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76 もう、後に引けない
しおりを挟む「――じゃあ、〈地下〉からこの階層に繋がる秘密通路があるんだ」
「そう。僕も最近知ったんだけどね。だから、この脱出を計画できたんだよ」
おれたち以外に誰もいない廊下を歩きながら、ツィーガにいろいろと話を聞く。
ツィーガの知っている〈地下〉のこととか、どうやってここまで逃げてきたのかとか。
本当は〈地下〉でどんな実験が行われているのかも詳しく聞きたかったけど、ツィーガのトラウマを刺激してしまうかもしれないので、おれからその話題を振ることは躊躇われた。
――〈地下〉で、つらい思いをしてきたかもしれないし。
薬が抜けてきたのか、ツィーガの足取りは少しずつしっかりしてきていた。それでもまだふらつくのか、おれの肩に手は置いているけど、負荷はほとんど感じないくらいだ。
何かに怯える様子もなくなり、受け答えにも淀みがなくなっていた。
「ねえ、ツィーガ、この階層って人がいないみたいだけど、ここがどういう場所かツィーガは知ってる?」
廊下をどれだけ進んでも、人に全く出会わないのが気になっていた。
かなり広い階層で、廊下には扉もたくさんあるのに、どこまで進んでも人の気配が一切しない。物音も全然聞こえてこなくて、おれたちの足音だけが響いている。
「ここはね、捕らえてきた人間を保管しておくための場所だよ。処理や加工をするにしても、一日にできる量は限られているからね。しばらくここで保管していたんだって」
「人間を、保管……」
「そう。昔は今よりもエネルギー確保のために人間が必要だったからね。たくさん捕らえてきて、ここに集めていたんだよ。今は必要なくなったから、がらんとしているけど――近いうち、ここもまた人間で埋め尽くされることになる」
「え? それって、どういう……」
「さ、着いたよ」
目的地に着いたらしい。
ツィーガが気になることを言っていたけど、今はそれよりもラーギ先輩の救出が最優先事項だ。
「ここが……〈地下〉に通じている秘密通路?」
「通路というより、通気口だけどね。僕が通ってこられたから、広さの心配はしなくて大丈夫だよ」
小柄なおれでも身体を屈めなきゃ通れそうにないけど、おれより背の高いツィーガが通ってこられたなら広さに問題はなさそうだ。
ただ、長いあいだ放置されていたせいか、通気口の中には埃が溜まっていた。ツィーガの服が汚れていたのは、ここを通ってきたせいだったらしい。
「ラーギ先輩とは、どこではぐれたの?」
「…………この通気口の中でだよ。中は少し入り組んでいてね、はぐれたとわかってすぐに引き返そうとしたんだけど、人の声が聞こえた気がして……怖くて戻れなかったんだ」
「人の声……」
「今思えば幻聴だったんだと思う。もう聞こえなくなったけど、さっきまで幻聴や幻覚がひどかったから」
ツィーガがずっと怯えているように見えたのは、その幻聴や幻覚が原因だったんだろう。
薬が抜けたおかげで、ふらつきや震えといった症状と一緒に、幻覚や幻聴もなくなったようだった。表情もすっきりしたように見える。
「ラーギくん、動かずにいてくれるといいんだけど。ここからは僕一人になるし」
「えっ、おれも行くよ?」
一人で通気口に入ろうとするツィーガの腕を掴んで引き止める。
振り返ったツィーガはおれを見て、首を横に振った。
「ここから先はやめておいたほうがいい。この通気口は途中から〈地下〉の領域になる。外部からの侵入にはかなり厳しいし、何より危険すぎるよ」
「でも、ツィーガは行くんでしょ?」
「ラーギくんを助けたいからね。それに、僕にはこの通行証があるから」
ツィーガがそう言って見せたのは、左手首につけた金属製の腕輪だった。
「この通行証があれば、〈地下〉の外部遮断機構は問題なく突破できる……まだ脱走のことがバレていなければ、だけど」
「もし、バレてたら?」
「かなり危険だろうね。でも……ラーギくんを一人にはしておけない」
ツィーガの意志は固いみたいだった。
おれがどれだけ止めても行くつもりなんだと思う。
「バンくんは、ここで待ってて」
「でも……」
安全なところで一人待っているなんて、ここまで一緒に来た意味がない。
「おれも、なんとかして一緒に行く方法はない?」
「……バンくん」
「ここで待ってるだけなんて嫌だよ……もし二人に何かあったら、おれ」
ツィーガの肩を掴む手に、ぎゅっと力が入った。
無理を言っているのは承知のうえだ。
それに〈地下〉が危険なところだっていうのも充分わかっている。それでも、危険な場所に向かうという友人の背中を見送って、自分はただ待っているだけなんて――そんなのは、もう嫌だった。
「…………一つだけ、方法はある」
「っ、本当に?」
「必要になるかもしれないと思って、通行証を一つ盗んでおいたんだ。バンくんもこれをつければ、〈地下〉の外部遮断機構を突破できる……けど、僕はあんまり使いたくない」
「どうして」
「危険だからに決まってる」
ツィーガはポケットから取り出した通行証になる腕輪を、おれに渡そうとはしなかった。
「危険だってわかってる。ツィーガだって、危険だとわかってて行くんでしょ? ラーギ先輩を助けたい気持ちはおれも一緒なんだから、その腕輪を貸して」
「…………わかった」
渋々といった表情のツィーガから渡された腕輪を、まずはまじまじと観察する。
装飾のない質素な筒状の腕輪だった。
かなり薄い金属で作られていて、幅は親指の長さくらいある。輪に継ぎ目は見当たらないので、そのまま手をくぐらせてつけるタイプなんだろう。
「えっと……これでいい?」
さっそくツィーガと同じように左手首につけてみる。
手をそのまま通せるだけあって、腕輪の直径は手首に比べてかなり大きかった。そのままだと、すぐに外れてしまいそうだ。
「表面に少し凹んでいるところがあるのがわかる? そこに右手の親指を押し当てるんだ」
「凹み……あ、これか。ここに右手の親指を…………ッ!!」
押し当てた親指の腹に、ちくりと鋭い痛みが走った。
すぐに右手を引こうとしたけど、腕輪に指がくっついてしまって離れない。
「え……何、これ」
腕輪に細くて赤い筋が現れる。
親指を中心に広がっていくそれは、おれの指から流れた血だった。
「ツィーガ……これ、何が起きて」
「黙って見ているといいよ」
模様のように広がったおれの血は、腕輪を一周して繋がった。その瞬間、ぶかぶかだった腕輪がぎゅっと縮まり、おれの手首に合う太さへと変化する。
ぴったりすぎて、少し窮屈に感じるくらいだった。
「もう指は離れると思うよ」
ツィーガの言うとおり、くっついていた指は離れた。
けど、もっと信じられないことが起きていて、おれは腕輪から目が離せない。
「……これ…………〈黒印〉?」
指を押し当てていた凹みに浮かび上がっていた模様は、ラーギ先輩の命令書に描かれていた黒印と全く同じ形をしていた。
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