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65 二人は好敵手?
しおりを挟む――え、え……どういうこと?
ぱちぱちと目を瞬かせる。
シディア様がアカゾメさんの名前を知っていておかしくない理由が、おれには全く浮かばなかった。
ただでさえいつもより頭が働かない状態なのに、ごちゃごちゃになりすぎたおれの思考は停止寸前だ。
シディア様は、そんな状態のおれに説明を始めた。
「アカゾメとは長く戦ってきた。それに、やつは俺に交渉を持ちかけてきた相手でもある」
「交渉? それって……捕虜交換の、ですか?」
「そうだ」
アカゾメさんの話を思い出す。
確か、攫われた部下全員を取り戻すために自ら捕虜になる交渉をダーヴァロードに持ちかけたのだと話していたはずだ。
その交渉相手がシディア様だったというなら、アカゾメさんの名前を知っていたことにも納得がいく。
「それだけじゃない。アカゾメを再起不能にしたのも俺だ。やつの部隊を壊滅状態に追い込んだのもな――それなのに、やつは俺に直接交渉を申し込んできたんだ」
「……なんか、すごい人だったんですね」
「ああ。アカゾメは豪傑な男だ」
敵の話をしているとは思えないくらい、シディア様の声は穏やかだった。
アカゾメさん個人に悪い印象を抱いていないのが、その声から伝わってくる。
――好敵手だったりしたのかな……いや、命の奪い合いをしてるし、さすがにそれはない?
でも、アカゾメさんも大事な交渉相手にシディア様を選んだくらいだ。
敵ではあるものの、シディア様のことを少なからず信用できる相手だと思っていたのは間違いなさそうだった。
「シディア様は、その交渉に応じたんですね」
「やつには、それだけの利用価値があったからな。向こうもそれがわかっていたからこそ、いくつかの条件を提示してきた。詳しい話はできないがな」
「そうだったんですか」
二人に、そんな過去があったなんて。
そんなことなら、アカゾメさんの前でシディア様の名前を出しておくべきだった。そうしたら、おれの知らないシディア様の話を聞けたかもしれないのに。
「あ……もしかして、アカゾメさんがこの書庫に迷い込んできたのは、偶然じゃなかった?」
「なぜそう思う」
「シディア様に、何か用事があったのかもしれないと思って……」
二人が見知った間柄だったのなら、アカゾメさんがここに迷い込んできたのが偶然とは思えなくなってくる。
「アカゾメは、俺のことを何か話していたのか?」
「いえ……それはなかったですけど」
「ならば別の理由だろう。だが、気には留めておいたほうがいいだろうな――あの男は〈地下〉の関係者だ。ビィと繋がっていないとも限らない」
シディア様は、アカゾメさんをマッド・ビィの送り込んだ刺客ではないかと疑っているんだろうか。
でも、アカゾメさんに怪しい素振りはなかった。
――おれは、違うと思うけど。
確証はないから口にはしないけど、アカゾメさんはおれたちの敵ではない気がした。
そうじゃなきゃいいなっていう願望も少しはあるけど。
「魔力の乱れは落ち着いてきたようだな」
「はい。シディア様が来てくださったおかげで……あっ! おれ、仕事の邪魔をしてしまったんじゃ」
「気にするな。答えの出ない会議に意味はない」
シディア様はそうきっぱり言い放ったけど、会議を途中離席させてしまったことに変わりはない。
慌てて身体を離そうとしたけど、腰に回ったシディア様の腕に邪魔されてしまった。
「離れるな」
「でも……会議に戻らなくて大丈夫なんですか?」
「話を聞いていたか? あの場にいる必要はないと俺が判断したんだ。戻る必要などあるわけがない」
「それなら、いいんですけど」
シディア様が大丈夫だって言うなら、もうちょっとこうしていたい。
おれは、シディア様の胸に頬を擦り寄せる。
この一か月、毎日同じベッドで寝起きしているおかげで、こうやってシディア様に自分からくっつくことに抵抗はなくなっていた。
「そうやって素直に甘えておけばいい。いつも言っていることだ。いい加減覚えろ」
「……はい」
確かに、このセリフはよく聞く。
おれが遠慮がちな行動を取るたび、シディア様は言い聞かせるようにこの言葉を繰り返した。
――まだ足りないってことなのかな。
おれとしては充分甘えているつもりなんだけど。
今じゃ父さんや母さんよりも、シディア様に甘えてしまっている自覚があった。
なのに、それでも足りないって。
シディア様の表情を窺おうと、そっと視線を上げる。
バレないように気をつけたつもりだったのに、こちらを見ていたシディア様とばっちり目が合ってしまった。
「なんだ?」
「いや、えっと…………あ、そうだ。シディア様はおれが呼んだら、すぐにわかるんですか?」
目が合った気恥ずかしさを誤魔化すように、シディア様に質問をぶつける。
気になっていたことだし、今聞いても別におかしくないよね?
「ああ、わかる。俺の領域内であればな」
「領域内ってことは、シディア様から離れると聞こえなくなるってことですか?」
「簡単に言えばそうだ。まあ、この建物内はすべて領域に含まれているがな」
――え……領域広すぎない?
ダーヴァロード本部の建物は恐ろしいほど広い。
階層のすべてを把握しているのは階層管理人だけだって言われるくらい、かなりの数の階層に分かれていたはずだ。
――そのどこから呼びかけても、おれの声が聞こえるってこと?
絶対にすごいことなのに、シディア様はそれを事もなげに言うから怖い。
全然普通のことじゃないよね、こんなの。
「ただし、そこに〈地下〉の一部は含まれない」
「……〈地下〉」
またその単語が聞くことになるとは思わなかった。
心臓が、ぎゅっと掴まれたみたいになる。
「恐れで身体が縮こまるようでは、まだまだだな」
言葉こそ厳しいけど、シディア様の声は優しかった。
「今はまだ、ビィがお前の能力に気づいた様子はない。だが、ラーギが〈地下〉から戻ってこない限り、その危険は常にあるものだと思っておけ」
「っ……はい」
そうだった。
マッド・ビィの脅威に晒されているのは、ラーギ先輩だけじゃない。おれも能力の存在が知らられば、マッド・ビィに狙われる可能性が高いのだ。
「何かあっても戦う必要はない。逃げられると思ったら逃げろ」
「それでいいんですか?」
「ああ。ビィに自分のものを奪われるのは癪だからな――絶対にそうならないようにしろ」
表情はいつもとほとんど差がないのに、シディア様の頬に刺青が浮かび上がっていた。
感情の高ぶりに魔力が反応している証拠だ。
――シディア様、苛立ってる?
強すぎる魔力圧に肌がぴりぴりと痛む。
シディア様の肌に浮き出た刺青に呼応するように、おれの身体に刻まれた刺青も熱を持ち始めていた。
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