悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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舞踏会

【高校生の頃の私1】

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夢。夢を見ている。高校生になった私の夢。

結局私はソフィアの言う通りの創造高等学校に進学することになった。

絶対に合格することはわかっていたので、合格発表の日も知らなかったし、合格したという結果だけを受け入れた。

創造高等学校への進学を決めた積極的な理由なんてない。
別に勉強をしたかったわけでもないし、何かやりたいことがあったわけでもないけど、どこか行きたいこともやりたいこともなかったので、何か時間がつぶせるものが欲しかった。

学校には生身で通うことにした。
これも特に意味のある行為ではないけど、まぁこれも暇つぶしの一環と言えば一環だ。

とはいえ実際に創造高等学校に通うとなると今住んでいるところから通うのは現実的ではない。
家を出て創造高等学校の近くで暮らすことを母に相談したら特に否定も反対もされなかった。まぁ、特に肯定もされなかったんだけど。

「何が必要なのかな?」
『生活に必要な基本的なものは全てそろっていますので特に必要なものはないかと思います』
「そっか、そうだよね」

最近ソフィアに質問することも少なくなった。
私に勉強の才能がないことはわかっている。
きっと私に向いていること、この先どう生きたらいいのかなんてソフィアに質問したら、本当に適切なものを提示してくれるんだろう。
まぁ、『今まで数えきれないほどの世界を救ってきましたし、世界を救うのがお勧めです。世界を救う才能があります』なんてよくわからないことを大真面目に回答されそうだけど。

結局ソフィアにこの質問をすることはなかった。

創造高等学校には私と同じように通学する変わり者が何人かいた。

「私はイグニスが好きかな」
「えー?ほんとかよ。あの俺様キャラってさすがに狙いすぎじゃない?」
「そうかなー?じゃあ誰が好きなのよ」
「俺は……、マリウスかな。あのクールでかっこいいところとかあこがれる。あとセシルの自由なところとか」
「あー、わかる」

入学式の時にたまたま隣になった子とそんな話をした。
私と同い年のはずなのに、その子はどこか大人びていてそれでいてかっこよかった。
初めてこの世界でセレスティアル・ラブ・クロニクルについて語ることができる友達だった。

「だから違うって!マリウスは本当はもっと明るい性格なんだって、絶対!」
「そうなの?でもいっつもなんか暗くて難しい顔してない?」
「それは家の教育のせいだって。そりゃ優秀な兄がいていっつも比較され続けたらあんな性格にもなるよ」
「まぁそれは私もそう思わなくもないけど、でもあのアリシアが一生懸命に作ったクッキーを『そんなもの作って何になるんだ』ってのは無くない?」
「いやぁあれはきっとうらやましかったんだと俺はにらんでる。きっとマリウスもああいったことにどこかあこがれてるんだよ」

そんな答えの出ない、益体のない会話は入学式から何日たっても続いていた。
この何もない、形を作ることもない、答えもないふわふわした時間が心地よかった。

「なんかさ?」
「何よ」
「うーん。まぁ、お前ならいっか」
「だからなによ」
「なんでソニックオプティカ使わないの?」

下駄箱で目の前を滝のように降る雨を2人で眺めているとそんな質問をされた。

「なんでって……。シェルターもってきてなかった時点であなたも一緒じゃない」
「まぁ、そうなんだけどさ」

少しの間目の前の雨を眺めて2人で会話が止まる。

「……シュレーディンガーの猫って知ってる?」
「名前くらいは知ってるけど。っていうか前教えてくれたじゃん」
「何となくさ、あれに質問するとデコヒーレンスが起きるような気がするんだよね」

腕を組みながらうんうんとうなずきながらそんなよくわからないことを言い出した。
この子は時々こんなことを言う。
はじめは面食らったけど、だんだんと慣れてきて、今では普通に会話みたいなものもできるようにはなってきた。

「そ。ソニックオプティカは観測すること自体を超越して、可能性の波動関数を崩壊させることなく、未来決定してる気がするんだよね。観測じゃなくてシミュレーションによって」
「でもシミュレーションもこの世界をもとにしてることでしょう?」


「俺もそう聞いたけど、でも俺たちは実際には何も観測していないんだ。でも、その結果をシミュレーションすることで、未来のある瞬間を具体的に予測してしまう。それがデコヒーレンスを引き起こすようなもので、逆に重ね合わせの状態が崩れて、一つの現実に定まる……とかさ、昔思ったんだ」
「うん、なに言ってるかよくわかんない」
「俺もわかんね。ただ言ってみただけ。でも、うん、たぶんこれが俺があんま使わない理由なんだと思う。セシルみたいに自由で居たいんだ」

時々遠くを見ながらそんな風に語る目は澄んでいて、なんだかとてもきれいだった。
そして、私よりも窮屈に感じているようにも見えた。

「あ、そうだ!知ってる?」

突然手をポンと叩いて私のほうを見てきた。

「だから何がよ。さっきから話飛びすぎじゃない?」
「ごめんごめん、今度新作出るんだって!」
「だーかーらー!何がよ」

少しだけもったいぶって、そして満面の笑みで友達は告げる。

「セレスティアル・ラブ・クロニクル」
「うそぉ!?」
「ほんとほんと。世の中には変わり者もいるんだなーって思ったよ」
「え?ってことは『永遠の絆』の続編ってこと?」
「そこまではわかんない。『星空の約束』のリメイクかも」

いずれにせよ、まだ『ゲーム』というものが世に出るということに心底驚いてしまった。

「あ、でも……」
「もちろん、ソフィアには聞かないわよ。発売されたら一緒に買いに行きましょ」

ソフィアに聞けばどんなゲームかも、それこそあらかじめその世界で楽しむこともできる。
でも、この『どうなるかわからない』ドキドキはもう少し大切にしたいと思った。

「お、そろそろ帰れそうかな?」
「そうね」

空は少しずつ明るくなり、傘を差すには不要な程度に雨が止んできていた。


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