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35 深く刻みこまれて
しおりを挟む俯いたまま、顔は上げられそうになかった。
無理に身体を起こしたせいで、頭がくらくらする。
何か言おうと息を吸い込んだけど、言葉がうまく纏まらなくて、震えた喉から出たのは長い溜め息だけだった。
「お前は何に怯えているんだ?」
尋ねてくるシディア様の声は穏やかだった。
おれを責めているわけじゃないって言ったのは、本当なんだと思う。
シディア様の質問に答えなきゃ――そう思うのにうまくいかない。
恐怖で言葉が出てこなかった。
「――俺が怖いのか?」
「ち、ちが……っ」
「ならば、こちらを向け。心配しなくとも、無理やり見るようなことはしない」
優しく誘導するように、顎を持ち上げられた。
それでも目を合わせられないでいると、「バン」と囁くような声で名前を呼ばれる。
勇気を出して視線を上げると、こちらを見つめるシディア様のオーロラ色の瞳に捕まった。
「本当に、俺が怖いのではないのだな?」
こくん、と頷く。
その間も視線は外さなかった。外すことは許されない気がしたからだ。
「では、何が怖いんだ?」
「シディア様に……幻滅されるのが、です」
おれは、今一番恐ろしいと感じていることを口にした。
組織や人間に対していろんな感情が渦巻いている中でも、おれが何より怖くて仕方ないのは、自分を部下に選んでくれたシディア様に幻滅され、見限られることだった。
「なぜ、俺がお前に幻滅すると思う」
「……人間と対峙しただけで動揺する戦闘員なんて、足手まといでしかないからです。戦闘員にそんな感情は必要ない――そう、ですよね?」
それが幹部に仕える戦闘員としてあるべき姿だ。
訥々と答えながら、自分は戦闘員失格だと再認識させられている気分だった。
胃がきりきりと痛む。込み上げる吐き気を堪えながら、シディア様の目をじっと見つめて、沙汰が下るのを待った。
「――っ!」
シディア様が、握っていたおれの手を離した。
本当に見限られたかもしれない。これで終わりかもしれない――そう思うと泣きそうになる。
涙を堪えようと、唇をぎゅっと噛み締めたときだった。
シディア様の長い指が、おれの額にトンッと触れる。そこからぶわっと広がるように、シディア様の魔力が全身の肌を撫でた。
「ん……ッ」
被膜が外皮に変化して、制服を形成する。
気づけばシディア様も外皮と外殻を纏い、〈選別〉のときに見た幹部の正装に身を包んでいた。
「場所を変えるか」
腕を掴まれたかと思えば、周りの景色が変わる。
浴場から、書庫へ転移したのだ。
突然起こったいろいろなことに理解が追いつかなくて、呆然とする。それでもおれは、正面に立つシディア様を見つめ続けた。
シディア様はそんなおれの視線を受け止めながら、おもむろに口を開く。
「バン、俺に誓った忠誠を忘れてはいないな?」
「もちろんです、シディア様」
一瞬も間を開けることなく答えた。
この問答が最後のチャンスかもしれない。今ここで答えを間違えるわけにはいかない。
「お前は忠誠をなんだと思う」
「忠義を尽くすこと――シディア様への献身と服従を誓うことだと思ってます」
「では、そこに己が感情と意思は必要ないと思うか?」
「……っ」
すぐに答えられなかった。
そうだと頷くのは、違う気がしたからだ。
「――バン、お前の答えを聞かせよ」
「おれは……自分の感情と意思で、シディア様に忠誠を誓いました」
「そうだな」
「だから、必要ないとは……思えません」
言い切ってしまった。
戦闘員としてあるべき姿を無視して、自分の意見を口してしまった。
でも、不思議と心が少し軽くなった気がした。
「俺も同意見だ」
「え……」
「お前がお前でなければ選ばなかった――それが俺の答えだ。お前が何を見て、どう感じようと構わない。こうして隠されるのは嫌だがな。お前は俺に選ばれたことを誇り、誠心誠意尽くせばいい」
――おれが、おれだから選んでくれた……?
ぽかんと口を開いたまま、シディア様を見上げる。
「そこで驚くとは……お前に足りなかったのは、俺のものになるという覚悟だったようだな」
「シディア様の、もの?」
「よもや、部下として尽くすだけとは思っていまいな?」
「え、っと……」
「なるほど。刺青が刻めんわけだ」
何を言われているのか、本格的にわからなくなってきた。
ただ、見限られなかったというのはわかる。
安堵に頬を緩めていると、シディア様の手がガシッとおれの両肩を掴んだ。
「バン、お前は誰のものだ?」
そう尋ねるシディア様の目がちょっとだけ怖かった。
ううん……結構怖い。瞳の奥にある闇に引きずり込まれそうな、奇妙な感覚がおれを襲う。
「シディア様の、ものです」
喘ぐように答えた。
シディア様が満足そうに目を細める。
その表情を見た瞬間、腹の奥がぞわぞわと疼き始めた。触腕が出てくる感覚とも違う。どちらかといえば、張り詰めた中心を擦り上げたときに感じる快感に近い。
「ん、ぁ……何、これ」
「下を見ろ、バン。お前の身体に刺青が刻まれるところだ」
「おれの身体に、刺青が……?」
シディア様の言ったとおりだった。
制服の透けている部分、臍の両側に刺青が浮かび上がってきている。
左右対称の刺青は手のひらで隠れるほど小さなものだけど、うっすら紫に発光する見た目と模様の系統は、シディア様の身体にあったものと雰囲気がよく似ていた。
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