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41 考えすぎじゃないかな?
しおりを挟むシディア様はおれが名前を呼ぶより先に、こちらに気がついていた。
立ち上がって駆け寄ろうとしたおれを手のひらだけで制すると、シディア様はコツコツと靴音を鳴らして近づいてくる。
「気にせず、食事を続けろ」
「ありがとうございます。シディア様もお食事ですか?」
「いや……お前の気配がしたから、立ち寄ってみただけだ」
――えー……何それ、嬉しすぎるんだけど。
おれはテーブルの下で足先をパタパタ動かす。
食堂は幹部も利用する施設だ。
でも、ほとんどの幹部は執務室まで部下に食事を運ばせているので、実際に食堂で幹部を見かけることは珍しかった。
そのせいか、周りの注目がおれたちのテーブルに集まっている。
とはいっても、ちらちら見てくるくらいだけど。
食堂内は敬礼の省略が許されていたり、他の場所よりも上下関係の決まりごとが緩めだけど、それでも幹部であるシディア様をガン見したり、話しかけようとしてくる戦闘員は誰もいなかった。
「彼らは?」
シディア様の関心が、同じテーブルに座るレクセとツィーガに移る。
最後の肉を口に放り込んだばかりだったおれは、シディア様の質問に答えようと急いで咀嚼を始めた。
だけど、おれが肉を飲み込むより早く、レクセとツィーガが立ち上がる。
「名乗る許可をいただけますか?」
発言したのはレクセだ。
「構わないが、手短かにな」
「ありがとうございます。フィカ隊所属、レクセ・アピウスと申します」
「アピウス……ああ、イェスコルの子息か」
「――ッ!!」
父親の名前を言い当てられて驚いたのか、いつも冷静なレクセが少し動揺している。
それでも、敬礼の姿勢は崩さなかった。
「そっちは?」
「失礼いたします。ヤアドゥカ隊所属、ツィーガ・ラァと申します」
「どちらも〈選別〉のときに見た顔だな――……二人とは親しいのか?」
シディア様の質問は、おれに向けられていた。
もう二人のほうは見ていない。
「ツィーガとは最近親しくなったばかりですけど、レクセとは幼馴染みなので、昔からいろいろ助けてもらってます」
「そうか」
シディア様はおれの説明に頷くと、そっとおれの左耳に触れた。
首領様のくれた外殻がついているところだ。
――やっぱり……シディア様に触られるの、好きかも。
目を閉じてうっとりとしていると、手はあっという間に離れていってしまった。
名残惜しさにその手をじっと目で追っていたら、シディア様がそれに気づいて、少しだけ表情を緩める。
「先に戻る。では、あとでな」
シディア様はそれだけ言うと、食堂を出ていってしまった。
本当におれの顔を見にきただけだったんだ。
一緒に執務室に戻りたかったけど、シディア様が『一緒に来い』って言わなかったので、勝手についていくわけにもいかない。
「僕、ちょっと無理かも…………」
シディア様の後ろ姿が見えなくなって少ししてから、ツィーガが脱力した声で呟いた。
膝から力が抜けたように椅子にどかっと腰を下ろしたかと思えば、テーブルに上半身を伏せて動かなくなってしまう。
「え? ツィーガ、どうしたの?」
「お前はよく平気だな。俺も……手足の震えが止まりそうにない」
レクセも見てわかるくらい、手足が震えていた。
顔色もよくない。唇なんか真っ青だ。
あんな激しい訓練のあとでも平気そうだった二人が、いったいどうしたっていうんだろう。
「……とてつもない方だな、お前の上司は。幹部相手でも、そこそこの魔力圧なら耐えられる自信があったが……さすがに、あれは無理だ」
――シディア様が、とてつもない?
どうやらレクセはシディア様の魔力圧を浴びたせいで、手足の震えが止まらないらしい。テーブルに突っ伏して苦しそうに唸っているツィーガも、レクセと同じ状況のようだった。
「そんなにすごい魔力圧放ってたの? おれには全く感じなかったんだけど……」
「は?」
「……ぇ?」
おれの発言に驚いたらしいツィーガが、のろりと顔を上げる。
ツィーガの顔色はレクセよりも酷かった。
血の気が全くなく、真っ白な顔をしている。
「ツィーガ、本当に大丈夫?」
「無理。倒れるかも……でも、今のバンくんの言葉は、聞き捨てならなかったからね」
「ただ慣れているのかと思ったが、何も感じていなかったとはな……信じられない」
おれが鈍感みたいに言わないでほしい。
おれだって、強い魔力圧に押し潰されそうになる感覚はわかる。
強者の魔力圧は、畏怖で身動きが取れなくなるものだ。震えが止まらなくなったり、意識をなくしてしまいそうになったり――まさに今のレクセとツィーガの状態と一致していた。
――でも、本当に何も感じなかったんだけど。
シディア様の気配になら気づけた。
うなじのあたりがピリピリする感覚と、胸のあたりがそわそわする感覚。シディア様がおれを見ているときに、いつも覚える感覚だ。
――あれが魔力圧だったのかな?
でも、おれが知っている魔力圧とは感じ方が違いすぎる。
「……もしかして、これのおかげ?」
おれは自分の下腹部に触れた。
そこには、シディア様が刻んだ刺青がある。所有の証だと言われた、特別な刺青だ。
シディア様の近くにいると、このあたりがぽかぽかあたたかくなる。たぶん、シディア様の魔力に反応しているんだと思うんだけど。
「お前、もしかしてそれ……制服の模様じゃなくて、刺青だったのか?」
「うん。そうだけど?」
透けている部分にあるし、制服の模様に見えなくもないけど……そっか。レクセはそういう勘違いをしていたから、今まで何も聞いてこなかったんだ。
刺青だって気づいてたら、あれこれ聞いてきそうだし。
「それも……シディア様と関係しているのか?」
「えっ、なんでわかったの?」
「今のお前の発言からして、そう考えるのが普通だろ――シディア様はいったい、何者なんだ?」
「何者って、うちの幹部でしょ? それ以外に何かある?」
レクセだって知らないはずないのに、どうしてそんなふうに聞くんだろう。
おれは首を傾げる。
「お前、気づいてないのか?」
「何……まだ何かあるの?」
真剣な表情と声色で話すレクセの様子に、おれにまで緊張が伝播してきた。
ごくりと唾を呑み込む。
そんなおれから一瞬も目を離さないまま、レクセは静かに口を開いた。
「――シディア様は上級幹部である俺の親父を呼び捨てにした。親父と同等か、それよりさらに上位階級の怪人だ」
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