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54 なんでも口に入れるのはよくない
しおりを挟む「魔力を食べるのって、そんなに珍しい能力だったんですか?」
おれに触腕以外の特殊な力があったなんて。
驚いたおれは、意味もなく自分の手を見つめながら聞き返す。
「……いや、それ自体はそこまで珍しくない」
シディア様の答えは、おれの思っていたものではなかった。
特殊な力って『珍しい』って意味じゃなかったってことかな? おれは、うーんと首を傾げる。
そんなおれを見て、シディア様が説明を付け加えた。
「魔力を食らう者は珍しくない。お前の異常さはそこではなく、その許容量だ。食事と同じだな」
シディア様はそう言うと、一口大に切った肉を指でつまむと、おれの目の前に持ってくる。
条件反射で差し出された肉をぱくっと食べたおれを見て、目元を柔らかく細めた。
「本当に……この小さな器のどこに、それだけの魔力を溜め込んでおけるのだろうな」
「ん、む……」
唇の隙間から、指を差し込まれた。
指先についたソースをおれの舌で拭き取る気なのか、長い指で咥内を掻き回してくる。口の中にはまだ咀嚼中の肉が残っているのに、そんなのはお構いなしだ。
「ん……んっ」
「まあ、許容量が大きいだけなら、まだよかったんだがな」
シディア様は意味深に呟きながら、おれの口から指を引き抜いた。
唾液で濡れた指先を少し眺めたあと、まるで見せつけるように、ねろりと舌で舐め取る。
――っ……今のは、間接キスでは?
それにしても、表情と仕草がえっちすぎる。
危うく下半身が反応してしまうところだった。
おれは口の中にまだ残っていた肉をごくんと飲み込んでから、唇を指で拭い、シディア様のほうへ向き直る。
「おれの能力、何か問題があるんですか?」
シディア様は「ああ」と頷くと、懐から手の中に収まる大きさの小瓶を取り出した。
透明の小瓶の中には、黒い液体が収められている。
「中の液体に見覚えはあるか? これは昨夜、お前が俺の魔力を食らって生み出したものだ」
「え……これを、おれが?」
手渡された小瓶の中身をガラス越しに観察する。
遠目には真っ黒に見えた液体は本当は少し透けていて、うっすらと向こう側が見えていた。
――これ、おれが生み出したの?
全く覚えがなかった。
シディア様の魔力を食らったときのことは覚えている。
ふわふわと気持ちよくて、心も身体も満たされる感じがして、たくさん欲しがった記憶もある。
――あのあと、確か……あっ、そうだ。
「おれの手と脚が、どろどろに溶けて――」
「思い出したか。正確には溶けていない。この液体がお前の身体を覆っていたせいで、そう見えただけだ」
シディア様は小瓶をおれの手から取りあげると、その蓋をおもむろに開ける。
中の液体を自分の手のひらへと乗せた。
「それ、触って問題ないんですか?」
「舐めても害はなかったぞ」
「えっ、舐めたんですか!? こんな得体の知れないものを? お腹、壊したりしませんでしたか?」
「害はなかったと言っただろ。味も悪くなかった」
「えー……」
なんでも口に入れるのは、やめたほうがいいんじゃないかな。
さっきも、おれの舐めた指を平気で舐めてたけど。
「これって、なんなんですか?」
「魔力が物質化したものだ」
「魔力なんだ……これ」
おれは、おそるおそる魔力の液体に指を近づけてみる。
害はないと言ったシディア様の言葉を信じていないわけじゃないけど、得体の知れないものに触れるのはやっぱり怖い。
まあこれ、おれが生み出したものらしいけど。
「……とろっとしてる。こんな形の魔力もあるんですね。魔力っていったら空気中を漂う靄みたいな印象だったから、液体もあるなんて知らなかった」
「俺もこんな状態の魔力を見たのは初めてだ」
「……え?」
「だから、お前の能力は珍しいと言ったんだ。食らった魔力を物質化する能力――そんな能力はこれまで聞いたことがない。ビィが知れば、お前は間違いなく研究対象にされるだろうな」
「け、研究対象――!?」
あまりに物騒な言葉に、おれは思わず椅子から立ち上がっていた。
両手で口元を押さえたまま、後ずさる。
「ビィってもしかして……幹部マッド・ビィのことですか?」
「ああ、そうだ」
聞きたくない名前だった。
あの個性的で気味の悪い笑い声を思い出して、ぞわっと背筋に冷たいものが走る。他人に対して悪い感情はあまり抱かないほうだけど、マッド・ビィだけは別だった。
あの人は初めて医務室で会ったときから、なんだか怖い印象しかなかった。いきなり変な薬を飲まされたっていうのもあるけど、その前からおれの本能は警鐘を鳴らしていた気がする。
二回目、〈選別〉で会ったときもそうだった。
おれを物のように見るような目が、恐ろしくて思えて仕方なかった。
「安心しろ。手は出させない」
「……シディア様」
「お前は俺のものだからな。魔力の一滴たりとも、くれてやるつもりはない」
その声は本気だった。
シディア様は鋭い視線でおれをまっすぐ射抜きながら、手のひらに出した魔力の液体を舐め取る。舌の上に黒い液体を乗せたまま、人差し指と中指をくいくいと曲げ、おれを近くへ呼んだ。
椅子に座ったシディア様の目線は、立っているおれとほとんど変わらない。シディア様のほうが少し低いだけだ。
触れられる距離まで近づいたおれの腰に、シディア様が腕を回す。ぐいっと引き寄せられ、口づけられた。
「ん……ぅ」
魔力の液体は、ほのかに甘い味だった。
それは瞬く間に溶けてなくなる。体内を巡る魔力の量が少し増えたのがわかった。
「お前を守るためにも、俺のものであるという証は多いほうがいい――そうだろう? バン」
「っ、はい…………あッ」
頷いた瞬間、舌がじわりと熱くなった。
臍の両側に所有の刺青を刻まれたときに感じたのと同じ熱だ。
もしかして、舌にも刺青を刻んだってこと?
「嬉しそうだな、バン」
どうやら顔が緩んでしまっていたらしい。
熱くなっていく頬を両手で押さえていたら、シディア様の大きな手に頭をくしゃりと撫でられた。
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