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64 〈地下〉の実験場にて
しおりを挟む自分の身体に戻ってきたと実感できる理由が、全身を絶えず襲う激しい痛みと不快感なのは、さすがに笑えなかった。
普通の人間ならすぐさま正気を失っていておかしくないほどの苦痛だ。そんな拷問のような人体実験の最中にもかかわらず、赤染は己の状況を冷静に俯瞰していた。
――無事に戻ってこれたのはいいが……相変わらず、人の身体を好き勝手しやがって。
壁に磔にされるような格好で、よくわからない機械と大量の管を繋がれた自分の身体を見下ろしながら、赤染は心の中で悪態をつく。
ダーヴァロードの捕虜になると決めたのは自分だ。
長く一緒に戦ってきた四人の仲間には猛反対されたが、攫われてしまった部下たちを無事に取り戻す方法は、それ以外に思いつかなかった。
戦いで重傷を負い、赤染の身体はほとんど使い物にならなくなった。
そんな自分が犠牲になることで多くの命を救えるならそれも悪くないと、自ら選んで身命を賭した。
――この胡散臭い実験のおかげで五体満足に戻れたのはよかったが、オレは本当にまだ人間のままなのか?
闇の中で出会った怪人の青年――バンには『人間を辞めたつもりはない』と断言したものの、今も自分が人間と呼べる存在であるかは甚だ怪しい。
捕虜になって何十年が経過しているのに、赤染の身体は老いないどころか、鍛えられた肉体は全盛期の状態を保ち続けていた。
これらはすべて、赤染の身体に容赦なく改造を加えたマッド・ビィという名の、まだら髪の怪人のもたらした結果だ。
この〈地下〉と呼ばれる恐ろしい実験施設の全権は、そのマッド・ビィが握っていた。
――マッド・ビィのやつ、最近姿を見てないのが気になるな……オレ以外に新しい玩具でも見つけたか?
しかし、マッド・ビィが姿を見せないからといって、赤染に対する実験の苛烈さは何も変わらない。
今もなお、激しい苦痛を与えられ続けている。
「何か進展はあった?」
「ツィーガ様――いえ、今のところ変化はありません」
「そう」
赤染を観察するように見上げながら話しているのは、分厚い防護スーツに身を包んだ二人の怪人だった。
どちらも最近〈地下〉で見かけるようになった新顔だ。
あとから実験場に入ってきたツィーガという名の怪人のほうが階級は上らしく、数値をチェックしていた怪人が赤染について報告する。
「〈怪人因子〉の定着は確認できませんでした。被験体に注入した薬剤はすべて、分解されたものと思われます」
ここ数年、赤染の身体を使って行われていたのは、〈怪人因子〉を人工的に定着させる研究に関する実験だった。
――怪人因子を持たないやつに薬をぶち込んで、怪人を人工的に作り出そうなんて……マッド・ビィは恐ろしいことを考えるぜ。
しかもマッド・ビィが生み出そうとしているのは、自分の命令に決して逆らわない忠実な僕となる怪人だ。
そのために、身体だけでなく精神にも改造を加える実験を繰り返している。その結果として、赤染が知るだけでもかなりの数の失敗作を生み出しては廃棄していた。
「はぁ……簡単にはうまくいかないね。せっかくこの実験場をマッド・ビィ様に任せていただいたのに――結果が出ないのは腹立たしいな」
「申し訳ございません」
「別に君を責めちゃいないよ。それにしても、どうして怪人因子はこんなにも定着しづらいんだろうね。元から怪人因子を持つ者でも、この因子を使って力を強化できる確率は三割にも満たない。因子を持たない者を怪人化させることに関しては、まだ君しか成功していないもんね――――ラーギ」
ラーギと呼ばれた怪人は、ツィーガに視線を向けられ、わずかに目を伏せた。
――なんだと……? 一例だけとはいえ、成功しやがったのか。今日オレの身体で試したのは、こいつに使ったのと同じ薬ってことか?
怪人化に関係する薬はもう何百本と打たれてきたが、今日打たれた薬はこれまでのものとどこか違っていた。
実験中に意識を失うなんて経験は、これまでに一度もなかったからだ。
――完成品に近づいてるからか?
