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本編
03
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五日後。僕はアウルムを観察していた。毛玉―――じゃない獣体で。
別にわざわざ会いに来たわけじゃない。
魔の森で小道でいつも通り転がっていたら、偶然訓練してる騎士を見つけて、偶然ついていったら、偶然アウルムがそこにいたってだけで。
うん、全部偶然だ。偶然偶然。
アウルムはやっぱり偉い人みたいだった。
みんなに隊長って呼ばれてたし、訓練の指揮を執っているのもアウルムだった。時々「鬼」だとか呼ばれてたけど、直接そんなことを言えるぐらいには仲が良いみたいだったし、好かれてるみたいだった。
何だかしんどそうで辛そうな訓練なのに、みんなアウルムに憧れてるみたいにどんどん挑んでいく。で、どんどん負けていくのに終わった顔はみんな清々しくて。
―――いいなぁ。
って、僕は何考えてるんだ。いいなぁ、って何!?
そりゃ、ちょっと楽しそうだったけど……
「こんなところまで出てきていて、いいのか?」
「―――ぴゃっ!」
「悪い。驚かせたか」
「…………アウルム」
振り返るとアウルムがいた。さっきまでの防具は脱いで、下に着ている薄手のシャツだけになっていた。それがすごくぴっちりしてるから、ムキムキの筋肉の線がはっきり見えて、僕は何となく直視できなかった。
獣人には上半身裸みたいなのもいるし、そんなのには全然慣れてるはずなのに。
それにしても、アウルムの気配は相変わらず読みにくい。人間は大体臭いし、気配を消したといっても大体はわかるはずなのに。まぁ、今のは僕も油断してたからなんだけど! 本当ならもうちょっとちゃんとわかる。たぶん。
「その姿でも話せるんだな」
「……うん」
「―――この間はすまなかった」
「え……?」
「あんな風に触れるつもりはなかったんだ。ただ……その、私は君のようなものに、触れさせてもらったことがなくて。それで……その、少し嬉しくなってしまって」
さっきまですごくかっこよかった隊長さんが、僕みたいな毛玉に向かってしゅんと萎れている。
あ、眉毛までへの字だ。もし、アウルムが獣人だったら、間違いなく耳はへにょりと折れて、尻尾はくったり力がなくなってただろう。
そんな想像をして、ふはっと噴き出した。
「っあはは、何、その顔」
「リティス?」
急に笑った僕に、アウルムが目を丸くしてきょとんとしてる。
その顔がまた面白くて、僕はけらけら笑いながら地面を転がる。
「だって、さっきまできりっとしててかっこよかったのに、そんな顔するんだもん。もー、僕怒ってたのに、そんなの笑っちゃうじゃん!!」
「えっと……すまない?」
「もーいいよ。いい。僕が触っていいって言ったんだもんね。尻尾はダメって言い忘れてた、僕もまぁ……ちょっとは悪いし?」
「尻尾が急所なのか?」
「根元はね……あんまり触られるのは嫌かなぁ。あ。先のほうならいいよ。ほら」
毛玉から尻尾を伸ばして、そろりとアウルムの腕を撫でる。
さっきまで剣を振るっていた、僕の太ももぐらいある太い腕。
前は長袖の下に隠れてたから、こうやって直接しっかりと見るのは初めてだ。
筋肉質でぼこぼこしてる。血管なんかも浮き出てて、男らしいかっこいい腕。僕の貧弱な腕とは全く違う感触が楽しくて、尻尾でするすると撫でて遊んでいると、アウルムの顔が急に険しくなった。
あれ? これって、もしかして。
「……アウルムって、触られるのは嫌い?」
「いや、違う」
「えっと」
「……いや、その、あまりにも触り心地がいいから」
「嫌じゃない?」
「それは絶対ない」
それならいいのかな、と再び尻尾を動かす。
ゆるゆると撫でたり、絡めてみたり、きゅっと力を入れてみたり。
そうしていると、何だかこっちまで気持ちよくなってくる。
「……っ、リティス、そろそろ」
「あ、ごめん。時間ない?」
「そうじゃないが……」
あれ? アウルムの顔、赤い?
今日も日差し強かったし、日焼けでもしたのかな?
「ところで」
「ん?」
「前に見た時も思ったが、その姿、虎か?」
「え? わかるの? いつも猫か、毛玉って言われるのに」
驚いた。正体を言い当てられるなんて。
僕は虎なのに、体が小さい。きっと今から大きくなるんだって信じてるけど、それにしたって小さい。だから、いつも初めて会う人には猫だって間違えられる。
一度で言い当てられたことは、実は一回もない。それもさ、結構ひどくない?
