65 / 111
65 二人は好敵手?
しおりを挟む――え、え……どういうこと?
ぱちぱちと目を瞬かせる。
シディア様がアカゾメさんの名前を知っていておかしくない理由が、おれには全く浮かばなかった。
ただでさえいつもより頭が働かない状態なのに、ごちゃごちゃになりすぎたおれの思考は停止寸前だ。
シディア様は、そんな状態のおれに説明を始めた。
「アカゾメとは長く戦ってきた。それに、やつは俺に交渉を持ちかけてきた相手でもある」
「交渉? それって……捕虜交換の、ですか?」
「そうだ」
アカゾメさんの話を思い出す。
確か、攫われた部下全員を取り戻すために自ら捕虜になる交渉をダーヴァロードに持ちかけたのだと話していたはずだ。
その交渉相手がシディア様だったというなら、アカゾメさんの名前を知っていたことにも納得がいく。
「それだけじゃない。アカゾメを再起不能にしたのも俺だ。やつの部隊を壊滅状態に追い込んだのもな――それなのに、やつは俺に直接交渉を申し込んできたんだ」
「……なんか、すごい人だったんですね」
「ああ。アカゾメは豪傑な男だ」
敵の話をしているとは思えないくらい、シディア様の声は穏やかだった。
アカゾメさん個人に悪い印象を抱いていないのが、その声から伝わってくる。
――好敵手だったりしたのかな……いや、命の奪い合いをしてるし、さすがにそれはない?
でも、アカゾメさんも大事な交渉相手にシディア様を選んだくらいだ。
敵ではあるものの、シディア様のことを少なからず信用できる相手だと思っていたのは間違いなさそうだった。
「シディア様は、その交渉に応じたんですね」
「やつには、それだけの利用価値があったからな。向こうもそれがわかっていたからこそ、いくつかの条件を提示してきた。詳しい話はできないがな」
「そうだったんですか」
二人に、そんな過去があったなんて。
そんなことなら、アカゾメさんの前でシディア様の名前を出しておくべきだった。そうしたら、おれの知らないシディア様の話を聞けたかもしれないのに。
「あ……もしかして、アカゾメさんがこの書庫に迷い込んできたのは、偶然じゃなかった?」
「なぜそう思う」
「シディア様に、何か用事があったのかもしれないと思って……」
二人が見知った間柄だったのなら、アカゾメさんがここに迷い込んできたのが偶然とは思えなくなってくる。
「アカゾメは、俺のことを何か話していたのか?」
「いえ……それはなかったですけど」
「ならば別の理由だろう。だが、気には留めておいたほうがいいだろうな――あの男は〈地下〉の関係者だ。ビィと繋がっていないとも限らない」
シディア様は、アカゾメさんをマッド・ビィの送り込んだ刺客ではないかと疑っているんだろうか。
でも、アカゾメさんに怪しい素振りはなかった。
――おれは、違うと思うけど。
確証はないから口にはしないけど、アカゾメさんはおれたちの敵ではない気がした。
そうじゃなきゃいいなっていう願望も少しはあるけど。
「魔力の乱れは落ち着いてきたようだな」
「はい。シディア様が来てくださったおかげで……あっ! おれ、仕事の邪魔をしてしまったんじゃ」
「気にするな。答えの出ない会議に意味はない」
シディア様はそうきっぱり言い放ったけど、会議を途中離席させてしまったことに変わりはない。
慌てて身体を離そうとしたけど、腰に回ったシディア様の腕に邪魔されてしまった。
「離れるな」
「でも……会議に戻らなくて大丈夫なんですか?」
「話を聞いていたか? あの場にいる必要はないと俺が判断したんだ。戻る必要などあるわけがない」
「それなら、いいんですけど」
シディア様が大丈夫だって言うなら、もうちょっとこうしていたい。
おれは、シディア様の胸に頬を擦り寄せる。
この一か月、毎日同じベッドで寝起きしているおかげで、こうやってシディア様に自分からくっつくことに抵抗はなくなっていた。
「そうやって素直に甘えておけばいい。いつも言っていることだ。いい加減覚えろ」
「……はい」
確かに、このセリフはよく聞く。
おれが遠慮がちな行動を取るたび、シディア様は言い聞かせるようにこの言葉を繰り返した。
――まだ足りないってことなのかな。
おれとしては充分甘えているつもりなんだけど。
今じゃ父さんや母さんよりも、シディア様に甘えてしまっている自覚があった。
なのに、それでも足りないって。
シディア様の表情を窺おうと、そっと視線を上げる。
バレないように気をつけたつもりだったのに、こちらを見ていたシディア様とばっちり目が合ってしまった。
「なんだ?」
「いや、えっと…………あ、そうだ。シディア様はおれが呼んだら、すぐにわかるんですか?」
目が合った気恥ずかしさを誤魔化すように、シディア様に質問をぶつける。
気になっていたことだし、今聞いても別におかしくないよね?
「ああ、わかる。俺の領域内であればな」
「領域内ってことは、シディア様から離れると聞こえなくなるってことですか?」
「簡単に言えばそうだ。まあ、この建物内はすべて領域に含まれているがな」
――え……領域広すぎない?
ダーヴァロード本部の建物は恐ろしいほど広い。
階層のすべてを把握しているのは階層管理人だけだって言われるくらい、かなりの数の階層に分かれていたはずだ。
――そのどこから呼びかけても、おれの声が聞こえるってこと?
絶対にすごいことなのに、シディア様はそれを事もなげに言うから怖い。
全然普通のことじゃないよね、こんなの。
「ただし、そこに〈地下〉の一部は含まれない」
「……〈地下〉」
またその単語が聞くことになるとは思わなかった。
心臓が、ぎゅっと掴まれたみたいになる。
「恐れで身体が縮こまるようでは、まだまだだな」
言葉こそ厳しいけど、シディア様の声は優しかった。
「今はまだ、ビィがお前の能力に気づいた様子はない。だが、ラーギが〈地下〉から戻ってこない限り、その危険は常にあるものだと思っておけ」
「っ……はい」
そうだった。
マッド・ビィの脅威に晒されているのは、ラーギ先輩だけじゃない。おれも能力の存在が知らられば、マッド・ビィに狙われる可能性が高いのだ。
「何かあっても戦う必要はない。逃げられると思ったら逃げろ」
「それでいいんですか?」
「ああ。ビィに自分のものを奪われるのは癪だからな――絶対にそうならないようにしろ」
表情はいつもとほとんど差がないのに、シディア様の頬に刺青が浮かび上がっていた。
感情の高ぶりに魔力が反応している証拠だ。
――シディア様、苛立ってる?
強すぎる魔力圧に肌がぴりぴりと痛む。
シディア様の肌に浮き出た刺青に呼応するように、おれの身体に刻まれた刺青も熱を持ち始めていた。
240
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。
第二話「兄と呼べない理由」
セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。
第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。
躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。
そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。
第四話「誘惑」
セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。
愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。
第五話「月夜の口づけ」
セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる