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66 おれを使ってほしい
しおりを挟む早めに帰宅することになった。
おれを気遣ってくれたのは間違いないけど、シディア様も無駄な会議の連続で疲労が溜まっていたらしい。言われてみれば、いつもより眉間の皺が深くなっている気がした。
――さっきもイライラしてたもんね。
せっかくの美形が台無しだし、体調も心配だからストレスはなるべく減らしてほしいと思う。
そのために、おれに何かできることがあればいいんだけど。
――食事の準備とか身の回りのことは、シディア様が生み出した〈影〉さんたちがやってくれるし……仕事もおれに手伝えることは少ないんだよなぁ。
シディア様の唯一の部下だっていうのに、おれが役に立てることはほとんどなかった。
――時間ならあるのに。
今日はかなり早めの帰宅だったので、いつもよりも時間に余裕があった。
普段なら、夕食を食べ終えたあとはすぐにお風呂に入って就寝の準備をするんだけど、今日はリビングのソファーでゆっくりとくつろぐ時間が取れている。
――肩たたきは……なんか違うよなぁ。他は、うーん。
おれにできることを考えたけど、ろくなものは思いつかない。
隣に座って分厚い本に視線を落とすシディア様の横顔をちらっと見て、おれはこっそりと溜め息をついた。
「おれって、実は役立たずなのでは……」
「突然どうした」
「……あっ、声に出てました?」
頭で考えていただけのことが、うっかり口から出てしまった。
こういう癖ってどうやったら直るんだろう。
実は結構やらかしてしまうことが多い。
今みたいに相手から聞き返されないと気づけないから、たぶんおれが自覚してるよりも回数は多いんじゃないだろうか。
恥ずかしいから、直したいんだけど。
「役立たずと誰かに言われたのか?」
「いえ、そうじゃなくて……シディア様の負担を少しでも減らすことができればと思ったんですけど、おれにはできることがないなって」
「そんなことか」
シディア様は呆れたような口ぶりだった。
読みかけの本をぱたんと閉じてテーブルに置くと、横からおれの顔を見つめてくる。
少し目を伏せた表情は何を考えているか、全くわからなかった。
「お前にできることがないわけではない」
「えっ! あるんだったら、やらせてください!」
「また内容も聞く前から……安請け合いは身を滅ぼすやもしれんぞ」
「でも、シディア様の役に立てるんですよね? それならおれ、なんでもやります!」
「なんでも――か」
ぞくっ、と背筋に痺れが駆け抜けた。
おれを見るシディア様の目つきが鋭くなる。
――もしかしておれ、何か間違った?
でも、シディア様の役に立ちたいって気持ちに偽りはないし、シディア様の命令ならなんでもやるって言ったのだって嘘じゃない。
でも、こんな顔で見られたら自信がなくなっていく。
おれは俯いて、床に視線を彷徨わせた。
そんなおれの耳元に、シディア様が顔を近づけてくる。
「――ならば、やってもらおうか」
囁かれた低音が、鼓膜だけじゃなく脳にまでびりびりとした振動を伝えた。
おそるおそる顔を向けると、獰猛な光を宿すシディア様の瞳が捕らわれて動けなくなる。心臓まで止まってしまうんじゃないかと思った。
◆◆◆
「全裸で仰向けになれ」
寝室に連れてこられたおれに、真っ先に告げられた言葉がこれだった。
おれは言われたとおりに外皮である制服を消すと、全裸でベッドに上がる。シディア様の視線からなるべく意識をそらす努力をしつつ、そろりと仰向けに寝転がった。
それでも、心臓はバクバクとうるさい。
――これからされることって……やっぱり、そういうこと? 裸でベッドって、それしか思いつかないんだけど。
実は不安で眠れなかったとき、シディア様に抜いてもらったことが何度かある。
そうすれば眠れるようになるってシディア様が教えてくれて――本当にそのとおりだったから、あまりよくないことだってわかっていたけど、何度かシディア様に手伝ってもらった。
精を吐き出すと心が軽くなる。
一時的なものだけど、その効果はおれも実際に経験済みだ。
――そういう手伝いをさせられるってことであってる?
おれは、ベッド横でこちらを見下ろすシディア様の様子を窺う。
「お前の心臓は本当に賑やかだな」
「す、すみません。緊張してしまって」
「謝罪も言い訳も必要ない。お前はいい声だけを聞かせればいい」
「……っ!!」
シディア様がそう言い終わった瞬間、下腹部に刻まれた刺青からじわじわと熱が広がり始めた。
ただの熱じゃない。
性感を高める淫靡な熱だ。
――やっぱり、これは。
疑念が確信に変わる。
これからするのは、そういう行為に間違いない。
「ン……あ、あっ」
「腕は頭の上に置け。身体を隠すな」
無意識に身体の前に持ってきてしまっていた腕の位置を指定される。
言われたとおりに両腕を持ち上げた。
普段は隠れている腋の下を晒すのは、なんだかとても恥ずかしい。
――もっと恥ずかしいところを、何度も見られてるのに。
なんなら触れられて、その手で高められて、白濁を吐き出すところまで見られている。
――それなのに、こんなことが恥ずかしく感じるなんて。
今はまだ、どこにも触れられていない。
ただ、見られているだけだ。
刻まれた刺青に魔力を送られている気配は感じるけど、それ以外は何もされていない状態だった。
「……んッ、はぁ……はぁ……」
それなのに、勝手に息が上がっていく。
寝転がっているだけなのに下腹部がびくびくと震えて、腰が跳ねてしまいそうになる。
「だらしなく口を開いて、舌を見せて……誘っているのか?」
「っ、だって」
「『だって』……なんだ?」
意地悪な声で、言葉の続きを促された。
おれは、ベッド横からこちらを見下ろすシディア様の目を見つめながら口を開く。
「おれの身体を、使ってくれるんじゃないんですか……?」
こんなにもシディア様が欲しくてたまらないのに、触ってもらえないんだろうか。
刺青の熱は全身の神経だけでなく感情も敏感にするのか、もどかしさに涙があふれそうになってくる。
「シディアさま……っ」
声を震わせながら、シディア様を呼んだ。
「――我を煽ったこと、後悔するなよ」
片眉をわずかに上げて笑うシディア様の支配者のような表情から目が離せない。
自分の身体に向かって伸ばされた手はまだどこにも触れていないのに、快楽への期待が一気に膨らむのがわかった。
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