【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第6章 新たなスタート

28 夢遊

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 役割ごとに分かれて、作業を進めることになった。
 チームで借りたスタジオには今、純嶺すみれせんの二人しかいない。
 他の四人はそれぞれ作業を進めるべく、話が決まってすぐにスタジオから出て行ってしまった。振付組である純嶺たちの邪魔にならないように気を遣ってくれたのだろう。

 ――作業に、集中しないと。

 時間はあまりない。
 チームで練習する時間をできるだけ多く確保するためにも、そうしたい気持ちは山々なのに、純嶺はどうにも集中できていなかった。
 集中しないと――なんて、考えている時点でだめだ。
 ついさっきまでは振付を考えることが楽しみで仕方なかったはずなのに、スピーカーから流れてくる課題曲すらも耳を素通りしていくだけで頭に入ってこない。
 その原因は、隣にいる男だった。

 個人レッスン用とは違い、学校の教室ほどの広さがあるスタジオだというのに、染は純嶺のすぐ傍から離れようとしない。身体が触れ合うことこそなかったが、あと少しで触れる距離にいる染のことがなぜか気になってしまう。
 どうしてこんな風に意識しまうのか、わからなかった。
 困惑しつつ視線を落とすと、染の手が目に入る。
 中間審査の前日、自分に触れたその手の感触を思い出して、純嶺はふるりと身体を揺らした。

 ――なんで、こんなときに思い出すんだ。

 ずっと、意識せずにいられたのに。
 あれは医療行為のようなものだった。
 合宿に来る前にプレイルームでしたことと同じ、純嶺の持つSubの欲求と不安を解消するためだけの行為――それ以上の意味はないとわかっている。
 だが、理性の部分でいくらそう理解していても、本能までもがそうとは限らなかった。
 純嶺のSubの本能が、Domである染の存在を強く意識しているのがわかる。

 ――落ち着け。

 今はやるべきことがたくさんあるのだ。こんなことに乱されている場合ではないのに。
 薬はきちんと飲んでいる。
 いつもどおり、欲求はコントロールできるはずだと自分に言い聞かせるが、どうしてなのかうまくいかない。

「テーマは〔吸血鬼〕ねえ」
「……っ」

 いつの間にか、音楽は止んでいた。
 染がぽつりと呟いた声がやけに大きく聞こえて、過剰に反応してしまう。急に静かになったスタジオ内に、純嶺の心臓の音だけが響いているようだった。

「んで、今回の振付、アンタの中ではもう固まってんの?」

 そんな純嶺の動揺に気づいていないのか、染が普通に話しかけてくる。
 こちらの顔を覗き込もうとしてきた染の視線から逃げるように、純嶺は慌てて顔を背けた。

 ――今のは、露骨すぎたか。

 間違いなく怪しまれてしまう動作だ。
 しかし、後悔しても遅かった。今さら視線を戻すこともできない。

 ――何か言われるかもしれない。もしかしたら、気分を害したかも。

 普段なら不安に思わないようなことにまで、思考がぐるぐるし始めた。そんな風に考えるのがよくないことだとわかっているのに、うまくコントロールできない。
 感情の乱れがさらに激しくなり、指先まで震え始める。

「――落ち着けよ。大丈夫だから」
「……っ」
「薬は飲み忘れては……ねえよな。ちゃんと飲んでるとこ見たし。なんか不安?」

 驚くほど、的確に見抜かれていた。
 揶揄うような口調でも、過剰に心配する口調でもなく、淡々とした調子で染が背中側から問いかけてくる。
 その手が純嶺の肩に触れた。
 ぽんぽん、と子供を寝かしつけるときのような穏やかなリズムを刻む手に、感情の乱れが少し落ち着く。

「アンタのそういうとこ、もう俺には隠さなくていいんだから、楽にしとけよ」
「っ……でも、それは」
「迷惑じゃないからな。前にも言ったかもだけど」

 言葉も先回りされてしまう。
 この男に隠し事をするのは難しかった。
 純嶺自身が気づいていないことにも、すぐに気づくような男だ。そんな男にバレないように振る舞うなんて、不器用な純嶺にできることではなかったらしい。
 
「……お前は、変だよな」
「そう? 別に普通だと思うけど」
「おれは今まで、あんまり出会ったことのないタイプだ」

 染が隣にいるせいで落ち着かなかったはずなのに、今は不思議と染に触れられることが気持ちいい。
 そわそわとした気持ちはまだ完全に落ち着いていなかったが、それも不快な感情だけではなくなっていた。
 どくどくと早鐘を打つ鼓動も、上昇していく体温も――受け入れてしまえば、ふわふわと心地よい感覚のように思えてくる。

