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15 おれはマニアじゃなくてフェチなので
しおりを挟む――え、え……何? いったい何が起こってんの?
そのあとも同期たちはバタバタと次々に倒れていく。
敬礼中だから視線しか動かせないけど、おれに見えている範囲だけでも、下っ端戦闘員は九割近くが床に転がっている状態だった。
聞こえてきた音からして、たぶんおれより後ろに並んでいる人も結構な人数が倒れている気がする。
その大半は意識を失っているみたいだ。
列の前方に並ぶ幹部候補生たちはまだ立っている人のほうが多いけど、数人は床に座り込んでしまっている。どうにか立とうとしている人もいるけど、どうにもならないようだった。
――もしかしてこれ、首領様の魔力圧のせい? でも、前はここまで酷くなかったのに……これが首領様の本気ってこと?
おれは今のところ倒れるようなことはなさそうだけど、それよりも外に出たがっている触腕のほうが問題だった。
首領様の魔力を感じるたび、体内の疼きが強くなる。出ようとする力もだ。
「…………ッ……ぁ」
頑張って抵抗したけど、無理だった。
触腕がにょろんと顔を出す。
ちゃんとコントロールできるようになったはずなのに、触腕が自由気ままにくねり始めた。周りに漂う首領様の魔力をかき集めようとしているみたいだ。
――大人しく、しろ……っ。
生えてしまったものを戻すのは難しいけど、せめて動きだけは制御したい。
おれは必死に魔力を操作して、なんとか触腕を自分の腰にぐるりと巻きつけることに成功する。
安堵に息をついたときだった。
「――こんなものか」
「ッ!!」
とても静かな呟きだったのに、頭のてっぺんから太い針を刺されたような鋭い衝撃が全身を貫く。
それはおれだけじゃなく、この場にいた全員がそう感じたらしい。やっとの思いで立っていたらしき数人の幹部候補生が、今の衝撃で膝から崩れ落ちていた。
――今の首領様の声だよね? 声に魔力を乗せたのかな? 声を聞いただけで、あんなふうになるなんて。
まだ背中のあたりがぴりぴりしている。
でも、おれにとっては全く苦痛じゃなかった。どちらかというと、このぴりぴり……ちょっと気持ちいいかも。
「直れ!」
イェスコル様の号令がかかる。
おれは胸に当てていた腕を素早く下ろして、直立の姿勢に戻った。
――腰に巻いた触腕が邪魔だけど。
とはいえ、身体に巻きつけていないと触腕が変な動きをしそうで不安だし、とりあえずはこのままにしておく。
「今回の〈選別〉の儀で残ったのは八名か」
「え……?」
イェスコル様の呟きに驚きすぎて、うっかり声を出してしまった。
だって、おれの同期は百人以上いるのに……八人しか残らなかったなんて。
っていうか、これが〈選別〉の儀式だったんだ。
――でも、残ったのがたった八人って少なすぎない? 幹部候補生だけでも二十人近くいたはずなのに、半分以上が倒れちゃったってこと? あ、そうだ。レクセは!?
おれは慌てて、レクセの姿の姿を探す。
残っている幹部候補生の中によく知る幼馴染みの後ろ姿を見つけて、ほっと胸を撫で下ろした。
「では、残った八名は前へ」
――え、前って……首領様に近づけるってこと!? 玉座も近くで見れるとか、やばすぎなんだけど! うわぁー!!
まだ〈選別〉の最中だってことはわかっているけど、この二点はおれにとって〈選別〉より重要なことだった。
――やっば、心臓が痛くなってきた。
おれは胸を押さえながら、少し駆け足で前方へ向かう。
そんな気はしていたけど、下っ端戦闘員の中で立っていたのは、おれ一人だけだった。
他の七人は全員、幹部候補生だ。
先に整列した七人のもとに駆け寄ると、右端に立っていたレクセが視線をおれのほうに向ける。一瞬、目を見開いたけど、何も言わずに正面に視線を戻した。
「バン・クラードゥ。マスクを外せ」
「あ、はい!」
そういえば、マスクをつけたままだった。
幹部候補生は元から素顔なので、おれだけ名指しされたんだろう。イェスコル様がおれの名前を知っていたのは、小さい頃に遊んでもらったことがあるからかな。
そんなことを考えながら、マスクを外す。
素顔を晒した瞬間、他の七人から視線を感じた気がしたけど、そちらを確認する余裕はなかった。
――玉座の造形細かっ! すご! 本物みたい!! いや、本物に間違いないんだけど。こんな芸術品みたいなんだ。えー、鳥肌やば! しかもそこに首領様が座ってるって……えぐすぎ。わー……首領様の外殻と玉座はどっちも黒だけど、少しずつ色が違うんだ。首領様の外殻は青っぽい黒で玉座は赤っぽい黒とか、こんなの近くで見なきゃわかんないじゃん。まじ痺れるくらい、かっこいいんだけど。
ちなみにおれはマニアじゃなくてただのフェチなので、細かいことはあんまりわからない。
それでも、おれは目の前の首領様と玉座に釘づけだった。
っていっても、首領様のご尊顔を直視する勇気は今回もない。おれは視線を首領様の足先から胸下まで何度も往復させながら、この素晴らしい光景を必死で目に焼きつける。
――っと、やばい。マスクがないから変な顔できないんだった。
早めに気がついてよかった。
たぶんまだ、だらしない顔はしていないはず。
「では、首領ガラディアーク様――彼らに導きを」
イェスコル様がそう口にした瞬間、首領様が手のひらを上に向ける。そこに黒い霧が現れ、くるくると渦を巻き始める。気づけば霧は八つの小さな魔石へを変化していた。
首領様の外殻と同じ、うっすらと青みがかった黒い魔石だ。大きさは小指の先くらい。
――わぁ……綺麗。
「八名は、口から導きを受け入れなさい」
――口からって、まさか……これ、食べるの?
もったいない! と思わず叫んでしまいそうだった。
だって、せっかく首領様が作ってくれた首領様の色とお揃いの魔石なのに、食べたりしたらなくなっちゃうじゃん。
――なんて、言えないけど。
おれは残念に思いながら魔石を見た。
八つの魔石は首領様の手もとを離れると、おれたちの傍まで飛んでくる。すぐ目の前に浮かぶ魔石を見ても、やっぱりもったいないとしか思えなかった。
だって、近くで見たらより綺麗だし、中で首領様の魔力が渦巻いているのも見えるんだよ。
――本当にこれ、食べなきゃいけないの?
ちらっと隣を見ると、他の七人もこれを口に含むことを躊躇っている様子だった。
やっぱり、そうだよね。わかる。
でも、逆らえるわけがない。
最初に魔石に向かって顔を寄せたのは、おれの隣に立つレクセだった。あと少しで魔石に唇が触れる――その距離までレクセが顔を寄せた瞬間、魔石のほうからレクセの口の中へと飛び込んでいく。
「ぅ、ぐ……っ」
レクセの苦しそうな声にびっくりしてしまった。
結構な勢いで飛び込んでいったから、変なところに入ってしまったのかもしれない。
「さあ、貴方がたも」
促すイェスコル様の声に、おれも覚悟を決めた。
自分の目の前に浮かぶ首領様の魔石に向かって顔を近づける。
「ぁ……え?」
レクセのときと同じように、魔石はおれの口の中へと飛び込んできた。
でも、レクセのときと少し違う。
口に入る直前、魔石が大きくなったのだ。
「……ん、ぅ」
喉に詰まりそうな大きさに身構えたけど、魔石は口に入った瞬間、あっという間に溶けた。
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