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38 プロポーズの真実
しおりを挟む「え、え……待って、何、それ……本当に?」
頭の中は真っ白で、まさに混乱の極みって感じだった。
だって母さんの言ったことが本当なら、皆の前で首領様に『おれと結婚してください』ってやっちゃったってことでしょ?
今まで誰にも揶揄われなかったことが、奇跡みたいに思えてくる。
「首領様に、求婚って」
「あらやだ。そんなに心配しなくても、誰も本気の求婚だなんて思っていないわよ」
「え……そうなの?」
母さんは笑いながら、あっけらかんと言った。
衝撃の事実からまだ立ち直れていなかったおれは、呆然としたまま、母さんの顔を見る。
「たまにいるのよね。強い魔力に影響されて、魔力漏らしちゃう新人って」
「…………う」
「入団式以外でも、幹部に叱られたときに反応しちゃったりね。まあ、魔力制御がしっかりできていれば、普通はそんなことにならないのだけれど」
「……ご、ごめんなさい」
責められている気がして、おれは母さんに謝罪した。ソファーの座面に頭を擦りつける勢いだ。
母さんは、なおも笑っている。
本気で面白がっているのか、それとも笑うしかない状況だったのか……おれには判断がつかなかった。
「それにバンの場合、それは体質のようだからね」
「体質……?」
そういえば、それと同じようなことをシディア様にも言われた気がする。
「その体質って……魔力への感受性と関係あるやつ?」
「あら、知っているんじゃない」
正解だったようだ。
でも、おれが知っているのはその言葉だけだった。
それがどういう体質なのか、実はまだよくわかっていない。
「その体質って、具体的にはどういうものなの?」
「そうね……言葉で説明するのが難しいのだけれど、あのとき、バンの身体に起こったことがすべてかしら」
「それって、魔力を漏らしたこと? それとも、首領様に……しちゃったこと?」
求婚という言葉は、さすがに何度も口にできなかった。
「どっちもよ。あと、本当はどちらも少しずつ違うわね」
「少しずつ違う? ……どういうこと?」
「あのときのあなたは、自分の魔力を操れる状態じゃなかったのよ。だから、あなたが漏らしたということにはならないの。魔力に対する感受性が強いということは、相手の魔力に引きずられやすいということよ。ただし、それは全員に当てはまるわけではないわ」
それも、シディア様から聞いた話と同じだった。
「もしかして、相性のいい相手の魔力にだけ反応する、とか?」
「そのとおりよ。それがあなたにとっては、首領様の魔力だったということ――幸か不幸かね」
幸か不幸か――そう言った母さんの表情は少しだけ強張って見えた。
でもそれはほんの一瞬のことで、すぐにいつもと変わらない表情に戻る。
「……じゃあ、おれがあの場でやらかしちゃったのは、首領様の魔力に引きずられたからってこと?」
「そうなるわね。首領様の魔力に釣られてあふれ出した魔力が、首領様に引き寄せられてしまったというのが正解ね」
「そうだったんだ」
入団式で何が起こったのかはこれでわかったけど、自分の体質についてはまだわからないことばかりだった。
「おれのこの体質って、何かいいことあるの?」
「んー、どうかしらね? そんなに珍しい体質ではないし……ただ、バンの場合は少し特別かしら」
「特別?」
「何か特殊な因子があるようなのだけれど、それについてはまだ確認中なの。私もまだ詳しく聞かせてもらっていないから、またわかったら話すわね」
――珍しい体質ではないけど、おれのはちょっと変わってるってこと? んー……やっぱりよくわかんないや。
そんな話をしているうちに、ようやく気持ちが落ち着いてきたので、おれはテーブルの焼き菓子に手を伸ばす。
ぽいっ、と口に放り込んだ瞬間だった。
「そういえば、あなたの求婚の結果だけど――」
「……っ!!! え? 待って、何? まだ続きがあるの!?」
危うく、口の中のものを全部噴き出してしまうところだった。
一瞬で味のしなくなった焼き菓子を強引に飲み込んで、おれはドキドキしながら母さんの言葉の続きを待つ。
「答えは――貰えていないのよね」
「貰えてない?」
「そう。あなたが倒れてしまったせいでね」
「……そ、そっか」
そして、そのあとおれは駆け寄った父さんによって医務室に運ばれたんだそうだ。
――そこで、マッド・ビィに変な薬を飲まされそうになって……首領様が助けてくれたんだよな。
あそこに首領様が来てくれたのは、おれが入団式でやらかしたことを確認するつもりだったのかな?
理由はそれくらいしか思いつかないんだけど。
「もし、あなたが倒れていなかったら、首領様はどういう返事をなさっていたのかしら。バン、あなたはどう思う?」
「そりゃあ、断ったに決まってるでしょ。そもそも事故みたいなものだったんだし、答える必要もないんじゃないの?」
「どうかしら。首領様は少なからず、バンに興味を持っていらっしゃるようだったけれど」
「いやいや、ないって……っていうか、こういう話って不敬にならないの?」
「っふふ。なるかもしれないわね」
やめようよ。そういう危ない橋を渡ろうとするの。
絶対に笑いごとじゃ済まないじゃん。
「それにしても、母さんは何も思わなかったの? 息子が入団一発目でそんなやらかしして、恥ずかしいとか」
幹部である母さんたちの顔に泥を塗ってしまったんじゃないか、それだけが心配だった。
おれの質問に、母さんはすっと笑いを引っ込める。
じっとこちらを見たあと、おれの肩にぽんっと手を置いた。
「――心配したわ。倒れて動かなくなったあなたを見て、すぐには駆け寄れなかったくらい動揺した」
少し震えた声でそう言ったあと、六本の腕を全部使って、大切に包み込むようにおれを抱きしめた。
まさか、そんな答えが返ってくるなんて。
あのあともいつもと変わらなかったから、そこまで心配させてしまっていたことにも気づいていなかった。
「……心配かけて、ごめん」
「いいのよ。バンが悪いわけじゃないんだから」
すん、と鼻を啜った母さんの背中を、おれも力いっぱい抱きしめた。
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