もしこの薬が完成した場合、自分はどうなってしまうのだろう。怪人化し、マッド・ビィに操られる自分なんて想像もしたくない。
「因子の定着にはどのくらいかかったんだっけ?」
「一か月です」
「それからまともに動けるようになるまで半月だったよね。時間をかけた割にあまり強くないのは難点だけど……それでも君は、この研究の鍵となる貴重なサンプルだ」
ツィーガが、ラーギに向かって手を伸ばす。
分厚い防護スーツ越しにラーギの左腕を掴むと、自分のほうへと引き寄せた。
「君を怪人化に導いたものが何かを解明できれば、この研究は必ず実を結ぶ。そうなれば、マッド・ビィ様をダーヴァロードの首領に――いや、この世界を統べる唯一絶対の存在へと押し上げることができる」
そう語ったツィーガは潤んだ目をうっとりと細め、頬を赤らめていた。
マッド・ビィに心酔しきっているのは間違いない。
――こいつ、精神を弄られ済みか。
それに対してラーギは、ツィーガの言葉に同意するよう頷いてはいるものの、ツィーガほど表情に変化はなかった。
むしろ、冷めた表情にも見える。
――なんか引っかかるな……あのラーギって怪人。しばらく気にしとくか。
機会を見て、こちらから話しかけてみるのもいいかもしれない。
何十年と〈地下〉にいてわかったことだが、若い怪人ほど、人間と関わることにあまり抵抗がない。
――そういや、バンもそうだったな。
会話を交わすどころか、簡単に気を許して、こちらの心配までしてきた変わり者の怪人。
人間よりも人間くさい彼のことを思い出すと、これだけ物騒な状況にあっても、あたたかい気持ちになれるから不思議だった。
◇◇◇◆◆◆
――アカゾメさん、ちゃんと自分の身体に戻れたのかな? いや、戻れたとしても〈地下〉で酷い目に遭わされてる最中かもしれないけど……大丈夫なのかな。
書棚の整理を再開しても、頭の中はアカゾメさんのことでいっぱいだった。
今この瞬間も〈地下〉で行われているかもしれない実験のことを想像しては、ぴたりと手が止まってしまう。
アカゾメさんと同じ〈地下〉にいて、戻ってくる気配のないラーギ先輩のことも気になってきてしまって、このまま作業に集中するのは無理そうだった。
「……シディア様、早く戻ってきて」
今このだめすぎる状態を見られたら、作業の進みの悪さを叱責されるかもしれない。
でも、そうなってもいいからシディア様に戻ってきてほしかった。
不安が大きくなりすぎて、指の震えが止まらない。
一度こうなってしまったら、もう自分ではどうすることもできなかった。
「――俺を呼んだか? バン」
「え……シディア様」
確かに呼んだけど、本当に戻ってきてくれるなんて。
声のほうを振り返ると、転移で戻ってきたらしきシディア様が、少し離れたところで腕を組んで立ち、こちらを見ていた。
一番会いたかった人の登場に、気持ちが抑えられなくなる。
持っていた本を置いて駆け寄ると、シディア様はおれを優しく抱きとめてくれた。
「魔力の乱れが酷いな。何があった」
「……ここに、迷い込んできた人がいたんです。それで――」
おれはアカゾメさんと会って話したことを、包み隠さずにシディア様へ打ち明けた。
シディア様はおれの目を通じて、すべてを知ることができる。
そんなシディア様に隠し事は意味がないし、何かを疑われるより先に、ちゃんと自分の口から説明しておきたかった。
感情がまとまらないせいで、いつも以上に支離滅裂になってしまったおれの説明を、シディア様は最後までちゃんと聞いてくれる。
不可抗力とはいえ、無断で人間と関わったことをどう言われるか心配だったけど、話を聞き終わったあともシディア様の表情はいつもと変わらなかった。
「……そうか。アカゾメがここに」
「アカゾメさんを、知ってるんですか?」
返ってきた予想外の反応に、おれはシディア様の腕の中に収まったまま、あんぐりと口を開いた。
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