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11 黒い触腕の思惑は
しおりを挟む「バン? どうした、平気か?」
「大丈夫。大丈夫、だから……っ、く、ぁ」
今の状態を父さんには見られたくなくて、おれは『大丈夫』と必死で伝えた。だけど、本当は大丈夫なんかじゃない。
黒い触腕の動きはどんどん巧みになっていく。
もしかしたら、自分の手でするよりいいかもしれない。
――っ、流されちゃだめだって。ここは父さんの……幹部の執務室なのに。
そんな神聖な場所を汚すわけにはいかない。
頭ではわかっているのに、絶え間なく与えられる直接的な快感に、身体は素直に反応してしまっていた。
びくびくと痙攣は止まらないし、声を堪えるのも両手で口を塞いで、やっとの状態だ。
――もう……止まってって。
祈るような気持ちだった。
でも、黒い触腕にそんなおれの願いは届かない。
がちがちに張り詰めた中心を、黒い触腕は容赦なく刺激し続ける。もう限界は近かった。
「……嫌、だ……こん、なの……ン――ッ」
情けなくて、涙があふれる。心の中で父さんに何回も謝りながら、おれは達していた。
イキ始めたら頭が真っ白になって、他に何も考えられなくなる。吐精を堪えようとした影響なのか、いつもよりも気持ちいい時間が長く感じた。
頭がふわふわして、幸せな気持ちになってくる。
マイナスな感情を押し流すほどの快感の波が引いていくと、今度は耐え難いほどの激しい眠気がおれを襲った。
「とう、さ……」
父さんを呼ぼうと思ったけど、それも間に合わないほどの睡魔だ。
おれは気絶するように眠りに落ちていた。
◆◆◆◇◇◇
室内が静まり返る。
バンが意識を失ったのにすぐに気づいたオクトスだったが、慌てて動くことはせず、しばらく黒い触腕の様子を見ることにした。
――どうして、こんなことが起きたんだ。
バンには『見ないで』と懇願されたが、オクトスは起こった出来事の一部始終を、窓ガラスの反射を使って確認していた。
自分の命より大事な一人息子に何かあってはいけないからだ。守るためには必要なことだった。
もちろん、見ていたことをバンに明かすつもりはない。
――こんなのは、見たことも聞いたこともねえな。
蛸怪人同士、横の繋がりは強い。少しでも変わったことがあれば、即座に情報を共有する関係にある。
蛸以外で触腕や触手を持つ怪人との繋がりもあったが、今回のバンのような目に遭ったという話は、噂でも聞いたことがなかった。
バンが意識を失って数分が経った。
しばらくは、うねうねと動いていた黒い触腕だったが、今は完全に動きを止めている。床に横たわるバンの腹の上で、くるりと丸まっている状態だった。
だが不用意に近づけば、また攻撃してくる可能性は充分にある。
オクトスは慎重な動きで身体を反転させると、まずは今の距離を保ったまま、遠目に黒い触腕を眺めた。
「……動かねえか」
あえて声を発してみても、黒い触腕はぴくりとも動かない。試しに一歩近づいてみたが、それでも反応はなかった。
それでもまだ、バンに直接触れるのは危険だろう。
オクトスはバンまであと一歩の距離まで近づくと、そこにしゃがんで、黒い触腕を間近から観察する。
「触腕っぽくねえ見た目だな。これは鱗……いや、外殻か? オレもアラネアも近親に外殻持ちはいなかったはずだが」
外殻を持つ怪人は、全怪人の二割にも満たない。
一部を外殻化できるだけでも組織の幹部になれるほど、珍しい能力として重宝されていた。
オクトスも外殻持ちには憧れた。
しかし、オクトスの近親に外殻持ちは一人もおらず、結局自分も外殻持ちにはなれなかった。
「バンは、突然変異なのか?」
そういう例が全くないわけじゃない。
強い魔力を持って生まれた者や魔神獣と呼ばれる伝説の生物の力を受け継いだ者などは、例外的に血筋関係なく外殻を持つ怪人になることがある。
「いや……でも、最初からこの形で生えたわけじゃねえっつってたか? それにいったい、バンはオレに何を見せたかったんだ?」
最初の頼みはそうだった。
