【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第7章 成長と羽化

31 纏わる支配 *

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「手、離して」

 身体を起こした純嶺すみれに、せんが静かな声で告げる。コマンドではないのに、染の言葉に純嶺の身体は勝手に反応した。
 握っていた手を離すと、染が純嶺のロフトベッドへと上がってくる。
 ぎし、とはしごの小さく軋む音だけが静かな室内に響いた。

「……ベッドの上でいいのか?」

 ロフトベッドの上は狭い。
 一応セミダブルほどの幅はあるが、純嶺も染も身長が一八〇センチを越す平均以上の体型だ。そんな二人がこの場所でプレイするなんて、かなり無理があるような気がする。
 少しでも場所を空けるように胡座あぐらをかいて座り直した純嶺だったが、それでも充分な広さがあるとはいえなかった。

「ああ。別に大したプレイするつもりはないし……それにアンタ、もう眠いんだろ?」
「そこまで眠くは――」
「説得力ねえし。目、半分閉じてんじゃん」

 隣に同じように胡座をかいて座った染が、純嶺の顔を覗き込みながら頬に手を添えてくる。
 人差し指の背で目の下を撫でられ、純嶺はくすぐったさに目を閉じた。

「今日もアンタ、忙しそうだったもんな」
「……お前もそんなに変わらないだろ」
「アンタは頼られると全力でそれに応えようとするだろ? 嬉しそうにしてるのが可愛かった」

 可愛いと甘い声で言われたことに、びくりと肩を揺らして反応してしまう。薄く目を開くと、声色以上に甘い視線でこちらを見る染と視線が絡んだ。
 慌てて顔を背ける。

「なんだよ、照れた?」
「……っ、お前が変なことを言うからだ。おれみたいなやつを可愛いなんて……おかしいだろ」
「そう思うんだから、仕方ねえじゃん」

 ――やっぱり、変なやつだ。

 純嶺が必死で言い返すのを楽しんでいるのか、染はくつくつと身体を揺らして笑っている。
 さっきはあんなに調子が悪そうだったのに、すっかりいつもと変わらないように見えた。

「……で、やらないのか?」
「やるよ」

 急に空気が変わった――違う、グレアだ。
 薬のおかげか、前ほどグレアに過剰な反応することはなくなったが、それでも間近から浴びせられたグレアに影響されないわけがない。
 恐怖ともどこか違う、表現の難しい緊張感が純嶺を襲う。
 それと同じぐらい期待感も高まっていた。

「グレア、もう少し強くしていい?」

 染はきちんと手加減をしてくれていたようだ。
 純嶺がこくりと頷くと、すぐにグレアが強くなる。支配のオーラに搦め捕られる感覚は、恍惚感のような心地よさもあった。

「純嶺、《キスしてKiss》」
「……お前は、その命令が好きだな」

 そう口答えしながらも、純嶺は四つん這いに姿勢を変え、染に顔を近づけた。
 別に逆らうつもりはない。
 目を開いたまま、唇をゆっくりと合わせた。
 そのまま、ふにふにと押し当てるようにして、その柔らかな感触を堪能する。

「アンタだって、嫌いじゃないだろ?」
「…………」

 キスの合間に囁かれる。
 あえて答えなかったが、それは染の言うとおり嫌ではないからだ。むしろ、こうすることで落ち着く自分がいる。
 Domに命令され、それに従うことでSubの欲求が満たされるおかげだろう。

「腰が揺れてる。気持ちいい?」
「……ああ」
「素直じゃん。《いい子Good》」

 頭ではなく、揺れている腰を撫でられた。
 背中を這い上がるような、ぞくりとした気持ちよさに力が抜ける。無意識に開いていた唇の隙間を、あたたかく湿った何かがなぞった――染の舌だ。

「ぁ……ふ」
「そのまま、口開けてろ」

 くちゅり、と舌を差し込まれる。
 歯列と上顎を刺激され、腰のあたりのざわつきが強くなった。ひくひくと、今度は腹筋が痙攣を始める。

「アンタって、プレイと性欲がイコールのタイプなんだな」

 唇を離した染が、揶揄うような口調で言った。
 純嶺は呼吸を乱したまま、こちらを見つめる染の瞳を見つめ返す。ぼーっとする頭で先ほどの言葉を反芻した。

「…………普通は、そうじゃないのか?」
「聞いた感じでいうと、半々ぐらいじゃねえかな」
「お前は……?」
「アンタと同じだな。俺に従順なアンタを見てると、めちゃくちゃにしたくなる」
「……そうか」

