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75 助けにいかなきゃ
しおりを挟む二人の仕事をあまり邪魔してもいけないので、三十分ほどで母さんの執務室をあとにする。
廊下で一人になった途端、ちょっと泣いてしまいそうになったけど、なんとか堪えて中央昇降機に乗り込んだ。
「書庫に戻っても、一人なんだよなぁ……」
寂しさを紛らわせるために、またひたすら本に話しかけることになりそうだった。
シディア様が会議を終えて戻ってきたら、おれから甘えてみてもいいかもな……なんて思うけど、本人を目の前にしたら緊張でうまくできないだろうってことは簡単に想像がつく。
だってシディア様って神々しすぎるし、麗しさ半端ないし、今だって両想いとか全然実感ないままだし。
たくさん触れ合って前よりは慣れてきているはずなんだけど、それでも裸になったシディア様を直視できるレベルまでは到達していなかった。
「……っておれ、行き先入力したっけ?」
昇降機は行き先を入力するまで動かない。
そのはずなのに、扉が閉まってすぐに昇降機が動き出した。
扉横にあるパネルには行き先も何も表示されていないのに、昇降機はどこかの階層に向かっている。
「ちょ、ちょっと……あれ、入力できない」
慌てて目的階層を入力しようとしたけど、なぜかパネルが反応してくれなかった。
何度か試してみるけど、やっぱり反応しない。
「外から呼び出されたら、中から操作できなくなるとか……?」
この状況に自分なりの答えを出そうとしてみたけど、今までこんなふうになったことがないだけに、よくわからなかった。
とりあえず、どこかの階層で止まるのを待つしかなさそうだ。
「――……あ、止まった」
昇降機はいつもと変わらない動きで止まった。
パネルの表示が消えたままなので、到着したのがどこの階層なのかはわからない。
――どんな人が乗り込んでくるんだろ。もし、幹部の人だったら譲ったほうがいいのかな。
そんなことを考えながら壁にぴったりくっついて身構えていたけど、扉が開いても、誰も乗り込んでくる様子はなかった。
――押し間違えたのかな……?
すぐに扉を閉めてもよかったけど、初めて来る階層に興味を引かれて、おれは扉の向こうをちらっと覗く。
見えたのは無機質な雰囲気の廊下だった。
壁も床もつるつるとした濃グレーの素材でできている。照明はついているのに、壁の色のせいか全体的に薄暗くて、静かすぎるのが少しだけ不気味だった。
「誰も、いませんかー……?」
念のため、外に向かって声をかけてみる。
ボタンを押した人が、まだ近くにいるかもしれないし。
「っ……バン、くん?」
「!!」
ないと思っていた返事があって驚く。
しかも、相手はおれの名前を知っていた。
声の聞こえたほうを見たおれは、壁にもたれて座っている人影を見つけて慌てて駆け寄る。その人の顔がはっきり見えた瞬間、おれは驚きに目を見開いた。
「ツィーガ!? どうしたの、大丈夫!?」
薄暗い廊下に座り込んでいたのは、薄汚れた検査着を纏ったツィーガだった。
ぐったりとした様子で、おれの顔を見上げている。
「バン、くん……どうして、ここに?」
「ツィーガこそ、なんでこんなとこに……いったい、何があったの?」
おれは、意識が朦朧としているツィーガのことを気にかけつつ周りを見回す。
廊下におれたち以外の人影はなく、ここがどこの階層かを示す手がかりも特に見当たらなかった。
――待って……ツィーガがいるってことは、もしかして……ここ。
嫌な予感がして、背筋に冷たいものが走る。
「ここって、〈地下〉……?」
「違うよ……僕は〈地下〉から、逃げてきたんだ」
「〈地下〉から逃げてきた?」
「そう。あんなところに、いちゃいけない……あそこは、すごく危険なところだ……」
かろうじて会話は成り立っているけど、ツィーガの様子はどこかおかしかった。
落ち着きがなくて、ずっと何かを恐れているような――とにかく周りばかりを気にしている。
身体はずっと震えていて、視線が定まっていなかった。
――薬の副作用かな? いつもと様子が違いすぎるんだけど。
そんなふうになってしまうくらい、〈地下〉でとんでもない目に遭わされたんだろうか。
ツィーガは実験に協力的だったように見えたのに、そんなツィーガが逃げようと思うほどだ。相当やばい実験が行われているのかもしれない。
「誰かに追われてるの?」
「ううん……まだバレてはいないはず。でももし、逃げたことがバレたら、僕たちは殺されるかもしれない」
「僕たち? もしかして、誰かと一緒に逃げてきたの?」
おれの質問に、ツィーガは迷ったような表情を見せた。
震える手で口を押さえてしばらく俯いたあと、消え入りそうな声でしどろもどろに答える。
「……ラーギくんと、一緒だったんだ……途中で、はぐれてしまったけど」
「ッ、ラーギ先輩と?」
「彼が〈地下〉で酷い目に遭わされていて、助けないといけないと思ったのに……僕は、そんなラーギくんを、途中で置き去りに……早く、助けに戻らなきゃ」
ツィーガは壁に手をついて立ち上がろうとしたけど、身体をうまく支えられないみたいだった。
おれは、ふらついて立つこともままならないツィーガの下に身体を滑り込ませると、肩に腕を回させる。身長差のせいで身体は傾いてしまったけど、なんとか支えることに成功した。
「……おれも、一緒に行く」
「そんな、バンくんを危険に巻き込むなんて……」
ツィーガはおれの言葉を聞いて首を横に振ると、身体を離して、一人で立とうとする。
だけど、やっぱりうまくいかないみたいだった。
「今にも倒れそうなツィーガを一人で行かせるなんて、おれには無理だよ。それにラーギ先輩が危ないっていうなら、おれも行かなきゃ――たくさん面倒を見てくれた大切な先輩なんだ」
「…………そうだったんだ。じゃあ、一緒に来てくれる?」
「うん。行こう」
力強く頷いて、もう一度ツィーガに肩を貸した。
ツィーガはまだ身体の震えが止まらないみたいだけど、それでも少しずつ足を前に進めている。
一緒に転んでしまわないよう慎重に歩いていたおれは、そのときツィーガがどんな表情をしていたのかを気にすることもなかった。
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