悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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物語の終わり、創造の始まり

実紗希とアリシア_1

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(―――――あれ……?ここは……?)

あれ……柚季は……?それに、あれ?俺事故にあったんじゃなかったっけ……?

(痛っった……くない……?あれ……手が動く……あれ?足も……)

さっきまで全身傷だらけだった。
事故に巻き込まれて、必死に這って柚季を探して、やっと見つけたと思ったら私と同じくらい傷だらけで、もう目も閉じていて。

手をつなぎ、せめて最後は一緒にと思った瞬間、気が抜けたかのように意識が遠のいていった。

(どこだろう……ここ……。俺……死んだんじゃないのか……?)

どうやらベッドに横になっているようだ。
天井は見たことがない木材で作られているようだけどたぶんどこかの家だ。それに遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。
もしかしたらこれがいつかソニックオプティかが話していた天国っていうところなんだろうか。

(まずは柚季を探さないと……)

もしここが本当に天国で、今が死後の世界だというならとりあえずは動き出そう。
もしかしたら救助されたのかもしれない。
柚季がまだ生きているかもしれないという。
そして自分がまだ死んでいないんじゃないかという希望があった。
でも、それはすぐに打ち砕かれた。

「なん……っだこれ……」

起き上がり体を見て驚愕する。

自分のものではない子供のような小さく細い体がそこにあって、小さな手と足があった。
そして何より驚いたのが、あれほどボロボロだった体にある傷がすべて治っていたことだ。

「あ!おはよう。もう起きてたの?天気がいいからかしら?」
「え、あ、あぁ。おはよう……ございます……?」

目の前の椅子に座っている女性は俺が起きたことに気が付くとにこやかに話しかけてきた。

(あれ……この人どこかで見たことがある……?)

この赤い色の髪、そして温和そうなたれ目とぽってりした唇。

「もう、何寝ぼけてるの?今日はアリシアの大好きなオムレツよ?早く顔を洗ってきなさい?」
「……うん!わかったよ!」

この現実と夢がごちゃ混ぜになったような感覚には覚えがある。しばらく使っていなかったから忘れかけていた。

(そっか……俺は……)

自分がセレスティアル・ラブ・クロニクルの世界に転生したことを受け入れるのにはそう時間はかからなかった。
ずっとこれまで大切にしてきた世界、最後にソニカを使うとしたらそうしようと決めていたように、あの最後の瞬間、俺はきっとそう願ったんだろう。

(でも……やっぱりそうか……)

顔を洗いながら、心の中で『解除キー』を念じてもソニカからの応答はない。多分本当の俺はあの時死んだんだ。

「ふぃーっ」

鏡で自分の顔を確認する。
やはり何度見ても鏡に映っているのアリシアをそのまま小さくした表情をしていた。
自分が笑うと鏡の中のアリシアも笑う。
自分が困った顔をすると鏡の中のアリシアも困った顔をする。
なんだか自分なのに、自分じゃないみたいで面白い。

(うん。アリシアでよかった。)

何も問題はない。
もう現実世界でしたいことはなかった。そして、最後の最後にこの世界に来ることができた。
それもアリシアとして。
それは奇跡といってもいいほど幸せなことだった。
そして、多分きっと終わりがあるのも素晴らしいことだった。
いままでソニカを使ってきた時とは違って、今の俺の戻る先はない。

「俺……この世界で……って違うな」

思わず笑ってしまう。
この顔で、そして俺の中の『アリシア』も「俺」なんて言わない。

「ふふっ、俺……じゃなくて私、だよね」

自分を私と呼ぶなんて何年ぶりだろう。
いつからかマリウスを真似て始めたこの口調だったけど、きっとセレスティアル・アカデミーに行ったら本物のマリウスと会うことになるんだし、いまからちゃんと『アリシア』として生活しておいた方がいいかもしれない。

「うーん!……よしっ!」

ほっぺたを両手で叩いて気合を入れる。
これも『アリシア』がよく行っていたかわいらしいしぐさだ。まだ小さいからかぺちぺちと音が鳴ってしまうのがちょっと恥ずかしいけど、なんだかかわいらしかった。
こんな些細なしぐさでもヒロインは自然とかわいらしくなってしまうらしい。

「アリシア、早くしないと冷めちゃうわよ?」
「はーい!」

ソフィアに返事をして急いで食卓に向かおうとした。

――――ずべんっ

「うぁうっ」

振り向いて一歩踏み出そうとした瞬間、つんのめってしまい思いっきり転んでしまう。

「ど、どうしたの?」

慌てて駆け寄ってくるソフィアに涙ぐみながら答える。

「……痛い」

体が小さくなってしまったからかバランスを崩して見事に転んでしまった。
今までであればソニカのサポートをオンにしていればこんな事もなかったのに、今はそのソニカも使うことができない。

「もうっ、アリシアったらほんとにおっちょこちょいね。ほら、大丈夫?立てる?怪我してない?」

そういうとソフィアは頭をなでてくれた。優しく温かく懐かしい手だった。

「うん……ありがと。だいじょーぶ」

ソフィアの手を取って、今度はゆっくりと立ち上がる。
握った手が温かい。

(これが……母親?)

柚季の手を握ったときともまた違う、始めて体感するその感覚はとても温かくて心地よかった。
口にするのはなんだかくすぐったいけど、きっとこれが親からもらう愛というやつなんだろう。
たぶん今までのソニカの世界でも無意識に避けてきたこの存在からは、俺の事を全部受け入れてくれそうな、包み込むような温かさを感じた。

「アリシア?どこか痛いの?」

あまりに俺がソフィアの手を見つめていたからか、心配そうにソフィアが顔を覗き込んでくる。
ソレを口にするのはやっぱりとても恥ずかしいけれど、たぶん、俺の中の『アリシア』が背中を押してくれている。

「うん……ありがとう、お母さん!」

口から飛び出したその言葉は、自分でも驚くくらい自然と出てきた。
暖かさは辺りに充満して、その幸せな空気をソフィアも感じ取ったようだった。

「うふふ……もう、急にどうしたの?」
「なーんでもない」

ソフィアは照れたように笑いながら、もう一度俺の頭をなでてくれた。
俺がこの世界に来て初めて感じたのは、このすべてを優しく包み込んでくれるような安心感だった。


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