、また気絶させれば回復させることも出来そうですし、私たちも攻撃に参加しますわ!」

そこからは私たちとテンペストゥス・ノクテムとの戦いは熾烈を極めた。

「防御はわたくしとガレンが対応しますわ!ほかの皆さんは攻撃してくださいまし!」

レヴィアナさんの指示に従い、魔法の詠唱を開始する。
テンペストゥス・ノクテムの繰り出す攻撃は苛烈だったが、レヴィアナさんとガレンさんが、テンペストゥス・ノクテムの攻撃が私たちに届かないよう細心の注意を払い、防御魔法を展開してくれていた。
おかげで戦いはこちらが優位に進んだ。

「猛威を振るう風の暴力、破壊の渦を巻き起こせ!無慈悲なる暴風、ガストストーム!」

先程の恨みを思いきり込めた風魔法がテンペストゥス・ノクテムを直撃する。テンペストゥス・ノクテムは私の攻撃だけでは何とも無い様に振る舞っている。
しかし態勢が崩れた瞬間、皆の魔法が一斉にテンペストゥス・ノクテムに襲い掛かる。

『むぅ……小癪な……っ!』

テンペストゥス・ノクテムが攻撃態勢に入り、黒い弾を周囲に展開して反撃しようとする。

「エレクトロフィールド」「ストーンバリア!」

間髪入れずにレヴィアナさんとガレンさんお防御魔法が重ね掛けされ、テンペストゥス・ノクテムの攻撃を阻む。
私たちは安心して次の攻撃の詠唱を開始する。

(いける……!)

初めてあの塔から出てきたときはあんなにも怖くて足が竦んでしまったテンペストゥス・ノクテムを追い詰めている。
セオドア先生、イグニスさん、ノーランさんの火魔法が一気に攻め立てる。マリウスさんも合流し、セシルさんと一緒に責め立てる。

(このままならきっと倒せる……!)

「もう一発!」

全力のガストストームをテンペストゥス・ノクテムにぶつける。

(よしっ!)

直撃した。初めてテンペストゥス・ノクテムがぐらついたように見えた。全身が傷で覆われているのも見える。

(行ける!!)

『――――ふむ……」

一瞬テンペストゥス・ノクテムの動きが止まった様に見えた。そして次の瞬間には目の前から姿を消していた。
辺りを見渡すがテンペストゥス・ノクテムの姿が見当たらない。
その刹那、急に身体の力が抜けるような感覚に陥り、そのまま地面に倒れこんでしまった。

(何が起きたの……?)

ゆっくりと顔を上げるとそこにはテンペストゥス・ノクテムの姿があった。

(どういうこと!?なんで体が動かないの!?)

『お主は先ほどの幻想体だな』

テンペストゥス・ノクテムが話しかけてくる。必死にもがくが体はピクリとも動かない。

(さっきまで私の前にいたのに……まるで瞬間移動したみたいだった……どういうこと……?それになんで私は動けないの……?)

『お主の目標はレヴィアナを倒すことでは無かったのか?』
「ふざけないで!なんで大好きなレヴィアナさんを攻撃しないといけないのよ!もう絶対にさっきの変なのにはかからないから!」

身体を必死に起こそうとする。でも身体が重くてピクリとも動かない。魔法を唱えようとしても魔法の唱え方が分からなくなってしまった様に詠唱自体ができない。

かろうじて動かすことができる視線で辺りを確認するが、私以外の人がいなくなってしまっているようだった。

そんな疑問をよそにテンペストゥス・ノクテムは私の顔を覗き込みそのまま目の前にしゃがみ込む。そしてゆっくりと私の頭に手を乗せ――

『なるほど』
「当たり前でしょ!」
『なら我のために働くが良い』
「ふざけないで!なんであなたのためなんかに――」

テンペストゥス・ノクテムがにっこりと微笑んだように見えた。

『我はレヴィアナじゃ』
「はぁ!?何言ってるの!?ふざけないで!!」
『お主は大好きな存在の事も忘れてしまったのか?』

テンペストゥス・ノクテムがそう言うや否や、急に頭が割れる様に痛み出した。

「ちがう!あんたはレヴィアナさんじゃない!」
『ほう……ならばよくみて見るが良い。我の顔、そして声を』

テンペストゥス・ノクテムの顔をまじまじと見つめるが、明らかにレヴィアナさんとは違う。

「違う……。ちがうの……、あんたなんて……!」

頭が痛い。割れるように痛い。レヴィアナさんはもっときれいな長い髪で、笑顔も素敵で―――それで羽が生えてて……?