バンは触腕を生やすのが目的だったのではない。そこにある何かを自分に見せようとしていたのだ。
「この触腕に、何かがあるのか?」
オクトスは、黒い触腕にじっと目を凝らす。
色も形もどこを取っても異質な触腕だが、おそらくバンが見せたかったのはそれではない。
くるっと丸まった触腕の隙間まで隈なく確認していたオクトスは、ふと覚えた違和感に視線を止めた。
「これは……咬傷の跡か??」
黒い触腕のちょうど真ん中あたりに、明らかな噛み跡が残されていた。
深く刺されたらしい二本の牙の跡。
傷はすっかり治っているが、この跡が完全に消えることはない。これはただの傷跡ではなく、契約の印だからだ。
「牙の跡から、かすかな魔力の気配を感じる。これつけたのは……首領様か?」
痕跡があまりにわずかすぎて、気づくのに時間がかかってしまった。
でも、これで納得がいった。
色と形が変化した触腕――その原因はこの咬傷だったのだ。
「う、ん…………」
意識が戻りそうなのか、バンが小さく身じろいだ。
しばらくして、瞼がゆっくりと開く。バンは焦点の合わない瞳でぼんやりと天井を見上げていた。
「バン、わかるか?」
「…………」
目は覚めているはずなのに、バンはオクトスの声に反応を示さなかった。声が聞こえていないのか、無表情で虚空を見つめている。
「これは、まずいか?」
咬傷をつけるという行為は、力を与える主従契約だ。
噛まれた者は強い力を得ることができるが、噛んだ相手との魔力差が大きすぎる場合、相手の魔力に呑み込まれてしまうことがある。
そうなれば、噛まれた者は自我を失ってしまうのだ。
「バン!! おい、聞こえるか!!」
耳元で叫んでも、バンの表情は変わらなかった。
さすがのオクトスも焦り始めていた。
「くそ……どうして首領様はバンに咬傷なんか」
――魔力差は誰の目にも明らかだろ。そんな相手に、牙を突き立てるなんて。
「く……っ!!」
オクトスは怒りのまま、床を殴りつけていた。
地響きするほどの衝撃を与えても、床は少しも破損することはない。今はそれすらオクトスを苛立たせる。
「とう、さん……?」
「っ、バン!!」
拳の衝撃波が届いたのか、バンが反応を見せた。
だが、その瞳はオクトスを映していない。音が聞こえていないだけでなく、目も見えていないのかもしれない。
迷っている暇はなかった。
黒い触腕が攻撃を仕掛けてくる可能性はあったが、オクトスはバンの手を握る。
そこから自分の魔力を流し与えた。
「バン、わかるか。オレは傍にいるぞ」
バンの指がわずかに動いた。
握り返す力はないようだが、自分の手に触れているのが父だと、ちゃんとわかったのだろう。
「バン……戻ってこい。頼むから」
祈る気持ちで、さらに魔力を流し込んだ。
◇◇◇◆◆◆
「これ、父さんの魔力……だよね?」
おれは闇に支配された空間を彷徨っていた。
周囲はすべて黒に塗りつぶされている。
光は一切なく、自分の手を目の前に持ってきても全く見えないほどの暗闇だった。
そんな暗闇の世界に、さっき風がふわっと届いた。
父さんの魔力を含んだ風だったと思う。
父さんを呼んだら、今度は右手から父さんの魔力を感じた。今もずっと感じている。
「おれ……もしかして眠ってて起きないとか、そういう感じだったりする?」
ここが夢の世界じゃないかってことは、なんとなく予想がついていた。
こんなに何もなくて、どれだけ進んでも一向に変わらない闇の世界とか、夢以外に説明がつかないからだ。
でもおれ、いつ眠ったんだっけ?
「どうやったら、目って覚めるんだろ」
流れ込んでくる魔力から、父さんがおれを心配しているのが伝わってきた。
だから早く起きたいのに、夢から目覚める方法が全然思いつかない。
「……よし。走るか」
どこまで続いているのかわからないけど、この暗闇を抜ければ目が覚めるかもしれない。
他にいい案も浮かばないので、おれは思いつきで駆け出してみた。
「――うわっ」
三歩目で思いっきりバランスを崩す。
踏ん張る間もないまま、おれは底の見えない闇の中へと落ちていった。
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