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17 セーフだった!!
しおりを挟む――イッてなかった……よかったぁ。
絶対に漏らしたと思った。白いものを、物理的に。
首領様と大勢の幹部が見ている前で、今度こそ取り返しのつかないことをやらかしたと思ったけど、どうやら一番言い逃れのできない最悪の事態は避けられたらしい。
それだけは本当に安心した。よかった。
「バン……相変わらず、顔が忙しいな。お前は」
「へ? そんな変な顔してた?」
呆れた表情で話しかけてきたのはレクセだ。
おれの隣に座って、手に持ったグラスの水をちみちみと飲んでいる。顔色はまだあんまりよくない。
おれたちは今、大講堂の横にある控え室にいた。
首領様の導きの影響から身体から抜けた後、〈選別〉に残った八人だけがこの部屋に案内されたのだ。
おれとレクセ以外の六人も、それぞれ思い思いに過ごしている。
首領様の前でのたうち回っていた三人は今もそんなに元気がないみたいで、ずっと真っ青な顔で項垂れて黙っているけど。
「今って、おれたち以外の新入団員の所属決めをやってるんだっけ?」
「だな。俺たちはその後だ」
「所属ってどうやって決まるの?」
「幹部からの指名だ。階級の高い幹部から、欲しい人材を選ぶらしい」
「へえ……どうしよう、おれ。誰にも選ばれなかったら」
「…………」
無言とか、やめてほしいんだけど。
一巡目で指名されなかったら組織を追放になるとか、そんな決まりがないことを祈りたい。
「ねえ君、バンくんだっけ? 隣座ってもいい?」
「?」
レクセと話していたら、反対側から話しかけられた。
ずっと、扉近くに立っていた幹部候補生の一人だ。視線を感じる気はしていたけど、話しかけるチャンスを窺っていたのかな。
オレンジ髪に黒の筋模様が入った特徴的な髪色のボブヘアーの人だった。
笑い方は人懐っこいけど、口元から覗く二本の牙が結構いかつい。あと、長くて鋭い爪もやばい。
「ああ、ごめんね。さっきの導きの影響で、爪が引っ込められなくなっててさ。君を脅すつもりはないよ」
「あっ、そんなふうに思って見てたわけじゃなくて……隣、大丈夫ですけど……、ええっと」
「ツィーガだよ。敬語はいいって、同期なんだし。〈選別〉に残ったってことは、君も次から幹部候補生になるんでしょ?」
「え……そうなの? レクセ」
「なるんじゃないか? 幹部候補生になる条件の一つ、怪人能力の発現もクリアしてるしな」
レクセも、ツィーガの言葉に頷いた。
そっか。入団試験のときはまだ触腕が生えていなかったから下っ端戦闘員に振り分けられたけど、今だとそうじゃないってことになるのか。
「……でも、こんな中途半端な力で大丈夫かな? 触腕が生えたっていっても、この一本だけだし」
他の幹部候補生の能力がどんなものか、あんまり詳しく知らないけど、おれの力はその中でも底辺に近いんじゃないかと思う。
そんなおれでも、幹部候補生になれるの?
「確かに、幹部を目指すっていうにはちょっと頼りないかもしれないね。だけど君、首領様の導きを受けても全然平気そうだったじゃない? それはすごいことだよ」
ツィーガが興味にきらきら輝く目で、おれの顔を覗き込んでくる。
獲物を見つけた獣みたいで、ちょっと怖い。
「そんなもの、親のコネで不正を働いたに決まっているだろう!」
割り込んできた声に、ツィーガの眉がぴくりと動いた。
今のって、おれに対する嫌味のつもり?
苛立った声で叫んだのは、さっきまでずっと真っ青な顔で項垂れていた人だった。
急に叫んだりして吐かない? 大丈夫?
首領様の導きを受けて最初に倒れたのって、この人じゃなかったっけ。
――にしても、親のコネかぁ……初めて言われたな。
幹部の子が組織に入団するなんて、別に珍しいことじゃない。結構よくあることだ。
この一か月間、一緒に過ごした下っ端戦闘員の仲間は誰もおれをそんな目で見なかっただけに、ちょっと新鮮な気持ちになってしまった。
「いるんだなぁ……今どき、こんなこと言う人」
「ちょっと、バンくん。声に出ちゃってるよ」
「あ……」
おれを注意するツィーガの声は笑いで震えていた。
だけど、目は笑っていない。浮かんでいる表情は笑顔なのに、ツィーガが怒っているのは誰が見ても明らかだった。
ツィーガは静かに立ち上がると、先ほど叫んだ男にゆっくりと近づいていく。
「――今の発言は、首領様に対する侮辱か?」
男の目の前に立ち、冷ややかな声でそう尋ねた。
「……っ、そんなことは一言も言っていないだろ! 私はそこの下級戦闘員が不正をしたと言っただけで!!」
「首領様がそれを見逃したと?」
「――ッ!!」
ツィーガの声の温度がさらに下がった。
男はガタガタと震えている。至近距離からツィーガに睨まれ、反論もできないみたいだ。
「ツィーガ、そのくらいにしておけ」
そう言って止めたのはレクセだった。
ツィーガは大人しくおれたちのところに戻ってくると、さっきまでの怒りはどこにいったのかと思うほど、けろっとした表情をしている。
――父さんに対してキレたときの母さんに似てるかも。これ、別に許したわけじゃなくて、許す気が全くないから逆にけろっとしてるんだよな。
こういう相手こそ、怒らせると怖い。
「あいつのことは、俺から父に報告しておく」
「それがいいね。任せたよ、レクセ」
――あーあ……あの人、せっかく〈選別〉で残れたのに。
とはいえ、同情する気なんかないけど。
おれ個人に対する嫌味ならまだしも、首領様とおれの両親を侮辱した罪は何よりも重いからな。
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