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20 心臓が壊れるのでやめてください
しおりを挟む荷物の重さでふらつきつつも、シディア様の後ろをついていく。
歩く位置は、おれの歩幅で二歩くらい後ろ。
そこから見るシディア様のかっこよすぎる後ろ姿に、おれはうっとりと見惚れていた。
――かっこいい人って、後ろ姿まで隙がないんだ……すごいなぁ。背が高いのはわかってたけど、脚長すぎでしょ。スタイルもめちゃくちゃいいし。
シディア様の背はたぶん一九〇センチ以上あると思う。
父さんも同じくらいあるけど、父さんは筋肉がでかくてがっちりしてるから、そこまで背だけが目立つ感じはしない。
シディア様も鍛えた体躯はしているけど、父さんに比べれば細身だから、すらっと背の高さが際立っていた。
歩き方まで洗練されていて、見ているだけでドキドキさせられる人だ。
――深い青色の外殻も綺麗だなぁ。大講堂で見たときは気づかなかったけど、うなじを覆ってる外殻がすごく個性的だったんだ。脊髄みたいな形に見える。
それを見てもシディア様が何の怪人かはわからなかったけど、繊細で美しい造形の外殻についつい目が引かれてしまった。
――髪の色、青紫のところはグラデーションみたいになってる? うーん……影になってるから、そう見えるだけかな。どっちにしても、綺麗なんだけど。
歩くたびに左右に揺れる、シディア様の長めの襟足を無意識に目で追っていた。
すると、前触れなくこちらを振り返ったシディア様と、うっかり視線がぶつかってしまう。
「足元、躓かないようにな」
「あ、はい! ……わっ」
返事しておいてやらかすとか、我ながら信じられない。
足元にはちゃんと注意を払っていたつもりだったのに、おれは見事に小さな段差で躓いてしまった。
両手で箱を抱えているから、どこにも手をつけない。
――そうだ、触腕!
慌てて触腕を出して身体を支えようとしたけど、咄嗟の判断でそんなにうまくいくわけがなかった。
「返事と行動が噛み合っていないな」
でも、結果的に転ばなかった。
何が起きたのかわからず、おれは転倒の衝撃に備えて、ぎゅっとつぶっていた目を開ける。
「え……」
すぐ目の前にシディア様の顔があった。
睫毛の本数が数えられるくらいの至近距離だ。オーロラみたいに色を変える瞳が、じっとおれを見つめている。
――え、え……何。どういうこと?
抱えていたはずの荷物が手元にない。
代わりにおれが、その荷物みたいにシディア様の腕に抱えられていた。
「に、荷物は……?」
「それならここにある。落としていないから心配するな」
見当違いのおれの質問にも、シディア様は丁寧に答えてくれる。おれがさっきまで抱えていた荷物は、シディア様の傍らでふわふわと浮かんでいた。
よく見ると、箱の周りに黒くて細い触手が巻きついている。どうやらシディア様の触手らしい。
――あれ……この触手、前にどこかで。
ふと、既視感を覚える。
「あの……もう大丈夫なので、下ろしてください」
「ああ。そうだな」
シディア様は頷くと、触手を操って荷物を床に下ろした。
役目を終えた触手は溶けるように消える。
「いや……そっちじゃなくて」
おれを下ろしてほしいって意味で言ったんですけど。
困惑しつつ表情を窺うけど、シディア様はいたって真面目な顔をしている。
これ、ちゃんと言い直したほうがいいのかな。
「お前は危なっかしいようだから、このまま運んだほうがよさそうだ」
「え! それは、さすがに!」
「冗談だ」
――わかりにくすぎるって!
無事に下ろしてもらって、荷物を抱え直す。
廊下を少し進むと、突き当たりに昇降機があるのが見えた。
シディア様と一緒に乗り込む。
昇降機は下に向かって動き始めた。
前に父さんと乗ったときは何も思わなかったのに、二人きりの密室になんだかドキドキしてしまう。
「心臓がにぎやかだな」
「え、あ……聞こえてるんですか?」
狭い空間とはいえ、少し離れているこの距離で、心臓の音が聞こえてしまうとは思わなかった。
怪人の中には、通常の何倍もの聴力を持つ人がいる。
シディア様はそれに当てはまるということだろう。
「もしかしておれ、うるさかったですか?」
「慣れているから問題ない。聞きたい音を選んで聞いているしな」
不要な音は遮断できるってこと?
気になってシディア様の耳を見たけど、見た目はおれの耳とほとんど変わらなかった。中の構造が違うのかな?
「お前の鼓動が速い理由はなんだ? 恐怖や驚きとは違うようだが」
シディア様はそう言いながら、こちらに一歩近づいてくる。純粋な疑問みたいだけど、おれには答えづらい問いだった。
――ドキドキしてる理由なんて、おれが聞きたいよ!
シディア様の外殻が魅力的すぎるせい?
それとも、シディア様の顔が整いすぎているから?
どっちも当てはまっている気がするけど、どっちを答えてもドン引きされてしまうんじゃないかって心配になる。
ツィーガの件もあるし。
「――また速くなったな。俺が関係しているのか?」
それは、絶対にそう。
綺麗すぎるシディア様の顔がすぐ目の前にあるせいだ。その顔の近さにふと、さっき抱きかかえられたときのことを思い出していた。
意識しないようにしていたのに、触れた肌の記憶が蘇って、おれの鼓動はさらに速くなる。
――これ以上は、心臓壊れるって!
「時間切れだな。着いたようだ」
昇降機がゆっくり停止し、扉が開く。
外に広がっていた信じられない光景に、おれは小さく息を呑んだ。
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