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12 たぶん……いや、絶対イケメン
しおりを挟む「落ちた…………よね?」
かなり長い時間、落下していたような気がする。
その割に着地の衝撃はほとんどなくて、床に尻餅をついたおれは、自分の尻の下に地面があることを手で触れて確認した。
「夢じゃなかったら死んでた……夢でよかった」
夢に痛みがないっていうのは本当だったらしい。
頬を強くつねって、夢かどうか確認する方法はちゃんと理にかなってたんだ。知らなかった。
ぼんやり座り込んでいても仕方がないので立ち上がる。
落ちてきた場所も、さっきまでいた場所と変わらない。どこまでも続く暗闇だった。
ぐるっと周りを見回してみたけど、違うところは見つけられない。
「走らないほうがいいのは学んだ……けど、どうしたもんかなぁ」
独り言が多いのは、心細いからだ。
今も手から父さんの魔力は感じているけど、それがなくなったらと思うと怖い。
こんな場所に一人きりなんて絶対に耐えられない。
「他に人がいればいいのに……」
「――貴様、どこから入ってきた」
「え……」
後ろから声がした。
慌てて振り返ったけど、そこにあるのは暗闇だけだ。
「誰か、いるの?」
「……見えていないのか?」
また聞こえた。
戸惑っているように聞こえる声は、幻聴じゃなさそうだ。
おれは声の聞こえるほうに向かって駆け出す。
さっき同じことをして穴に落ちたことなんて、すっかり忘れていた。
「おい、危ない……っ」
すぐ傍から焦った声が聞こえたのと、あたたかいものにぶつかったのは、ほとんど同時だった。
そのあたたかいものが他人の体温だって気づいて、おれは無我夢中でしがみつく。
「おれ以外に、人がいたぁ……」
安堵のあまり、ちょっと泣いてしまった。
少し落ち着いてくると、今度は気恥ずかしくなってくる。
でも、離れたら消えてしまうかもしれない。
そう思うと怖くて、しがみつく腕の力を緩めることはできなかった。
「あの……いるよね?」
「質問の意図がわからないのだが?」
「いた! よかった……ここ真っ暗だから、話してないと誰もいないみたいで」
「真っ暗? そういえば、貴様は先ほども見えていない様子だったな」
もしかして、この人にはおれのことが見えているのかな。ここが暗闇だって感じているのは、おれだけなんだろうか。
「もしかして、おれ……目が見えなくなっちゃった?」
「その心配はない。常人には見えぬものなのだろう。しかし、見る力すら持たぬというのに、貴様はどうやってここに迷い込んだのだ?」
「……それは、おれにもよくわからなくって」
自分がどうしてこんな夢を見ているのか、聞きたいのはおれのほうだった。
「この夢から目覚める方法、知らない?」
「……貴様にとって、これは夢なのか」
「え……?」
「なんでもない。出口へ案内してやるから、一度離れろ」
「出口? あるの? あ……でも、離れるのは――」
怖い。
その言葉はぎりぎり呑み込んだけど、おれのことが見えているなら、怖がっているのはバレバレだと思う。
ずっと涙目だし、震えはカタカタ止まらないし。
「しがみつくなら腕にしろ」
「え……しがみついてていいの?」
「好きにしろ」
――話し方はちょっと怖いけど、この人、すごく優しくていい人なのかも。
声の聞こえる位置と触り心地からして、今おれの目線にあるのは胸だと思う。
腰に回している腕の力を緩めて、そろそろと横に移動する。すぐに腕を見つけて、がしっとしがみつき直した。
「……身体の向きを変えろ。歩きにくいだろ」
「あ、そっか」
はぁ、と呆れたような溜め息が聞こえた。
またちょっとずつ身体を動かして、恋人同士が腕を組むときのような体勢になる。
「では、行くぞ」
歩き出す前に声をかけてくれるなんて、本当に優しい。それにたぶん、歩く速さもゆっくりにしてくれている。
――背は高いし、身体も結構鍛えてるっぽいし……そのうえ配慮まで行き届いてるとか、絶対イケメンじゃん、この人。
顔が見れないのが残念だなぁ――なんて、どうでもいいことを考える余裕まで出てくる。
推定イケメンさんの隣はものすごく安心できた。暗闇の中でも、すいすい歩けてしまうくらいだ。
「――ここだ。この扉から出れば、目は覚めるだろう」
「扉があるの?」
おれには相変わらず、暗闇が続いているようにしか見えなかった。
「入るとき、背中押してもらっていい?」
そうでもしないと、推定イケメンさんの腕を離せる気がしない。
「構わんが――」
「あ、その前に! あなたの顔を触ってみたいんだけど」
「顔を、触る……?」
さすがに、いきなりすぎただろうか。
どんな顔か見えないなら、せめて手で触って確認しておきたかったんだけど。
もう二度と会えないかもしれないし。
「だめ……?」
「…………好きにしたらいい」
また溜め息をつかれてしまった。
でも、許してくれるんだ。やっぱり優しい。
おれは推定イケメンさんの顔があるだろう位置に向かって、おそるおそる手を伸ばす。すると、指先が顔に触れる前に手首を掴まれてしまった。
――やっぱりやめろ、とか?
「こっちだ」
おれの手を誘導してくれただけだった。
最初に触れたのは頬だ。指を横に少しずらすと、高くて形のいい鼻に当たる。
唇は薄めかな。ちょっと湿った感触に、ドキッとしてしまった。
顎から上に向かって輪郭をなぞりながら、最後に目元に触れる。こっちもすごく形が整っている気がする。それに睫毛が長い。
「絶対イケメンじゃん」
考えたことが、思わず口に出ていた。
「……いけめん?」
「えっと、かっこいい顔ってことだよ。ありがとう、触らせてくれて」
「ああ」
パッと手を離した。
名残惜しいけど、いつまでもべたべた触っているのはさすがに失礼だろうし。
少し恥ずかしくなってきたのもある。
「扉があるのは、ええっと……おれの後ろ側だっけ?」
「待て」
「ん? ……わっ!」
くるっと後ろを向いたタイミングで、おれの肩に推定イケメン――ううん、確定イケメンさんの腕がずしっと乗っかった。
まるで後ろから抱きしめるような格好にびっくりして、大きな声が出てしまう。
「え……あ、もしかしておれ、また穴に落ちそうだった?」
それを助けようとしたら、うっかり抱きしめるような体勢になっちゃっただけ、だよね?
「穴? ……まあ、そうかもしれないな」
曖昧な返答だった。
っていうか、そこで喋るのは心臓に悪いからやめてくれないかな。吐息が耳にかかってくすぐったいし……それに、勘違いしそうになる。
ぴったりとくっついている場所がすごく熱い。
「――それではな、バン」
「え?」
トン、と背中を押された。
足を一歩踏み出した瞬間、暗闇は溶けるようになくなって、ぱあっと光があふれる。
――どうして、おれの名前。
急いで振り返ったけど、そこには誰もいなかった。
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