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23 おれの知ってる制服じゃない
しおりを挟む工房を奥に進んでいくと、人の気配がどんどんなくなっていく。
前を歩く眼帯ムキムキ紳士さん(そういえばまだ名前を聞いてない)とはぐれないように注意しながら、おれはきょろきょろとあたりを見回した。
奥に長い廊下だ。工房というより、病院の入院病棟っぽい雰囲気がある。壁も床も天井も真っ黒だけど。
廊下の両側には、扉がいくつも並んでいた。
この扉一つが一部屋だとしたから、間隔的に個室はかなり狭いっぽい。
――なんか……中から声が聞こえるんだけど。
扉の向こうから声がする。
話し声とかそういうんじゃない。
くぐもった悲鳴っていうか、ちょっといやらしい声っていうか……おれの耳がおかしいのかな?
かすかにそういう声が聞こえてくる気がする。
「こちらです」
「……っ!」
扉の向こうにばかり気を取られていたせいで、反応が一瞬遅れてしまった。
声のほうに顔を向けると、立ち止まった眼帯ムキムキ紳士さんがこちらを見ている。その太い腕に腰かけるホニベラ様も、くるっと大きな瞳でおれを見つめていた。
「バン・クラードゥ? どうかしたのか?」
「すみません。初めて来る場所だったので……」
「中の声が気になったか?」
「……気のせいじゃ、ないですよね?」
「きみは目だけじゃなくて耳もいいんだな。顔が赤いぞ」
「ッ!!」
ホニベラ様は、おれが『可愛い』と口走ってしまったときと同じくらい嬉しそうに笑っていた。
無邪気な笑顔に見えるのに、なぜか背筋にぞくっとする。
――なんか……怖い?
「さ、部屋へどうぞ。きみは声もよさそうだ」
「え……と」
「どうぞお入りください。バン・クラードゥ様」
嫌な予感しかしないけど、幹部にそう言われて断れる立場じゃない。
おれはそろそろと足を踏み出した。
制服を作りにきただけなのに、とんでもない目に遭わされそうな気がする。
――シディア様とレクセが詳しく説明してくれなかったのって……もしかして、そういうこと?
シディア様の説明が足りないのはいつものことだから確信はないけど、レクセが話さなかった理由はこれだったんじゃないかって思ってしまう。
おれは扉の前に立って、個室の中を覗いた。
部屋は少し広めのシャワールームほどの広さだった。床が中央に向かってゆるやかに窪んでいる。
「部屋に入る前に服は全部脱いでね。邪魔になるからさ。脱いだ服はティッハに渡してくれたらいいよ」
「ティッハ、さん?」
「私のことです」
ようやく眼帯ムキムキ紳士さんの名前がわかった。
ティッハさんは空いた手を、おれに向かって差し出す。脱いだ服をそこに置けってことなんだろう。
――って……ここで脱ぐの? 廊下だし、二人の目の前なんだけど。
部屋に入ってからじゃだめなんだろうか……だめなんだろうな。
部屋に入る前って、はっきり言っていたし。
「……よろしくお願いします」
「はい。お預かりします」
おれは脱いだ黒タイツをきちんと畳んで、ティッハさんに手渡す。他人にあまり見られたくない部分を手のひらで隠しつつ、個室の中へ入った。
「あの、これ……おれはどうしてたらいいんでしょう?」
「左側の画面が見える向きで、窪みの真ん中に立って。足は肩幅に開いて、手は下にまっすぐ。身体からは少し離しておいてね」
前を隠せなくなってしまった。
恥ずかしさを堪えつつ、おれは次の指示を待つ。
「きみはお腹から触腕が出るんだっけ? 今ここで出せる?」
「出せます」
「じゃあ、出してみて。確認しておきたいから」
腹に意識を集中して触腕を生やす。
すぐに『もういいよ』と言われたので、触腕を出していたのは一分足らずの短い時間だった。
「他に外殻、変質や体型変化はない?」
「ありません」
「わかった。提出の書類から大きな変更はないみたいだね。じゃあ、そろそろ始めようか」
始めると言われて、ドキッと鼓動が跳ねた。
おれの緊張に気づいたのか、ホニベラ様が「あはは」と声を上げて笑う。
