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49 黒い予感と黒い寝室
しおりを挟むバンが完全に意識を失っていることを確認したシディアは、全身に闇色の外殻を纏い、ダーヴァロード首領ガラディアークの姿を取る。
部屋の扉の向こうに、こちらの様子を窺う二つの気配があるのには気づいていたが、今はベッドの上で横たわるバンのこと以外どうでもよかった。
鋭く尖った外殻で傷つけないよう、慎重な手つきでバンの右頬に指を滑らせる。そしてバンの頭から足先までを、じっくりと眺めた。
「やはり、限界はあったか」
限界以上の魔力を食らったバンの腕と脚は原型を留めていないように見えた。
腕以外の上半身は元の形を保っている箇所が多いが、頭と顔の左半分は黒い外殻に覆われてしまっている。
その外殻はシディアがガラディアークとしてバンに贈った左耳の外殻が、バンの身体からあふれ出した魔力により増殖し、形を変えたものだった。
「元は我の外殻だが……完全に定着しているな」
それは、普通では起こり得ないことだった。
他人に外殻を分け与える行為はそこまで珍しくはない。
分け与えた外殻は主に契約の証とすることが多いが、咬傷や刺青に比べて縛りは弱く、ほとんどが見た目だけのものだった。
だが、バンの場合は違う。
元はシディアの外殻だったそれは、すでにバンの一部として定着していた。でなければ、こうしてバンからあふれ出た魔力により変形するはずがない。
「それに、この手脚――」
シディアは、見た目の異常がどこよりもはっきりと現れているバンの手脚に注目した。
バンの二の腕より先、太腿より下は左右どちらとも、とろみのある黒い液体のようなもので包まれている。まるで手脚そのものが液体化したかのようにも見えるが、実際は液体が肌を覆っているだけだった。
このとろみのある液体の正体は、バンの体内に収まりきらなかった過剰魔力が物質化したものだ。
「変わった能力……いや、体質か?」
シディアはおもむろに手を伸ばすと、バンの手に付着した液体を指で掬い取る。
一瞬も躊躇うことなく口に含んだ。
「我とバン、二人分の魔力が混ざっているのか。しかし魔力を物質化するとは……この体質、ビィに知られたら厄介なことになるかもしれんな」
ふと、面倒な相手のことが頭に浮かんだ。
こういった珍しく不可思議な現象に目がない研究者――マッド・ビィこと、ビィ・ロフォラヴリ。
ビィは本部の地下施設を取り仕切る特級幹部の一人。そして、かなりの危険人物でもあった。
ビィとバンとはすでに面識があり、おそらくは興味も持たれている。そのうえこの体質のことを知られれば、研究対象とされるのは間違いないだろう。
関わらせる気など毛頭ないが、相手は考えの読めない研究者だ。いつどんな気まぐれを起こして、接触してくるかわからない。
「――オクトス、アラネア」
「はっ」
「こちらに」
名を呼ぶと、二人はすぐに姿を現した。
ベッドの傍に立つシディアの足もとに跪き、首を垂れる。
「面を上げよ」
二人が顔を上げた。
どちらもなるべく表情に出さないよう心がけている様子だったが、それでもベッドに横たわったままぴくりとも動かない息子を気にかけているのが伝わってくる。
「――バンを預からせてもらう」
「……っ、それは」
「案ずるな、アラネア。明日には返す。この状態を元に戻したいだけだ」
「かしこまりました……」
「オクトスも異論はないな?」
「はっ」
二人の了承を確認してから、シディアはバンを抱き上げた。
すぐさま転移しようとしたが、後ろから「首領様」とオクトスに呼び止められる。
「一つ、お聞きにしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「首領様は……バンをどのように思っていらっしゃるのですか?」
この状況で、それを尋ねられるとは思っていなかった。
アラネアも、オクトスがそんなことを言い出すとは思っていなかったのか、目を丸くしてオクトスを見つめている。
シディアはすぐに答えず、腕に抱いたバンを見下ろした。外殻に覆われていない部分の髪を梳くように撫でてから、静かに口を開く。
「その答えは――先にバンに聞かせてからだな」
「「……っ」」
息を呑む二人の視線を気にすることなく、シディアはバンの目元に口づける。
最後に二人を一瞥してから転移した。
「…………今のって、そういう意味か?」
シディアがバンを連れて消えたあと、オクトスは隣のアラネアに向かって尋ねた。
アラネアは首を横に振る。
それは否定という意味ではなく、わからないという意思表示だろう。アラネアの視線はオクトスではなく、先程まで首領が立っていた場所に向けられていた。
「首領様は……あんな表情もなさるのね」
しばらく呆けたあと、アラネアがぽつりと呟く。
その頬はオクトスの求婚を受けたときと同じくらい、赤く染まっていた。
◇◇◇◆◆◆
「――おれの手が!」
がばっ、と勢いよく身体を起こす。
バクバクうるさい心臓の音を聞きながら、おれは真っ先に自分の手を確認した。
いつもと変わらない手がそこにあって、ほっと胸を撫で下ろす。
でも、あれが夢の出来事じゃないことはわかっていたので、自分の顔や身体が無事であることをぺたぺたと触って確認した。
「……なんとも、ない?」
触った感じに異常はなさそうだし、感覚にも特に問題はない。
ただ二つほど、気になることがあった。
「おれ、なんで裸なの? それにここ……どこ?」
そこは知らない部屋だった。
しかも、ものすごく広いベッドの上で全裸だ。
ぐるっと見回したその部屋をおれ流に一言で表すなら――暗黒寝室。
「……ってことは、もしかして」
一つの可能性が頭に浮かんだ。
さっきとは違う理由で、心臓がうるさく鼓動し始める。
――じゃあ……そこのシーツの膨らみって。
おれは、こわごわと自分の隣に視線を向けた。
ここまであえて、その不自然なシーツの膨らみを無視していたけど……おれの想像が合っているんだとしたら、この中身って。
――まさか……違う、よね?
シーツに向かって、そろそろと手を伸ばした。
おれの指先がシーツに触れるより先に、シーツの中から二本の腕が飛び出してくる。
「わ――ッ!」
あっという間に、シーツの中に引きずり込まれていた。
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