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本編
06
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はっとした顔で急に身を乗り出すから何を言うのかと思えば、そんなことだった。構わないと頷くと、にぱりと笑顔の花が咲く。
「私の名はアウルムだ」
「アウルム。僕はリティスだよ」
「リティスか。よろしくな」
「うん!」
可愛らしく微笑むリティスの耳がふるふると嬉しそうに揺れている。その動きに釣られて、思わず手が伸びる―――が、触れる寸前で我に返った。
触れれば、怖がられるかもしれない。この子のように可愛らしい獣たちはみな、私が触れようとすれば怯えてしまった。この子もそうかもしれない。嫌われるかもしれない。
それが恐怖が私を躊躇わせた。だが―――、
「ねぇ、撫でてくれないの?」
「え……?」
「……撫でてくれるのかと思ったのに」
リティスが、むぅ、と口を膨らませてそう言った。
上目遣いでこちらを見て、心底残念そうに。
―――撫でて、いいのか? 私がこの子を?
「いいのか……?」
私の問いにリティスはこちらを見上げたまま、ころん、と首を傾げる。
問いの意味がわからない、といった様子だ。
「触っていいよ?」
無邪気に笑ってそう誘われ、もう躊躇うことはなかった。あれほど触れることを切望したもふもふが目の前にあって、それも自ら「触っていい」と許しをくれたのだから。
まずはそっと髪に触れる。大地のような茶色の髪だ。よく見ると不思議な模様がある。獣の柄だろうか。
その感触は人の髪とも違う、柔らかな不思議な感触だった。指を差し入れて撫でると気持ちがよかったのか、リティスの耳がぺたりと折れる。
「ぅ、ん」
さらにはそんな甘い声まで聞かせてくれた。心地よさそうに長い尻尾を揺らしている。可愛らしい。
後頭部から首筋に掛けて撫でおろせば、尻尾がびりりと震えた。嫌だったのか、と思って顔を覗き込めば、目をとろりとさせて唇を震わせている。その顔は、私の中に違う欲を意識させた。
いや、私は何を考えているのだ。リティスはまだ子供だぞ。
「…………終わり?」
手の止まっていた私に、リティスが上目遣いで問いかける。
いや、その言い方はいけない。
そんな顔でそんなことを言っては「もっと」とねだっているようにしか聞こえない。勘違いだ、そうわかっているはずなのに―――もう、止まれなかった。
両手でリティスの頭をこちらに引き寄せる。髪の間に指を差し入れてわしゃりと撫でると、さっきと同じように翡翠石の瞳を潤ませてとろりとさせる。
「ぅ……ひゃッ」
そのまま、そっと獣の耳の根元に触れると高い声を上げた。びくりと体を震わせて目をぎゅっと閉じている。その顔は真っ赤だった。
「あ、ぁ……そこは、だめ、ッ」
指で挟むように耳を弄ると、私の腕の中から逃げ出そうと体を捩る。しかし、体格も筋力勝っている私の腕から逃げ出すことは叶わない。
「や、ぁ、ひゃぁ……!」
可愛い声に、私はさらに夢中になった。片方の手で耳を弄ったまま、今度は首元のもふもふに手を差し入れる。そしてその感触に息を飲んだ。
―――なんだ、これは。
もふもふとしているだけではない。しっとりと指に吸いつくような、恐ろしく魅了されるような感触だ。こんなに手触りの良いものには、今まで出会ったことがない。これが人間を虜にし、彼らを追い詰める原因になった、獣人の毛皮の魔力か。
私の中には冷静にそう考える自分と、リティスを撫でまわすことをやめられない自分とがいた。いけないと思いながらも、触れることがやめられない。
リティスは私が触れるたびに体を跳ねさせて、甘い声を上げた。小さな猫のようだったり、人を魅了する小悪魔のようであったり……リティスの見せる表情に、仕草に、声に……私の理性はだんだん失われていく。
「だめぇ……だめ、だってばぁ」
もう、リティスが何を言っているのか、私には判断すらできていなかった。夢中で頭と首元を撫でまわすだけ撫でまわした後は、ゆらゆらと揺れる尻尾を次の標的に定める。こちらも魅力的なまでにもふもふだった。
そして、そろりと尻尾の根元を撫でた瞬間、
「ぁああん!! もう、やっ!!」
びくり、とこれまでで一番大きく体を跳ねさせたリティスがつんざくような高い声で叫んだ。そのあまりに大きな声に私は一瞬で我に返る。
―――私は、いったい何を。
私の力が緩んだ瞬間を見計らって、リティスがぽいっと私の腕から飛び出した。
そのまま、驚くほど高く跳躍しかと思えば、私から離れた場所に音もなく着地する。さすが、獣人といったところか。感心する私だったが、くるりとこちらを振り返ったリティスの怒りの表情に思考を固まらせた。
「この―――アウルムの変態!!」
その叫び声は魔の森に木霊した。遠くでバサバサと鳥が飛び立つ音まで聞こえる。
―――へん、たい?