だからこれが初めてだ。嬉しくなって、いつも丸めている体をぎゅっと伸ばす。
腰をしならせて、んーっと背伸びするとしゃがんでいるアウルムの足に前足を乗せた。
「どうだ。かっこいいだろ」
「……どちらかと言えば、可愛い……だと思うが」
「ぶー」
「そこは『にゃー』ではないのか?」
「猫じゃないし!」
「っふ、ははは」
気の抜けたみたいな顔で、アウルムが笑った。綺麗な顔は黙ってると少し怖くて、話をしててもどこか表情がわかりにくいのに……こうして笑うと何だか可愛い。
一人と一匹、じゃれあうように話をして、ちょっとだけ触れ合って―――、笑いあって過ごす時間は、あっという間に過ぎていった。
別にわざわざ会いに来たわけじゃない。
魔の森で小道でいつも通り転がっていたら、偶然訓練してる騎士を見つけて、偶然ついていったら、偶然アウルムがそこにいたってだけで。
うん、全部偶然だ。偶然偶然。
アウルムはやっぱり偉い人みたいだった。
みんなに隊長って呼ばれてたし、訓練の指揮を執っているのもアウルムだった。時々「鬼」だとか呼ばれてたけど、直接そんなことを言えるぐらいには仲が良いみたいだったし、好かれてるみたいだった。
何だかしんどそうで辛そうな訓練なのに、みんなアウルムに憧れてるみたいにどんどん挑んでいく。で、どんどん負けていくのに終わった顔はみんな清々しくて。
―――いいなぁ。
って、僕は何考えてるんだ。いいなぁ、って何!?
そりゃ、ちょっと楽しそうだったけど……
「こんなところまで出てきていて、いいのか?」
「―――ぴゃっ!」
「悪い。驚かせたか」
「…………アウルム」
振り返るとアウルムがいた。さっきまでの防具は脱いで、下に着ている薄手のシャツだけになっていた。それがすごくぴっちりしてるから、ムキムキの筋肉の線がはっきり見えて、僕は何となく直視できなかった。
獣人には上半身裸みたいなのもいるし、そんなのには全然慣れてるはずなのに。
それにしても、アウルムの気配は相変わらず読みにくい。人間は大体臭いし、気配を消したといっても大体はわかるはずなのに。まぁ、今のは僕も油断してたからなんだけど! 本当ならもうちょっとちゃんとわかる。たぶん。
「その姿でも話せるんだな」
「……うん」
「―――この間はすまなかった」
「え……?」
「あんな風に触れるつもりはなかったんだ。ただ……その、私は君のようなものに、触れさせてもらったことがなくて。それで……その、少し嬉しくなってしまって」
さっきまですごくかっこよかった隊長さんが、僕みたいな毛玉に向かってしゅんと萎れている。
あ、眉毛までへの字だ。もし、アウルムが獣人だったら、間違いなく耳はへにょりと折れて、尻尾はくったり力がなくなってただろう。
そんな想像をして、ふはっと噴き出した。
「っあはは、何、その顔」
「リティス?」
急に笑った僕に、アウルムが目を丸くしてきょとんとしてる。
その顔がまた面白くて、僕はけらけら笑いながら地面を転がる。
「だって、さっきまできりっとしててかっこよかったのに、そんな顔するんだもん。もー、僕怒ってたのに、そんなの笑っちゃうじゃん!!」
「えっと……すまない?」
「もーいいよ。いい。僕が触っていいって言ったんだもんね。尻尾はダメって言い忘れてた、僕もまぁ……ちょっとは悪いし?」
「尻尾が急所なのか?」
「根元はね……あんまり触られるのは嫌かなぁ。あ。先のほうならいいよ。ほら」
毛玉から尻尾を伸ばして、そろりとアウルムの腕を撫でる。
さっきまで剣を振るっていた、僕の太ももぐらいある太い腕。
前は長袖の下に隠れてたから、こうやって直接しっかりと見るのは初めてだ。
筋肉質でぼこぼこしてる。血管なんかも浮き出てて、男らしいかっこいい腕。僕の貧弱な腕とは全く違う感触が楽しくて、尻尾でするすると撫でて遊んでいると、アウルムの顔が急に険しくなった。
あれ? これって、もしかして。
「……アウルムって、触られるのは嫌い?」
「いや、違う」
「えっと」
「……いや、その、あまりにも触り心地がいいから」
「嫌じゃない?」
「それは絶対ない」
それならいいのかな、と再び尻尾を動かす。
ゆるゆると撫でたり、絡めてみたり、きゅっと力を入れてみたり。
そうしていると、何だかこっちまで気持ちよくなってくる。
「……っ、リティス、そろそろ」
「あ、ごめん。時間ない?」
「そうじゃないが……」
あれ? アウルムの顔、赤い?
今日も日差し強かったし、日焼けでもしたのかな?
「ところで」
「ん?」
「前に見た時も思ったが、その姿、虎か?」
「え? わかるの? いつも猫か、毛玉って言われるのに」
驚いた。正体を言い当てられるなんて。
僕は虎なのに、体が小さい。きっと今から大きくなるんだって信じてるけど、それにしたって小さい。だから、いつも初めて会う人には猫だって間違えられる。
一度で言い当てられたことは、実は一回もない。それもさ、結構ひどくない?
だからこれが初めてだ。嬉しくなって、いつも丸めている体をぎゅっと伸ばす。
腰をしならせて、んーっと背伸びするとしゃがんでいるアウルムの足に前足を乗せた。
「どうだ。かっこいいだろ」
「……どちらかと言えば、可愛い……だと思うが」
「ぶー」
「そこは『にゃー』ではないのか?」
「猫じゃないし!」
「っふ、ははは」
気の抜けたみたいな顔で、アウルムが笑った。綺麗な顔は黙ってると少し怖くて、話をしててもどこか表情がわかりにくいのに……こうして笑うと何だか可愛い。
一人と一匹、じゃれあうように話をして、ちょっとだけ触れ合って―――、笑いあって過ごす時間は、あっという間に過ぎていった。
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