 自分がどうというより、染が同じ性質だということに喜びを感じていた。
 染のグレアに縛られているからだろうか。普段よりも染の言葉一つ一つに、感情を揺れ動かされやすい気がする。

「何考えてんの?」
「……別に」
「《言えよSay》」
「……っ……お前と同じなのが、嬉しかっただけだ」
「何それ。誘ってんの?」
「お前が言えって言ったんだろ……」
「ほんっと、可愛いよな」

 自分が可愛いわけない――そう言い返す前に、腕の中に引っ張り込まれていた。
 無理な体勢で苦しいのに、染の体温が心地いい。
 純嶺からもうなじに顔を寄せれば、いつもかすかに感じていた染の香りが強く感じられた。

「お前の、この匂い……風呂上がりでもするんだな」
「ん? ああ。香水以外にもシャンプーとか、匂いのついてるものは、まとめて調香してもらってるから」
「……ちょうこう?」
「俺に似合う匂いを作ってもらってんの。気に入った?」
「……ああ。好きだ」

 すり、と顔を擦りつける。
 香水の類は苦手だと思っていたのに、染の香りは最初に嗅いだときから嫌な感じが一切なかった。
 染に似合っているのはもちろん、この香りを嗅いでいるとなんだか幸せな気持ちになってくる。グレアとの相乗効果もあるのだろうか。

「アンタって、無意識なのがいちいち怖えわ」
「……なんのことだ?」

 首を傾げながら、染の顔を見つめる。
 なんでもないと言ってはぐらかした染の手が、純嶺の髪をくしゃりと撫でた。

「……なあ、こんなのでプレイになるのか?」
「うん? 何。もしかして、もっと激しいのを期待してた?」
「いや、お前が物足りないんじゃないのかと思って……」

 染のプレイは、純嶺の想像しているプレイと違うことばかりだ。
 痛めつけられるようなこともなければ、酷いことをされるわけでもない。自由を奪われることも、何かを無理強いをされることも、今のところはなかった。
 プレイとはそういうものだと思っていたのに――染は遠慮しているのだろうか。

「もし、おれに遠慮してるんだとしたら――」
「別に遠慮なんてしてねえよ。俺ってこういうのが好きなんだよな。見かけ倒しってよく言われるけど」
「見かけ倒し……それは、店の客に?」
「店? なんの話?」
「?」

 急に話が噛み合わなくなった。
 話題を先読みしてくるぐらい勘のいい染にしては珍しい。

 ――何か間違ったことを言ったか?

 染はプレイルームで働いているはずだ。
 純嶺と初めて出会った場所がそこなのだから、それは間違いない。
 そんな染のプレイに対して『見かけ倒しだ』なんて指摘するのは、プレイ相手のSubぐらいだろう。それなら店の客から言われたのかと思ったのに――まさか、こんな反応を返されるなんて。

「……あー、そっか。言ってなかったっけ?」

 染が唐突にポンと手を叩いた。
 どうやら、染の中で先に話が繋がったらしい。

「俺、別にあのプレイルームで働いてねえからな」
「え……? いや、でもだって……じゃあ、なんであのとき、あの店に?」

 偶然、客として?
 だとしたら、純嶺の相手に立候補したときに受付の男性に止められなかったのはおかしい。
 一体、どういうことなのか――純嶺はさらに首を捻る。

「あそこ、親父のパートナーがやってる店なんだよ。俺にとっては二人目の親父みたいな感じでさ。だから、日本に帰ってきたときは家がわりにしてんの」
「……店を、家がわりに?」
「そそ。奥に仮眠室とかあるからな。ホテルより使い勝手いいし、何よりタダだろ? 使わない手はないかなーって」
「では、宿代がわりに接客をしてたってことか?」

 それならば、辻褄が合う。
 そう思ったのに、染はまた首を横に振った。

「んなことしねえよ、面倒だろ。っつうか、これでもちゃんとダンスで飯食ってんだけど?」
「じゃあ、なんで」
「アンタの相手をしたのは特別だよ。他のDomがアンタを支配するのが嫌だったんだ」
「ん、ぁ……ッ」