「怖い? 先にお試しから始めてあげよっか?」
「お試しですか?」
「うん。やることは変わらないけど、そのほうが心の準備がしやすいかなって。どうする?」
「じゃあ……お願いします」
完全にビビっていたおれは、ホニベラ様の優しい提案に受け入れる。
「ティッハ、始めて」
「かしこまりました。ホニベラ様」
ティッハさんは恭しく頷くと、扉のすぐ横にボタンを押した。
ボタンに赤い光が点る。
「ん――ッ」
その瞬間、足の裏からビリッと全身に電気のようなものが駆け上がった。
「あ、あ……何?」
「身体を動かせないようにしただけだよ。首から上は動くし、別に苦しくはないでしょ?」
ホニベラ様の言うとおり、おれの身体は動かせなくなっていた。
筋肉に力は入れられるけど、首から下の骨が固められてしまったみたいに、ぴくりとも動かない。
「動くと、制服がうまく身体に定着しないんだよね」
「制服が……定着?」
制服って身体に定着させるものだっけ。
よくわからなくなってきた。
「これからきみが纏うのは第二の皮膚。きみの身体を守るだけでなく、強化もするものだ」
「第二の皮膚……?」
「そう。だから定着には少し刺激を伴うんだけどね。怪人の力を覚醒させた者なら問題なく耐えられる仕様だから安心して――さ、始まるよ」
「ひ、ッ……ん」
足指に何か冷たいものが触れた。それはじんわりと足の裏まで広がってくる。
「ン、ぁあ……」
「やっぱり、いい声だ。反応も悪くないねっ」
にっこりと微笑んだホニベラ様が、おれに向かって手を伸ばしてくる。
でも、その手はどこにも触れなかった。
「いけません、ホニベラ様。他人のものに手を出しては」
「えー……いいじゃん。少しくらい」
「なりません。代わりに私めに触れてやってください。ホニベラ様になら、何をされても悦びですので」
「仕方ないなー。あとで可愛がってやる」
おれは何を見せられているんだろう。
でもそのやり取りで、ホニベラ様がただの可愛い人じゃないことは充分わかった。
「ん、ぅ……ぁ、あッ」
二人が話しているあいだも、おれは足先からの奇妙な感覚に身悶えていた。
どんなに堪えようとしても声が出てしまう。
廊下に漏れ聞こえていたのは、この声だったんだ。
「バン・クラードゥ、下を見てごらん」
おれは言われたとおり、下を見た。
自分の足先が黒く染まっているのに気づいて、驚きに目を見開く。
「ぁ、あ……」
「あれが首から下を全部覆えば制服の完成ってわけ。どう? 仕組みがわかったら、怖くなくなったんじゃない?」
――わかって、余計怖くなったんだけど。
でも、そんなことは言っちゃだめな気がする。
おれは強がって頷くと、あまり変な声が出てしまわないように、ぎゅっと唇を結んだ。
「いい子。それじゃあ、本格的に始めるよ――とその前に、これをつけておかないとね」
ホニベラ様はそう言うと、腰にぶら下げていた可愛らしいピンク色のポーチから何かを取り出した。
――それ、って……。
「これは緊急停止用のボタンだよ。っていっても、少し休憩を挟めるだけだけどね。どうしても耐えられなくなったら使うといい。ただ、あんまり使うと苦しい時間が長引くだけだから、早く終わらせたいなら押さないほうが賢明だよ」
ホニベラ様は饒舌に説明しながら、おれの口元にそのボタンを近づける。
「口を開けて」
「これって、口枷……」
「手は使えないからね。ボタンは噛んで押すしかないでしょう? だからこの形なんだよ」
それはどう見ても、筒状の口枷だった。
「強く噛めば止まるからね」
「んぐ……っ」
おれが棒の部分を咥えると、固定ベルトが一人でにシュルッと頭に巻きつく。取れなくなってしまった。
「いいね、とても似合うよ。あとで、きみの上司も来るから、ちゃんと見てもらおうね。じゃあ、ぼくたちは出るね」
ホニベラ様はそう言うと、ティッハさんと一緒に個室を出ていってしまう。
一人残されたおれは、すでに絶望しかけていた。
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