「ちょっと落ち着いた?」
「ああ、もう平気だと思う……――っ」
「別にまだこのままでいいって」

 染から離れようとしたのに、腕を引いて止められてしまった。
 隣り合って座った状態で、肩に腕を回される。さっきよりも身体が密着したことで、緊張に少し身体が強張った。

「今日のアンタ、珍しくテンション上がってたから、その反動があったのかもな」
「……それは、あるかもしれない」

 今日の自分がいつもとどこか違うという自覚はあった。
 決して悪い感じはしなかったが、急な気持ちの変化にまだついてこられない部分があったのだろう。それがこうして、本能の部分な反動として表れたのだとしたら理由がつく。
 でもどうして他のメンバーがいるときは平気だったのに、染と二人きりになった途端、こんな風になってしまったのか。
 考えても、その理由はわからなかった。
 気持ちが落ち着いてくるのと同時に、とろりとした眠気とも少し違う感覚が純嶺を襲う。ぼんやりとした心地のまま、染の顔を見つめた。

「……今って、グレアは出てるのか?」
「出してないはずだけど。もしかして気分悪い?」
「いや……そうじゃない」

 どうして、わざわざそんなことを確認したのか、純嶺本人もよくわかっていなかった。
 身体の力を抜き、ぽふんと染の身体にもたれかかる。染の体温を感じながら目を閉じていると、優しい手つきで頭を撫でられた。

「素直に甘えてくるアンタ、やっぱ可愛いな」
「……ん」
「もしかして、眠くなってきた?」
「ねむくない……けど、きもちいい。それ、もっと」
「なんだそれ。ヤバすぎ」

 触れているところが、さっきよりも熱を持ったような気がする。
 今はそれも、気持ちよくて仕方なかった。


   ◇


 眠っていたわけでもないのに、気がつくと三十分ほど時計の針が進んでいた。
 空白の三十分間、自分がどういう状態だったのか全く思い出せない。隣にいた染に聞こうとしたが、巧みに会話を逸らされてしまった。

「――んで、何から始める?」

 準備運動を済ませた染が、急かすような仕草を見せる。振付が一向に進んでいないことに焦り始めてきたのかもしれない。
 純嶺も立ち上がると、うんと大きく背伸びをした。
 身体が軽い。気分もすっきりしている。
 やはり少しの時間、眠ってしまっていたのかもしれない。

「そういえば、お前。振付の経験はあるのか?」

 まだその確認もできていなかった。
 純嶺の質問を聞いて、染が首を横に振る。

「ねえな。もっぱら即興ばっかだし」
「そうか」

 そんな気はしていた。
 だが、染の即興が馬鹿にできないものだということは知っている。見たものを圧倒する力を持つ染に、純嶺も一目で魅了された一人だ。
 同じダンサーとして、染の持つ表現力を学び取りたい気持ちもあった。

「こういうのって、考え方に決まりとかあんの?」
「いや……おれもそこまで理論的に考えるほうじゃない。観客に対してどう見せたいか、何を伝えたいか――結局はそこに落ち着くしな。それは踊る側も考えることだろ?」
「だな。それはあんま変わんないってことか」

 純嶺の説明に、染は興味津々の様子だった。
 だがなんとなく、いつもと反応が違う。

 ――距離があるせいか?

 普段の染なら、純嶺のすぐ隣にいることが多かった。なんならどこか触れていることも多いぐらいなのに、今は純嶺から三歩ほど離れたところに立っている。
 珍しく腕を組んで、しきりに頷いていた。

 ――どうしてだ?

 別に近くにいてほしいわけではないが、いつもと違うことに違和感を覚える。
 じっと顔を見つめていると、ちらりとこちらを見た染が慌てたように視線を逸らした。

 ――やっぱり、変だ。

 純嶺から視線を逸らすことはあっても、染がそうしたことはない。
 嫌というほど、こちらを見つめてくることがほとんどだったのに――どうして。

「もしかして……お前になんかしたか?」
「えっ?」
「何か、おれが嫌なことをしてしまったんだったら――」
「ないない。ないって、そんなこと」
「でも……だったら、なんで離れてるんだ?」
「待って。アンタ、まだちょっと抜け切ってない?」
「……?」

 何を聞かれているのか、わからなかった。
 首を傾げていると、染が大袈裟に項垂れる。「はあぁ……」と大きく溜め息をついた声が聞こえた。

「……ほんっと、アンタさぁ」

 小さくそう呟いたかと思えば、今度は勢いよく身体を起こす。
 大股でこちらに近づいてきた。

「――純嶺」
「……っ」
「あんまり油断してると、食うぞ」

 低い声で名前を呼んだ染が、威嚇するように一瞬こちらを睨みつける。
 うっすらと感じたグレアの気配に、どくりと大きく鼓動が跳ねた。
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