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63 今度はおれが手を引いて
しおりを挟む「オレの姿、どんなふうに見えてんだ?」
びっくりしすぎて声も出せないおれとは対照的に、アカゾメさんはとても落ち着き払っていた。
宥めるようにおれの肩をぽんぽんと叩きながら、ゆったりとした低音で話しかけてくれる。そのおかげで、おれはすぐに平静を取り戻すことができた。
「えっと……人の形をした厚みのある影、みたいな?」
アカゾメさんの姿を言葉で表現するのは難しかった。
ちゃんと人の形はしているんだけど、全体的に真っ黒で顔に凹凸はない。輪郭は少しぼやけていて、本当に地面にある影がふわっと浮き出してきて人の姿を真似したみたいな、そんな見た目だった。
「……黒い幽霊にも見えるかも」
「幽霊か」
でも、触れている感覚は普通にある。
体温も鼓動もちゃんと感じるし、おかしいのは見た目だけだった。
「元々がそういう見た目ってわけじゃないよね?」
「違うな。さっきも言ったろ? 身体は相当弄られてるが、人間を辞めたつもりはないって……にしても、これはあれか? 意識体だけが飛び出しちまった影響でこうなってんのか? それとも、周りにあるこの闇のせいか?」
自分の姿がおかしなことになっているとわかっても、アカゾメさんに動じる様子はなかった。
むしろ、自分の状況を冷静に見極めようとしている。
「……おれも、こんなふうに見えてたのかな」
「ん? どういう意味だ?」
「あ、えっと……前におれも今のアカゾメさんみたいに、真っ暗な穴に落ちたことがあって。だから、そのときのおれも、今のアカゾメさんみたいに見えてたのかなぁって」
おれは、暗闇で迷子になっていたところをシディア様に助けてもらったときのことを思い出していた。助けてくれたイケメンさんがシディア様だったってわかったのは、それから少し経ってからだったけど。
あのときのシディア様にも、おれの姿はこんなふうに見えていたのかな?
「同じ目に遭ったことがあんのか」
「うん。全く一緒ってわけじゃないかもしれないけど……」
アカゾメさんの話を聞く限り、すごく似た状況なんじゃないかとは思うけど。
断定するには材料が足りなさすぎるので、おれはあのとき自分が体験したことをアカゾメさんに説明した。
「確かに似てるな」
アカゾメさんもおれと同じ意見だった。
「じゃあ同じようにすりゃ、オレも戻れるっつうことか」
「え……アカゾメさんは戻りたいの? キツめ実験をやってる最中にここに飛ばされたって言ってたけど」
「なんだ。オレの言ったこと覚えたのか」
こくん、と頷く。
アカゾメさんがここに飛ばされた原因を、おれは聞き逃していなかった。言葉の中に〈実験〉という単語が含まれていたからかもしれない。
「アカゾメさんって、〈地下〉に捕まってるの?」
「ああ。そう呼ばれてるとこで間違いない」
「やっぱり……そうなんだ」
身体をあちこち弄られていると言っていたのも、たぶん〈地下〉での実験が関係しているんだろう。
――それでも人間を辞めたつもりはないって言ってたけど……〈地下〉って人体改造とか、そういうこともしてるのかな。
前世のイメージだと、悪の組織が行う実験と聞いて一番に浮かぶのは人体改造だ。
捕らえた人間を悪の組織に引き入れるときに、どう見ても機械に無理やり繋いで、改造や洗脳を行う――いわゆる悪堕ちと呼ばれる行為だった。
「お前って怪人っぽくないよな。反応がいちいち、人間くさいというか」
「っ……そんなことないし」
「あるだろ。っつうか、それが悪いとか言ってないからな。最近はヤバい怪人の相手ばっかだけど、お前みたいな人間くさい怪人も少なくないし。怪人と山ほど関わったことのあるオレがいいと思ってんだから、自分を否定することねえよ。それに……アイツもそうだしな」
最後のほうは声が小さくてよく聞こえなかった。
おれの手首を握るアカゾメさんの手の力が少し強くなる。
――何か、思い出してるのかな?
握られたところから、熱いと感じるくらいの熱が伝わってきた。
「――っと、悪い。戻りたいから、出口に案内してくれるか? オレも酷い目に遭いたいわけじゃないんだが、意識がないうちに身体を好き勝手されても困るからな」
「うん……わかった」
アカゾメさんへの警戒心はもうすっかりなくなっていた。まあ、最初からそんなに警戒できていたともいえないけど。
おれはアカゾメさんの手を引いて、書庫の出口を目指す。
あのときシディア様が案内してくれた出口がそこかはわからないけど、書庫の出口は一か所しかないので、とりあえずはそこを目指してみることにした。
「なあ――バンは、人間と戦ったことがあるか?」
「まだないけど……なんで?」
「いや、気になっただけだ」
「?」
アカゾメさんはその質問をして以降、考えるように黙り込んでしまった。
おれからも何か聞こうかと思ったけど、質問を迷っているうちに出口の前に着いてしまう。
「出口はここで間違いなさそうだな」
「わかるの?」
「なんでお前はわかんないんだよ。そういう感覚はちゃんと鍛えたほうがいいぞ。あと、この器と中身のチグハグさも早くどうにかしろ。そのへんがどうにかなりゃ、お前はもっと強くなれる」
「人間なのに、怪人のおれに助言してどうすんの」
「ふはっ、確かにそのとおりだ」
おれのツッコミが笑いのツボに入ったのか、アカゾメさんが「あっはっは」と腹の底から豪快な笑い声を響かせた。
「お前と話せてよかったよ。ありがとな、バン」
ひとしきり笑い終えたアカゾメさんの大きな手が、おれの頭に触れた。おれのことは見えていないはずなのに、気配で居場所がわかるんだろうか。その動きに迷いはない。
おれの髪を少し乱暴にくしゃくしゃと撫でる仕草は、やっぱりどこか父さんに似ていた。
「……元気でね」
「おいおい。それこそ捕虜の人間に向かっていう言葉じゃないだろ――でも、お前も元気でな」
「アカゾメさ……っ」
おれが名前を呼ぶよりも、アカゾメさんの姿が見えなくなってしまうほうが早かった。
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