言われた言葉に唖然とする。そんな私を置き去りに、リティスはすごい速さで森の奥へと駆けていき、私はその背中をただただ見つめるしかなかった。
「私の名はアウルムだ」
「アウルム。僕はリティスだよ」
「リティスか。よろしくな」
「うん!」
可愛らしく微笑むリティスの耳がふるふると嬉しそうに揺れている。その動きに釣られて、思わず手が伸びる―――が、触れる寸前で我に返った。
触れれば、怖がられるかもしれない。この子のように可愛らしい獣たちはみな、私が触れようとすれば怯えてしまった。この子もそうかもしれない。嫌われるかもしれない。
それが恐怖が私を躊躇わせた。だが―――、
「ねぇ、撫でてくれないの?」
「え……?」
「……撫でてくれるのかと思ったのに」
リティスが、むぅ、と口を膨らませてそう言った。
上目遣いでこちらを見て、心底残念そうに。
―――撫でて、いいのか? 私がこの子を?
「いいのか……?」
私の問いにリティスはこちらを見上げたまま、ころん、と首を傾げる。
問いの意味がわからない、といった様子だ。
「触っていいよ?」
無邪気に笑ってそう誘われ、もう躊躇うことはなかった。あれほど触れることを切望したもふもふが目の前にあって、それも自ら「触っていい」と許しをくれたのだから。
まずはそっと髪に触れる。大地のような茶色の髪だ。よく見ると不思議な模様がある。獣の柄だろうか。
その感触は人の髪とも違う、柔らかな不思議な感触だった。指を差し入れて撫でると気持ちがよかったのか、リティスの耳がぺたりと折れる。
「ぅ、ん」
さらにはそんな甘い声まで聞かせてくれた。心地よさそうに長い尻尾を揺らしている。可愛らしい。
後頭部から首筋に掛けて撫でおろせば、尻尾がびりりと震えた。嫌だったのか、と思って顔を覗き込めば、目をとろりとさせて唇を震わせている。その顔は、私の中に違う欲を意識させた。
いや、私は何を考えているのだ。リティスはまだ子供だぞ。
「…………終わり?」
手の止まっていた私に、リティスが上目遣いで問いかける。
いや、その言い方はいけない。
そんな顔でそんなことを言っては「もっと」とねだっているようにしか聞こえない。勘違いだ、そうわかっているはずなのに―――もう、止まれなかった。
両手でリティスの頭をこちらに引き寄せる。髪の間に指を差し入れてわしゃりと撫でると、さっきと同じように翡翠石の瞳を潤ませてとろりとさせる。
「ぅ……ひゃッ」
そのまま、そっと獣の耳の根元に触れると高い声を上げた。びくりと体を震わせて目をぎゅっと閉じている。その顔は真っ赤だった。
「あ、ぁ……そこは、だめ、ッ」
指で挟むように耳を弄ると、私の腕の中から逃げ出そうと体を捩る。しかし、体格も筋力勝っている私の腕から逃げ出すことは叶わない。
「や、ぁ、ひゃぁ……!」
可愛い声に、私はさらに夢中になった。片方の手で耳を弄ったまま、今度は首元のもふもふに手を差し入れる。そしてその感触に息を飲んだ。
―――なんだ、これは。
もふもふとしているだけではない。しっとりと指に吸いつくような、恐ろしく魅了されるような感触だ。こんなに手触りの良いものには、今まで出会ったことがない。これが人間を虜にし、彼らを追い詰める原因になった、獣人の毛皮の魔力か。
私の中には冷静にそう考える自分と、リティスを撫でまわすことをやめられない自分とがいた。いけないと思いながらも、触れることがやめられない。
リティスは私が触れるたびに体を跳ねさせて、甘い声を上げた。小さな猫のようだったり、人を魅了する小悪魔のようであったり……リティスの見せる表情に、仕草に、声に……私の理性はだんだん失われていく。
「だめぇ……だめ、だってばぁ」
もう、リティスが何を言っているのか、私には判断すらできていなかった。夢中で頭と首元を撫でまわすだけ撫でまわした後は、ゆらゆらと揺れる尻尾を次の標的に定める。こちらも魅力的なまでにもふもふだった。
そして、そろりと尻尾の根元を撫でた瞬間、
「ぁああん!! もう、やっ!!」
びくり、とこれまでで一番大きく体を跳ねさせたリティスがつんざくような高い声で叫んだ。そのあまりに大きな声に私は一瞬で我に返る。
―――私は、いったい何を。
私の力が緩んだ瞬間を見計らって、リティスがぽいっと私の腕から飛び出した。
そのまま、驚くほど高く跳躍しかと思えば、私から離れた場所に音もなく着地する。さすが、獣人といったところか。感心する私だったが、くるりとこちらを振り返ったリティスの怒りの表情に思考を固まらせた。
「この―――アウルムの変態!!」
その叫び声は魔の森に木霊した。遠くでバサバサと鳥が飛び立つ音まで聞こえる。
―――へん、たい?
言われた言葉に唖然とする。そんな私を置き去りに、リティスはすごい速さで森の奥へと駆けていき、私はその背中をただただ見つめるしかなかった。
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