『違う。そ奴はレヴィアナに化けた偽物だ。お主は騙されておる』
「ちがう……。ちがうの……、やめて!!これ以上何も言わないで……!!」

こいつの言葉を聞いていると頭が痛くなる。もうなにも聞きたくない、何も見たくない。
何も考えたくなくなって目を閉じる。
それでもテンペストゥス・ノクテムの声が脳に直接響いてくるようだった。

***

「ジェイミーから離れなさい!!」

テンペストゥス・ノクテムがジェイミーの近くに移動して何かをしようとしている。
慌ててサンダーボルトを放つとそのまま再び距離を置いた。

「やめて!!これ以上何も言わないで……!!」
「ジェイミー!?大丈夫!?」

またさっきの様な精神攻撃だろうか。もしそうならまた攻撃で気絶させる必要がある。念のため先ほどと同じようにライトニングチェインを使う準備を始める。

「いやっ、いやぁあああっ!!!!」

まるで何かに怯えるように両手で頭を抑えて叫び、ジェイミーの体が光に包まれた。

「ジェイミー!?」

光がおさまり、次第にその姿が露わになる。そこにはまるで別人のように変わり果てた姿があった。
私とお揃いにすると伸ばしていた髪が短くなっていて、眼の色も左目だけ金色に変色している。髪型だけではなく、立ち姿や雰囲気もすっかり変わってしまっている。

「ジェイミー……?」

呼びかけても反応がない。代わりにテンペストゥス・ノクテムが口を開いた。

『こっちにこい』
「はい!レヴィアナお姉様!」

ジェイミーが嬉しそうにテンペストゥス・ノクテム駆け寄っていく。

「ど、どういうこと!?あなた、今度はジェイミーに何をしたの!?」
『戻しただけだ』
「何訳の分からないこと言ってるのよ!ジェイミー離れて!」

そう言ってもジェイミーはこちらを見向きもせずテンペストゥス・ノクテムの傍で嬉しそうにしている。

「うるさいわね。あなた誰よ。気安く私の名前を呼ばないで下さる?」
「ジェイミー……?あなたどうしちゃったの、私よ!レヴィアナよ!?」
「何言ってるの?レヴィアナお姉様ならここに居るじゃない。ねぇお姉様」

ジェイミーはテンペストゥス・ノクテムに腕を絡めて甘えるように擦りよる。
あまりにも状況が分からず言葉を失ってしまった。

「それにそっちに居るのはアリシアよね?何?あなたまだ退学になっていなかったの?」

ジェイミーは見下すような視線をアリシアに向けている。どう見ても普段の彼女ではない。

「ミネット?あなたなんでそんな得体の知れない人間の近くにいるの?お姉様に言われたでしょう?あなたも早くこっちに来てアリシアを追い出すのを手伝いなさい」

ミネットと顔を見合わせる。

「あの本の姿と同じ……?」

誰かがそう呟いた。

『ふっ……。脆いな』
「がはっ!?」
「ガレン!?」

テンペストゥス・ノクテムが不意を突き、ガレンに黒い魔法弾を直撃させ、そのまま蹴り飛ばした。
突然の攻撃に誰も反応することができなかった。ガレンはそのまま遠くで倒れこむ。

「さっすがお姉様!」
「ちょっと……!ジェイミー!何してるのよ!!そんな奴の事レヴィアナさんだなんて!!」

ミネットが大声で抗議する。

「あなたこそ何言ってるのよ。それに髪も突然伸ばしちゃって、一体どうしたの?」

ジェイミーはミネットの言葉に聞く耳を持たない。
そしてそのままテンペストゥス・ノクテムに駆け寄り同じように腕を絡ませる。

(まさか……)

きっと私だけは彼女の姿に見覚えがあった。もしかしたらノーランも見覚えがあるかもしれない。そんな嫌な予感が頭を過るが、その予感を打ち消すかのように首を振った。
そんなはずはないと言い聞かせながら口を開く。

「あなた……ジェイミーに何をしたの?」

テンペストゥス・ノクテムは答える代わりに、とても下卑た笑い声を上げた。

「答える必要はないわお姉様。っていうかさっきからうるさいけどあんた誰よ。レヴィアナお姉様に気安く話しかけるんじゃないわよ。ムカついたから、アリシアと同じようにいじめてあげる」

そう言いながらジェイミーは一歩踏み出した。

(アリシア、いじめる、そんなバカな事……)

『察しの通りだ。書き換えた』

テンペストゥス・ノクテムからそんな無機質な声が響く。

『安心しろ。こやつ以外は何もせん。邪魔なあやつを除外できたしな』

テンペストゥス・ノクテムは吹き飛ばしたガレンのいる方を一瞥する。

『では、この試練乗り越えて見せよ』

今度ははっきりとアリシアを見据えそう言った。


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