 話の途中なのに、グレアがまた強くなった。
 身体の震えが止まらず、思考が定まらなくなってくる。

「なん、で」
「プレイに付き合ってくれんだろ? 俺はアンタがそうやって支配させてくれるだけで、充分満たされるよ。アンタは? 俺に何を求める? なあ《教えてよSay》」
「……あ、あッ」
「ほんと……こんな蕩けてるアンタ、他のDomには絶対見せたくねえわ。そんなことになったら俺、相手を殺したくなるかも」
「それは、だめだ……」
「なんで」
「お前の、踊りを……見れなくなるのは、いやだ」

 それだけは絶対に嫌だった。
 染には自分の傍でずっと踊り続けてほしい――できることなら、ひとときも離れてほしくない。

「はっ……マジでやべえ」

 その願望は、すべて純嶺の口からこぼれていた。
 重ねるように告げられた、Sayのコマンドのせいだ。
 思っていることが勝手に声として出ていってしまう。そうなってしまっていることも、あまり意識できていなかった。

「アンタのこと、マジでめちゃくちゃにしたくなってきた。悪いけど、まだ寝かせてやれねえわ」
「……お前になら、されてもいい」

 下半身の熱ももう限界だった。
 染のグレアを受け、コマンドを与えられるたび、官能も一緒に高まる。
 純嶺は求めるように染の背中に回した腕に力を込めると、どうしようもないほど熱が渦巻く場所を染の身体にぎゅっと密着させた。


   ◇


 濡れた音が断続的に響いている。
 それに重なる荒い呼吸音は純嶺のものだ。
 下はすべて脱ぎ、両足を広げ、昂ぶりをすぐ隣に座る染へ見せつける。快楽を追うように手を動かして、込み上げる気持ちよさに身体を震わせた。

「まだイくなよ、《待てStay》だ」
「……ッふ、ぁ……っ」

 達しそうになれば、そう言って止められる。
 寸止めを食らうのは、もう何度目かわからなかった。
 昂ぶりに触れていなくても、身体の震えが止まらない。もう限界はとっくに超えていたが、純嶺は染の命令を守り続けた。
 びくびくと腹筋を収縮させながら、唇を食いしばって耐える。

「あんまり噛むなって」
「ぁ……やめろっ」

 唇の端に指先が触れただけなのに、純嶺の身体は大きく跳ねた。
 今ので達してしまっていてもおかしくはない――それぐらいの衝撃だ。まるで、染の指先から電気が流れてくるかのようだった。

「俺の手、そんなに感じんだ? じゃあもし、そこに触れたらどうなんの?」
「や、やめ……っ」

 今にも暴発しそうなのを、必死で堪えているのだ。染の手に触れられたら、それこそ一瞬も耐えられる自信がない。
 純嶺は弱々しく首を横に振った。
 触れられることを想像しただけで、先走りがとぷりとあふれる。
 それが伝う感触が、純嶺をまた快楽を押し上げる。

「ぁ……あ」
「ぐずぐずじゃん。それでも俺の命令を守るんだ?」
「うん……んっ」
「可愛すぎ」
「――……ひ、ぁ」

 目尻からこぼれた涙に、染の唇が触れた。
 また大きく身体が跳ねる。

 ――もう無理だ。これ以上は耐えられない。
 ――でも、コマンドに背きたくない。
 ――このDomの期待に応えたい。

 いろんな感情が綯い交ぜになって、また涙があふれる。

「――純嶺」

 ぐっ、と顎を掴まれた。
 無理やり顔を向きを変えられる。

「《イけよCum》」
「――……ッ」

 解放を強制するコマンドが突然与えられた。同時に圧し掛かるように全身を押さえつけられ、激しく唇を奪われる。
 息も唾液も悲鳴も、すべて染の中に吸い込まれていった。
 強制絶頂のもたらす強い快楽と、呼吸がうまくできない息苦しさ――そして、今までに感じたことのない多幸感に一気に意識が攫われていく。
 視界が真っ白に塗り潰される直前、染が何かを優しく囁いた声が聞こえたような気がした。
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